その通常の補給ということはどういうことでしょうか。外務大臣、お願いします。
その通常の補給ということはどういうことでしょうか。外務大臣、お願いします。
それじゃ、特に北爆開始後、沖繩から、ホワイトビーチ基地から、北爆開始前にはなかったところの武器、弾薬というものが輸送されておる、この事実というものを知っておりますか。そういう事実があったということは知っておりますか。これは防衛当局ですか、どこですか。事実を知っておるかどうかということです。
そういうことを聞いておるのではない。防衛庁や施設庁は、ことに北爆開始後、沖繩から、従来にないところの武器、弾薬、あとで触れまするけれども空中給油、こういったことが行なわれておる事実を知っておるかというのですよ。知らなければ、それが事前協議の対象になるかならぬかわからぬじゃないですか。ほんとうに戦闘行為に使ったものであるか、単純なるところの補給であるか。理屈を言えば、単純な補給だから事前協議の対象にならぬというのでしょうが、しかし、事実を知らずして、それが単純な補給であるか、それとも戦闘行為の戦場にまで持っていくところの補給であるかわからぬじゃないですか。その事実を知っていますか。知らなかったら、事前協議の対象になるかならぬかはわから
そうすると、結論的には、個々のアメリカの行為は知らなかった、こういうことなんです。これは重大だと思うんですよ。事前協議事項というのはアメリカが事前におそらく持ってくるでありましょう。しかし、個々のアメリカの行動に対しましては知らない。私は、先ほどベトナム戦争の北爆開始後に日本政府がどういうことをとったか。何もやっておりませんけれども、少なくとも復帰後においても、沖繩の基地を使って、ベトナム戦争、ことに北爆に対しましてアメリカがいろんな行動をした。その個々の行動を知らない。知らないと言うんだったら、事前協議というのはこれは空文ですよ。知らないうちに出たら、ああ知らなかったからで終わりなんですよ。それじゃ事前協議対象というのは、アメリカ
そこで沖繩から、ことに最終的なあの北爆の際において、アメリカが沖繩の基地を使って直接にベトナム向け武器、弾薬も送られていく、こういう事実も、全然その事実は知らなかった、こういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。したがって、別に事前協議も受けていないし、こういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。何のために向こうには施設庁があり、あるいはまた自衛隊も派遣されておりますか。
そんなことを聞いておるんじゃないのですよ。今度の場合に、それは復帰後ですよ、沖繩基地を使って、沖繩からベトナム戦争に弾薬、武器の輸送がある。空中給油もある。復帰前以上に激しい事実があった。そのことを日本は知らなかったと、こうおっしゃるのですから、それなら事前協議の意味もないのです。そうすると、知らない間に、復帰後においても沖繩がこのように使われておるという事実があるとするならば、知らなかったということは、これは新聞にも報じられておることなんですが、ほんとうはこれは事前協議の対象になるけれども、知っておったと言えば、事前協議で承諾したかと問われるもので、知らなかったとお答えしておるような感じを受けるわけなんです。 しかし、そんなこ
空中給油はすべて事前協議の対象にならない、こういうことですか。いかなる場合においても空中給油は事前協議の対象にならない、こういうことでございますか。
そのB52が作戦のために戦闘命令を受けての途中の給油であっても、事前協議の対象にならないというわけですか。
これは昭和四十四年の六十一国会では、給油の場合も明らかに、発進する飛行機が作戦のために飛び立つという戦闘命令を受けて、途中で給油する場合は、その範疇に入ると考えるといって当時の愛知外務大臣はお答えしておるのですがな。B52のお話をいたしましたけれども、B52がベトナムの爆撃なり戦闘行為に加わっておるということは事実なんです。これは明らかなことだと思います。これが沖繩基地からの給油を受けてそうしてベトナム戦争に参加する、こういったことも事前協議の対象にならない、こういうことになりますというと、四十四年、六十一国会におきまするところの外務大臣の答えは全然相反するということになりますが、それとも、B52が戦闘行為のために命令を受けた行動で
純然たる補給であるのか、戦闘に対する補給であるというこの区別によって変わると思うわけでございまするが、一体、その判定は、これは受けるほうのアメリカがとるわけですか。
私はどうも理解ができないのです。六十一国会の、これは私が持っております衆議院内閣委員会の調査室のプリントですけれども、「爆撃出動機に対する空中給油」の欄ですよね。「ベトナム爆撃に向かうB52に空中給油のため、日本の基地を使う場合、事前協議に入るか。」という問題に対して、愛知外相は、「給油の場合も明らかに発進する飛行機が作戦のために飛び立つという戦闘命令を受けて途中で給油をする場合はその範疇に入ると考える。」と、こういうふうに明らかにしておるわけなんですよ。そうすると、B52がベトナム戦争に参加して、そうしてベトナムを爆撃しておる事実はもう公知の事実。これに対して、沖繩がこの空中給油基地になってこれに対して給油をする、こうして作戦行動
私は、その問題を論じておりますと時間がございません。私が申し上げたいのは、このベトナム戦争に日本が、特に沖繩基地を通じ、これは岩国もそうでありましょう、各地もそうでありましょうけれども、ベトナム戦争に日本が直接、先ほどは間接にと言いましたけれども、むしろ直接にアメリカと協力してやったということに対しましては、先ほど言われました、国際紛争を武力で解決しない方針を定めておるにかかわらず、この国際紛争に、日本が直接的にしろ間接的にしろ参加をしておった。 〔湊委員長代理退席、委員長着席〕 こういうこと自体は、平和の幕明けに対しましては、総理としましても、日本政府としても大きな反省を求めなければならぬと思います。そういう反省のもとにこ
自衛隊を聞いているのじゃないのですよ。アメリカの基地機能ですよ。
簡単にお答え願いたいのですが、防衛庁の当局の言明として、基地の機能は強化されるであろうという見方をしておられます。アメリカの基地の機能は強化されるであろう、こういうふうに新聞にも報じられておりますが、防衛庁としてはそういうふうに見ておられますか。
防衛庁が、見解としては基地の機能は強化されるのじゃないか。なお具体的に言いまするならば、統合して、反面、三沢、横田、岩国、嘉手納各空軍基地と、横須賀、佐世保の海軍基地、それに各通信基地の機能強化という形であらわれてくるであろうというふうに見ておられますが、そのとおりですか。
だれも日本がアメリカの基地機能の強化をはかるということを言っておりゃせぬですよ。アメリカがそういう方向に行くというふうに、こちらとしては見ていないかというふうにお聞きしておるのです。 そこで、総理の施政方針の中にあります、いまから二十年前は二千八百二十四カ所もあった本土の在日米軍事施設が、いまや九十カ所に整理、統合された、それからまたさらに十カ所云々ということがございます。これだけ見ますというと、二千八百二十四カ所もあったものが九十カ所になったということで、たいへん大きな縮小というものが行なわれた、そういう感じを非常に受けるわけです。平和条約発効当時、占領終了当時幾つあったかわかりませんが、こんな膨大なものがあった、それが現在九
少なくとも、基地問題を論ずる場合に、安保問題を論ずる場合に、日本本土と同じ数だけのものが狭い沖繩にはひしめき合ってあるのだというところの事実、しかも、先ほど申しましたように、いざ戦争となりますというと、アメリカの行動に対しては、本土では気づかないというけれども、沖繩では事実上、事前協議の対象になるかならないかという解釈の問題は別として、現に復帰後におきましても、恩納村の通信所の一帯の水域の提供を要求される、あるいはまた落下傘が落ちる、あるいはまた燃料補助タンクが落ちる、金武村あるいはまた北谷村におきますところの演習というものが強化される、こういった姿といろのが沖繩の現実です。ですからその点も頭に置いて、何か知らぬけれども、沖繩も復帰
私が問うことだけ答えてくれませんか、時間がなくなりましたので。私は、ただ物価指数だけをお聞きしたわけです。お答えを願っておりますとたいへん長くなりますから。 確かに昨年の六月から十月までの総合で四・五%上がっております。その特に上がっておるものは食糧と被服でございまするけれども、同じ期間におきまする日本全国のあれは二・一%のはずであります。そうするならば、沖繩の場合はその約二倍半上がっておるということになります。そしてまた、統計のとり方が去年の六月でございまするので、これにも別に作為はないだろうと思いまするけれども、六月といえば復帰直後の物価でございます。これは、ドルの三百五円の切りかえ、こういった時代の、値が上がったところの六
これは本土の場合におきましては、列島改造論の関係もありましょう。沖繩の場合においては、その影響というものは少ないかもしれませんけれども、海洋万博が行なわれる、あるいはまた本土から締め出されと言っては語弊がございますけれども、いろいろな制約を受けるので沖繩に進出するというような面もありましょう。あらゆる面に対しまして多くの資本力というものが沖繩に入ってくる。これが土地買い占めのいろいろな問題にもなっております。これが将来の開発にもいろいろな影響をしてくるものだと思って、非常に心配をいたしております。 そこで私は、本土復帰にあたりましてこういう事態というものは予想された問題でなかったかと思います。だから、こういうことに対しまする手が
なかなか心せくわけでありますけれども、私がちょっと申し上げたかったのはこういうことです。土地問題というものがむずかしい問題であることはよくわかります。特に沖繩がアメリカの支配下にあったときから、われわれは、軍用地問題、あわせて民間の土地の問題、どう土地を確保するかということはたいへん問題があったわけです。アメリカが、これはねらいは別だったかもしれませんけれども、アメリカの統治の中において、布令で、沖繩の経済に特に必要である、そうして、どうしてもその土地がなければ利することがない、経済的に大きくプラスする、貢献するという、そういうことがない限り、外国人の土地の買い受けというものを禁止いたしておりました。この外国人のうちには、もちろん沖