文部大臣としては、この計画に対して、大蔵当局等からとかく教育効果についても定まった効果が期待できないとか、この際やめてもらおうとか、凍結してもらおうとか、いろいろな意見が出てきておるということは新聞紙も報じるとおりですが、先生としては少なくとも文部省が立てた計画を、昭和五十五年度予算からつけていくという点では、大蔵省に対して奮闘して実現をさせるというふうに約束をしていただけますか。
文部大臣としては、この計画に対して、大蔵当局等からとかく教育効果についても定まった効果が期待できないとか、この際やめてもらおうとか、凍結してもらおうとか、いろいろな意見が出てきておるということは新聞紙も報じるとおりですが、先生としては少なくとも文部省が立てた計画を、昭和五十五年度予算からつけていくという点では、大蔵省に対して奮闘して実現をさせるというふうに約束をしていただけますか。
適正規模の学級で授業をするのか、すし詰め過密の状況で授業をするのかというのは、子供の発達に直接影響を及ぼしてくるものだと思いますし、その適正規模もやっぱり社会の状態での違いも出てくるだろうと思うわけですね。この点局長の方にひとつここで念を押しておきたいわけですが、文部省としては適正規模の学級編制というのは、小学校、中学校、高校、それぞれ財政問題等が許すなら、どの辺が適正だというふうに考えておられますか。
いま日本が到達目標として四十人学級というところでやろうとしておる。この点は国会でも去る昭和四十九年五月決議で、速やかに推進をするべしという超党派の決議をしました。いわばここまでは合意になっておるわけですが、それでは教育学的に見てどうか。私はほとんどすべての教育学者が、現在の日本の社会状況をヨーロッパ等と比較するなら、三十人以下が望ましいというふうに見ておると思うんですね。 資本主義国の教職員の世界会議、WCOTPというのがありますが、あそこの会長のイルバードという人が去年の総会で述べておるところでも、こんなことを言うておるのを私は書物で見ましたね。四十人あるというのはもうグループでなくて、これはクラウドというふうに表現してますが
四十五人としておるところがないどころか、あなた方の資料で見ても、アメリカは三十人ないし二十八人になっておりますし、イギリスはこの表では初等科四十、中等科は三十以下、こうなっておりまして、実際現在は二十人台になって、これを目標にしてやっておる状況だとありますし、ここの一学級当たりの平均数を見ても、日本の場合には過疎学校も合わせて三十数人が平均になっていますが、この点は平均でもイギリスの場合で二十人そこそこになっている。フランスの場合などは、小学校で二十五人から三十人、中等教育では標準二十四人というようなのを挙げています。大変おくれた国の代表としてよくお挙げになるソ連などは、最高四十で、そして最低二十五、学年ごとに神経質に配当をつけてや
私の考えでは、確かに日本では明治に出発したときには、中等教育は四十人学級編制でやっているんですね、昔の中学校。谷垣先生の御出身の福知山中学などできたときは一学級四十人でやっているはずです。私はお隣りの学校出身ですが、ぼくのおやじのときは四十人ですね、一学級。大正の初めに進学率が伸びたときに五十人にして、再び四十人に返らないと、こういうような状況になったわけです。これヨーロッパに比べて、日本の方が非常に過大学級を平気でやっていくのは、これは文部省が進めておるような学習指導要領なんかに書いてある、中身の到達を厳格にやらないで、子供は教えてさえおけば、一割か二割の人物をその上の学校へ上がるときにふるいにかけて、その学校を卒業する者の到達し
文部大臣、ひとつよく聞いていただきたいわけですが、今日教育学者、学校現場の教員たちと、親にとっても、とにかく学校へ行ってわからないところで座ってるんでは苦役になりますからね。この中から非行もふえてくるわけですが、完全に到達をし、履修しただけではなくて修得をさせるということが、特にこの十年くらいの大きく登場している教育上の要求であり、教育行政の責務になっているわけですね。前の海部文部大臣のときに、ちょうど大臣にお伺いをして、局長からも御答弁いただいたことがあるんですが、実はある時期には、生涯教育でやれば、いつでも必要に応じて人間というものは学力は身につくものだから、いわば中卒のときに数学がわかってなくても、化学がわかってなくても、電気
いま言われたように、国庫負担が三千億あれば、十二万五千人全部にやれるというわけですね。ところが、これでも単価を四百六十万円なんと言うて計算をされるわけですけれども、実際学級増のために必要なのは、大体新規採用者で数はふえていくわけですよ。だから九年計画なら九年間でふやし、一遍にやればどうかというのは、そのふえてくるのは決して四百六十万の年所得者がふえるんじゃないんですね。その半分以下なんですよ、実際に必要な経費は。そのために要するお金というのは、学卒の新規労働力を入れて、大体ふやしていくのは決まっておるわけですからね。だから現実に要す金は、この金額の半分以下になることは間違いないと思うんですが、どうですか、増員分について言えば。
いま聞かれたとおりですから大臣、自信を持ってやっていただいたらいいわけでね。莫大な金が要る金が要ると言いますけれども、実際に計画を立てて、何年に何人ずつというのを一つずつ詰めて、リアルに計算をしたら、こんなに金は要りゃせぬのですわ。もう明確な問題です。それからトータルのこの十二万五千人の中には、その他のものも、四十人学級やらなくたって必要なものも皆入れてありますからね、それだけしぼり上げたら、一千億もあればずいぶんとやれるわけなんですね。こういう問題だということなんですね。しかもこれは、定数法からいえば、もう大体いまから十一年前に四十五人学級になって、これは段階的な措置で、四十人になるのはいつからかというのはみんなが期待して待ってお
いまの財政再建が必要だから、ここ数年は財政再建のために新しい支出はというのであって、十年も二十年も先で金が要ることは、今日の焦点じゃないんじゃないのですか。まして言えば、ことしの予算はトータル予算の中の何%になってますか、文部省の予算。——一一・三%と違いますか。
これは、数年前まではシェアが一三%台まで上がっておったのが、ここ引き続いて落ちて一一%ぐらいになっておるわけですね。一%というのは大体金額にして幾らになるわけですか。
この文部省予算のシェアが数年前のように一三%程度あれば、こんなものはやってもおつりがはるかに来るわけですよ、一%で四千億なんですね。だから、教育に対してこういうふうに国民的な期待と比重が高まっておるときに、トータル予算の中における文部予算のシェアが下がってきておるというような状況も、ひとつ大臣、よくながめていただいたら、数年前のように一三%ぐらいになっていけば、これはもうはるかに速い速度で、こんな九ヵ年計画でなくてやっていくことができ、さらに三十五人学級等についても展望することができると思うわけです。局長どうですか、そういうことになりませんか。
局長がそんな度胸のないことだったら、やられるに決まってますわ。それは大臣、私の申し上げたとおりで、数年前の予算シェアを取り返すというような点は、ひとつ先生大平派だそうなんですから、大平首相によく言うていただきたいと思うんですな。大平さんみずからが大都市は次第に人間が住むに値しないところになりつつある、しかし、香川県はそうじゃないぞと、こう言うておられますけれども、文部大臣の任務は、人口急増の大都市で、過密の小学校という状況を速やかに解消しなければならぬ点にあるんです。特にあなたの御出身の京都府なども、指折りの教育条件、その点では厳しいところですよ。まあ鹿児島県あたりまで行くと、実際単学級の学校が半分以上でしょう。しかし、京都府の場合
その義務制の方でようやく九年計画で実施案をお出しになった。私は九年計画というのは当を得ていなくて、少なくとも五年以内ぐらいに従来どおりやり上げるべきだということを強く主張します。具体的な問題もあります。しかし、とにもかくにも九年間たてば、ようやく四十五人になってから二十年目に、ヨーロッパと二十年おくれで、後からながら四十人学級になるということを、それでもいろいろあちこちに気を使いながらお出しになったわけですね。ところが、高校の方をほうっておくというのは、私は筋が通らぬと思うわけであります。なぜ高校は四十五人でいいんですか。義務教育が四十人になった段階でも、高校は四十五人でいいというのは、そういう教育学上の意見なりその他何かあるわけで
私は、同時に行う、さらに言えば高校の方を先にやらなくちゃならぬという要素も非常に強く働いておると思うんです。大臣、この点よく知ってもらいたいわけですが、小・中学校の場合は、京都府のような場合でも、四十人以下の学校が大体三分の二はあるわけですね、現在すでに。それだから多くの府県で、過密都市の問題なんですね、特に四十五人学級の問題は。ところが、高校の場合は全部四十五人なんですよ、これ。どんなに過疎の県でも四十五人の学級でやっておって、三十五人とか、二十人とかいう学級はないんですね。だから平均も四十五人なら、最高も四十五人になっておる。これが高校の実情であって、この点については、高校というのは非常に詰め込み劣悪な状況に置かれておるというこ
ぼくは外国の例もずっと見ているんですがね、フランスのように小学校の幼児教育のところを非常に重視して、小学校一年生や二年のところを二十五人ぐらいにして、高学年になったら三十人いてもいいというような特別例はありますけれども、多くの場合に基礎学級で三十五人であれば、高校へ来れば三十人なり、二十五人になって、職業課程はさらに二十人になると、こういうのが学級定数の決め方なんですね。日本の場合にだけ逆転しておるわけですね。こういうのは便宜主義も非常にはなはだしいものがあると思うわけであります。この点で一つの通念からしても、当然高等学校教育が所期の目的を遂げるためには、とりわけ学力の幅の広い子供たちをいま収容しているわけですね。この中で四十人にす
だから、ただし書きはついているというものの、設置基準では高等学校は四十人とすと、これは当時の義務制がやっと六十人から五十人になった段階で掲げられたものである。しかも文部省は、私学の建設を認可し、これに指導助言する立場にあるんですね。同じく学校教育法に基づいてつくられた省令ですからね、いま私学を指導するときは文部省は設置基準でやっているわけですよ、そうでしょう。だから私立学校に対しては四十人学級でやれと、高等学校はもう当分の間四十五人でやっていって、義務制の方ができたらぽつぽつ考えようかというようなことでは、文部省は主張するべきことを主張していないと思うんです。だから、恐らく大臣もいままでそんなこと聞かれたことないんじゃないですか。ほ
その点は私も認めます。私が一九四〇年代ないし五〇年代で、現場にいたときは、平気で二十時間ぐらいありましたからね、それは週当たり。現在は確かにおおよそ十五時間程度になっておる。ただかような問題、府県立高等学校ですから、府県で四十人学級にしようと思っても、国が政策を出さなかったら、今日のような財政困難な状況下ではとうていそれを貫く政治力は知事にはないですよ。その点では国の行政誘導の姿勢ですね、そして速やかにその問題を文部省の所管において計画を策定して、そして閣議にかけるなり、記者発表して国民にも訴えるということを行われなければならぬ。いつまでに計画を上げるつもりですか。
端的に言えば、高校問題もやらなければならぬけれども、そのことによる財政支出と、そしてそのことによる校舎建設が間に合わないので、それを見ながら考えるということですか。
高校の場合には、極論すれば募集数を減らしたら一遍にできるわけですね、いまの四十五人を一学級四十人ずつにすれば。ただこれは国民感情も許さないし、九十数%まで進学しておるところで、私学の方ですし詰めがふえては、国民的に見て、何にもなりませんから、この点はそれは即座にやれというのが無理があろうとも、少なくとも義務制に並行しながら進めてもらいたい。ここで念を押しておきますが、公立高校の新増設の補助金は昭和五十一年に初めてつけられて、五十五年で一応予算補助、年度切りの補助金になっているわけですね。そこから先も大丈夫ですかな。ちょっとここで念を押しておきますけれども、どうですか。
そんなことは聞かぬでもわかってる話ですよ。だから、いまの諸澤局長の話でも、高校の場合には、四十人学級編制にしようと思えば、募集数を減らさない限り、かなり莫大な新増設が必要だと、ところが現在はやりにくいと、こういう話があるわけだから、当然十年ぐらいは高校の新増設の必要度というのは続いていくものというお答えになっているわけですよ、こっちの初中局長の方はね。ところが、五十六年になったら考えますではなくて、文部省としては、当然これは引き継がれなければならぬ性質の補助金ではなかろうかと思うんですが、どちらからでもお答えいただきたいと思うんですが、どうですか。