いま言われておるようなケースは、いわゆる不法建築などで基準に合わないような危険建築をやっているような場合のことを言うわけですか。ああいうケースですか。
いま言われておるようなケースは、いわゆる不法建築などで基準に合わないような危険建築をやっているような場合のことを言うわけですか。ああいうケースですか。
これらの問題について住民サイドからながめたときに、この問題については、引き続き具体例その他を検討してみた上で深めて審議をしなければならぬと思いますけれども、容易に納得しがたいような点が残っておるということを申し上げておくわけであります。 さらにお伺いをするわけですが、同じくアンケートの中に、行政に対してまず何を望むかというと、これは静岡県、この前の地震の経験も持っている、いわば慣れた住民に対するアンケート対象になっておるからかとも思いますが、「行政に対してはまず情報連絡体制の整備を望む」というのが非常に大きな要求になっておるわけであります。いわゆる情報パニックの問題もあるわけですが、これについては具体的にはどういうことを考えてお
現にパニックに近い状況とか誤報とかいうのが先般の震災の場合にもあらわれておりますし、これについては十分な体制をとってもらわなくちゃならぬと思うんですが、これは新聞情報、一月十九日のものですが、こういう検討を進めるための予算約二千万円を要求したけれども十分の一に削られた。それで予知情報が出された場合の社会、経済に与える影響調査が認められただけで、どのように予知情報を出したらよいかの研究はいまのところ皆無に等しいというような報道も上がっておりますが、その点はいかがなんですか。
その点は鋭意進めてもらう必要があると思いますが、最後になりましたが、時間が来ておりますから、一つだけ防衛庁にお伺いをしておきたいと思うのです。 今度の自衛隊の防災の事前出動の問題については、それは世論の中でもこれを是としない大きな意見の流れがあるということは御承知だと思うわけですけれども、治安出動に道を開くことにならないかと、この点が今回のものに対する国民としての懸念の中心をなすものであります。ところが、防衛庁の方では、大災害対策において現行法規では十分でないんではないかと、その点であらかじめ研究をやる。大災害において自衛隊の位置づけが明らかになることが、これは有事体制の町究の出発点だというふうなことをいままでに述べておられるよ
時間が来ておりますので、本日のところはここまでにいたしますが、この防衛問題については特にまだ討論を続けなければなりませんし、その他にも多くの問題を残しておりますので、引き続いてこの機会を与えてもらわなくちゃならぬと思うわけであります。慎重審議を尽くしていきたいと考えております。 本日はここまでにいたします。
共産党の小巻でございます。 先生方にお伺いするわけでございますが、まあ私どもの党といたしましても、このいま言われている目的にもうたわれているわけですけれども、勤学青年、社会人に高等教育、これの機会を付与をするということは非常に今日段階で重要なことだというふうに考えておりまして、一昨年、五十一年にも教育提言などをいたします中では、夜間大学というものはもっと発展させなければならない、こういう点ですでに昭和二十二年、この学校教育法の五十四条なんかに出ておる問題について、国の取り組みは不十分であるというような点を第一に挙げるとともに、通信大学の設置、これについても国立で取り組みがなされてこなかったというような点を批判をするとともに、特に
特に児玉先生にお伺いしたいわけでございますが、すでに衆議院の中でも若干の審議を行った上で、どうしても尽くされたとは思いませんけれども、いまセンターの問題を含めて、参議院で審議をしておるわけですが、この設置基準についてはどういう基準が設けられるかというのは、これは非常に大きな問題だと思うんです。文部側のいままでに表明された見解では、これは別枠のようなものを設けて、基準の枠外大学というようなことにはしないで、一口に言えば放送大学というのは通信大学の一つの形態なんだから、既設の通信制を併置しておられる大学も私学の方にあるわけですから、これらの問題も一緒にながめながら、全通信制大学の基準について見直しをやり、新しい検討をしようと、こういうふ
最初に飯島先生並びに長尾先生にお伺いをしたいわけでございます。特に飯島先生は、今日国大協が何回かにわたって意見を発表してきたその全期間にわたって直接手がけてこられたわけであります。ここで国大協の方で指摘をされました三つの問題点というのは、広く有識者が憂慮深く見守っておる問題の中心をなしていると思うわけでありますが、確かにその露骨な上下関係が、既設大学と新しい大学との上で直ちに発生するかどうかというような点では、幾らかの手直しがあったかと思いますし、修了者の優遇の問題につきましても、恐らく教育委員会は自分の人事裁量でやるでしょうけれども、文部省としては直接にこのことをうたったり、法的な措置をしたり規則制定をしたりしてないという点はござ
最後に小尾先生に一言お伺いいたします。 大変情熱的に明治以来の日本の教育立国型の政策について意見の開陳をいただいたわけでありますが、やっぱり明治から今日までを振り返ってくれば、これはああいう黄金の日々のような一つの高度成長時代、これは成長した側面と、同時に今日から見て繰り返してはならない、やっぱり欠陥なり、暗黒面を両方兼ねていたというふうな点を落とさずに見ていかなくちゃならぬのじゃなかろうか。それから、特に昭和二十年以降日本国民を見舞ったああいうシチュエーションのもとに、今日の教育の基本が打ち立てられておりますけれども、これはやっぱり振り返っていくときに、明治に返ると同時にあそこでとまらなければならぬ原点ではなかろうかと、そうい
共産党を代表して質問をいたします。 教員大学の概要について、その趣旨を初めとして若干の内容について説明書をいただいておるわけですが、もともとよく知られた一九七一年の中教審答申、七二年の教養審の建議、そして七四年の鯵坂調査会、これら一連の事前の積み上げがあって、その上に新構想大学院、これを中心にしなから出発をせんとする今日の大学設置であるというふうに理解をしておるわけでありますが、大筋においてはそのとおりではないんでしょうか。
まずその趣旨において「教員大学は、教員の資質能力の向上」、そして「初等教育教員の養成・確保という社会的要請に対処するため」と、こういうふうにうたわれておるわけですけれども、私もこの中教審、教養審、鯵坂調査委員会の中で指摘されておる問題点というのは、一応目を通しておるわけですが、ここに言われる「社会的要請」というものはどういうものであるのか、改めて簡潔にお答えいただきたいと思います。
教員のいやしくも資質能力に対して、現行のままでは十分でないという指摘になっておるわけでありますから、裏返して言えば、現行の大学における教員養成の中身について。それからもう一つは、大学を出て学校現場に配置されてから後の研修と申しますか、資質向上の現状に照らして不十分だという認識に立って、社会的要請があるというふうに当然読み取るわけですけれども、端的に言えば、これは教員の専門的力量の強化拡充に対する社会的要請と、こういうふうにとらえるなら、私もその点においては専門的力量の強化という点は、今日教育危機が叫ばれるときでもあり、また同時に量的な教育の拡充、それに反比例をするように内容的な諸困難の問題が出ておりますし、何といっても、素朴な明治以
学校教育法では、学術の理論応用を教授研究して、その深奥をきわめるというふうに記述をしておるわけであります。実践的な教育研究を推進をして、そして教育能力のある人をつくり出していくということとは、表現においても、内容においてもギャップを感じざるを得ないと思うわけでありますが、この点鯵坂委員会の報告の中では、少なくともこの部分については「実践にかかわる諸科学」というふうに記述をしておるわけですが、これは全く同じ意味に解していいのか、違うんですか、どうなんですか。
局長答弁になってきますと、表現が違っても同じことだというふうに言われるわけでありますけれども、実際に目的大学として設置をされると、こうなりますと、そこのところは厳格に見ておかなければならない問題であろうと思うわけです。同じ研究機関であっても、たとえば各省庁に所属するような目的別の研究機関、東京大学の原子力研究と東海村にある原研とでは同じく研究者が参りましても、その置かれる意味は違うわけであります。こういう点については、やはり科学、学問の研究だということを、どこまでも今後も筋を通して明らかにしておかれる必要があるだろうと思うのです。特に能力というような問題は、これは学問の結果としてあらわれてくるものであって、それ自身が大学の中で目的づ
受験者の方の処置等から、そういう特色が出てくるという以外に、大学の方のカリキュラム、教育内容、教員構成等でもそういう要素が出てくるかどうかということが問題になってきますので、ここまでの御答弁の中ではひとまずいただいて、内容を明らかにする必要があると思うわけです。 この段階でお尋ねしておくわけですが、いままで説明された要素は、社会的要請はひとしく教育界、あるいは大学に向けられた要請であったはずだと。特に教員養成大学について、大学院設置についてながめるなら、先ほどの質問者からもありましたが、東京、大阪には修士課程がすでに設置をされておるわけであります。特に私も大阪の設置について少しく経過を調べてみたわけですけれども、この場合にも現職
改めてこの大学院が設けられるについて、かなり中教審、教養審等では露骨に幹部教員養成ということを言い始めまして、それが動機となってつくられたのは、この点、経過についてはお認めになったとおりでありますけれども、現段階で幾つかの問題について状況をやわらげられて、まず第一に学部を設置するという問題と、あるいは教授会方式、さまざまなことで説明が行われておるわけでありますが、私も大学協会側のこれについての見解をもながめておるわけであります。今度は、新しく設置されるにつきましては、新構想大学と言われますので、それじゃどこが新構想になるのかという問題であります。いまお尋ねしたところでは、少なくとも設置の目的とか、大学院の側としての設置状況においては
この程度の御説明では、どうして東京もしくは大阪の教育大学の修士課程において行っているものに比べて、著しい特色を持つ新構想であるのか、十分理解できないわけであります。言語系教育コースというのは、国語とか、英語とかいうふうに分かれておるものと、一体どう新構想であるのか、講座制をとるのかとらないのか、具体的に、その辺については違うわけなんですか、それとも似たようなものであるのか、聞かしていただきたいと思いますが。
もともと講座の置き方とか、コースあるいは課程の決め方というものは、大学が自主的に決定をするものでありますし、この程度の違いであるなら、大学のサイドで状況に合わせて、あるいは大阪なり、東京なりで、こういう方向を教授会の合意があるなら施行することもそんなに大きな変化ではなかろうかと思いますし、言語系教育コースといっても、中には国語があり、英語があり、具体的にはおおよそ似かよったものになるのではなかろうかと思うより以外に、私のイメージの中にはいま具体的にあらわれてこないわけでありますが、この点については新しい試みというほどのものになるのかどうか、また、付属学校等についても、特段に新しい教育改革を反映したものがどうあらわれるのかというような
大学協会で出された文書を見ますと、新構想大学というのは、どこが新構想であるのかという点を検討された上で、新大学院の専攻分野、その内容、カリキュラム等については、格別に新しい構想が見当たらないというふうに見てますし、むしろ現在の大学の教官の協議の中からは、さまざまな現状のあり方の分析と、将来に向かっての模索と試行が行われておるのは、これは私どもも承知をするところであります。その範疇の中で、特に新構想というふうにも私はいまの御説明では聞き取ることはできないわけであります。特に教育の内容、あるいは原理、現職教育というものを根本的な教育基本法、あるいは学校教育法の理念に照らして、大きく全体を開発していくための一環というふうに考えてながめると
筑波大学には参与会というのがありまして、これが私どもが賛成できない大きな力を持っておるというわけですけれども、大体そういう性格を持つものと見ていいわけですか。