十一月の一日でございます。
十一月の一日でございます。
はい。そのときに商工省、内務省の方々がおいでになつて、やることになりました。
さようでございます。
その事情は、前の非鉄のときに、バラード氏が、実業界の人間で、よく英語ができて、自分たちと連絡がとれる人間を選んでもらいたい。私のことなんどは全然におつしやられはしませんでした。しかしそう言われるので、私はその場で非常に氣まずい思いがいたしまして、もうこれに関係はしない方がよいということを皆さんに申し上げたことはございます。非鉄関係の会社は私を全然御存じなかつたことでございますし、それから非鉄の方をひつくるめた委員長を私にもつてくるということは、私に賛成でなかつたかもしれません。私は皆さんがどう感じておられるか知りませんけれども、そういうふうな氣がいたしましたものですから、私は全然これに関係はしないことにしようと自分では考えたのであり
私は、そういうことは絶対にないと、今ここではつきり申し上げたいと思います。
政府からのその約束につきましては、この仕事が、どれだけの量があるか、どこに何があるかというようなことが、全然わからなかつたものでございますから、取極めとか、いろいろなこまかい点はなかなかなし得なかつたのであります。各社ともいろいろな損ができはしないか、損を背負いこむことはすでに痛手を負うておる会社はみな困るというので、非常に控え目であつたと思います。しかしバラード大佐及びアメリカの方は、これを早く処理しなければ、だんだんと物はなくなつてしまう、あるいはあとで役に立つものが立たないように処理されてします。それではいけないから、一日も早くこの仕事にかかれ、こう激励されましたので、こまかい取極めがはつきりしないうちから、仕事をやる準備をい
いや漫然とではございません。費用がどれだけかかるかわからないものでございますから、どんな損害が起るかもしれない。そこで委員会社のうちには、政府に補償をしていただきたいという風な希望も出まして、政府でもそれを考えてやる必要があるではないか。それから全体の仕事はプール計算でやろう、一つの会社が損をしてもまたほかのところで有利なものもあるかもしれないということで、プール計算でやつていこうではないか。しかし各自が自分の担当をした地域については全責任をもつてやるというふうな打合せで始めたのでございます。
そういうふうな話が起りまして、政府も、政府と申しましても商工省あるいは内務省の方々がそれを御承知の上で御協力をくだすつてと私は思つております。しかしながらこれも損を出すということは私どもの考えとしてはもう絶対になすべきことではない。何とかしてこれを有利にもつていかなければならぬという決心をもつたのでございますが、各社の責任者としてはこの仕事を引受けたために会社に対して損害が起つては自分たちの責任上困るというふうな考えが非常にあつたと思います。それで計算は全然別にしてやるということにも一番初めからきめられまして、各社の計算とは全然別な会計でこの仕事をやろうというふうにきめられたのでございます。
その当時のことを考えていただかなければならないと思いますが、混沌たる状態で何もはつきりしたことがわからない時代でありまして、それが倉庫にしまつておる品物、資材とかあるいは被服でも食糧でも、軍需品であるといたしますけばわかつたかもしれませんが、どこかの山の陰に落ちている飛行機がどれだけあるか、あるいは各航空機の基地にどれだけのものがあるか、それから方々に疎開されて、あるいは山の穴の中に入れてあつたようなもの、どこにあるのかわけがわからないのであります。そういう状態でありますから、私どもには全然見当もつかなかつたのでございます。私は再三八軍の方にも一体どういうものがどれだけあるのでございましようかということをお尋ねいたしました。これはま
その当時はスクラツプなど使い手がなかつたのでございます。製鉄工場はどこも動いておりませんし、燒跡には方々にスクラツプがちらばつておりまして、金属の回收工場なども回收することができなかつた。しかも一方にはトラツクがなかつた。いろいろなことがございまして、今後スクラツプがどうなつていくかということは全然見当がつかなかつたのであります。私個人といたしましてはこれは非常に貴重の資材だと思いまして、いかなることがあつてもこれはすべての力を注いで集めていかなければいけない。それで私委員会の方々にこれを非常に念を入れて集めて、大事に守らなければならぬ、貯藏についても、取扱いについてもやらなければならぬ、これは將來必ず日本のために最も大事な資材にな
その当時のそろばんの上では得がいくようには出て來なかつたと思います。しかし私の信念としては、非常に大事な材料であるから、必ず貯藏して將來のために備えなければならぬと確信しておりました。
個人的には私は損がいくとは思つておりませんでした。しかし各社の会計を担当する人は会計の上からどうしても自分の職務上得がいくようなそろばんが出ないのにかかわらず、どんどんやるということはできなかつただろうと思います。それで万一損がいつたときには補償していただきたい。しかしその場合にプール計算でやつてこうじやないかというのは、損がいつたときには利益を出し得るところから埋めてもらうということで始めたのでございます。
相当に私は心配をしておつた方があつたのではないかと思います。なぜかと申しますと、どのくらいの処理費用がかかるかということが全然わからないのでございまして、届くことのできないような山の中、僻地にあるものもございますし、大きなもので運搬することのできないものもあると聞いておりました。それから当時トラツクなどはなかなか手に入れることもできなかつた。どういうふうにして運搬してよいかということも見当もつかなかつた場合でございます。
私はその当時のお話から推察いたしますると、こういうはつきりしない仕事は、しかも相当大きな量になり、すぐにもしなければならない仕事は、相当技術的にも人力的にも、力をもつた所でやらさなければだめだ。あまり多くの人たちがはいると、かえつて仕事がまとまらなくなるからして、最も信頼できると思われる五社にやらせた方がよいということからきめられたのだと私は考えます。それからほかの会社がこれをやりたかつたかどうか。おそらくその当時で言えば、あまり希望されなかつたところがあるのではないかと思います。しかしこれは私が今自分で思うだけでありまして、それ以上のことは申し上げられません。
さつき申し上げたように、五社の選定について私がこれだけやるということは、自分がやつたのではございませんからわかりませんが、こういう仕事はどうしてもしつかりした、組織的に仕事をなし得るところに託すのが一番いいという考えから五社にきめられたことと思います。それから仕事の部分によつては、希望されるほかの会社にもそれを担当してもらうことも考えられた。そういうふうに担当していただいたところも数箇所あると思います。
政府に全部お納めすることになつております。
これは各自のものの見方によつて違うだろうと思いますが、私は相当大きなお金を納めることができるのではないかと思つておりました。それでいろんな時期におきましてそういう計算をしたこともございます。しかしこれはスクラツプの値段のきめ方によつてきめられるのでありまして、一体いくらぐらい納め得るかということ、そういう机上の基礎のもとにしかできないのでございます。私は一億とか何とかいうお金は当然納められる。あるいはもつとできるのじやないかと思つておりました。今日でも処理のしかたによつて相当な大きな金額を納付できると自分は考えております。ただこれは私の考えだけでございますから……。
結果の反対ということは、今申し上げたスクラツプの値段のきめ方でございます。たとえばスクラツプの工場渡し千円に賣るという値段のときに、しかも汽車の運賃が非常に上げられまして、千数百円運賃にかけなければならないという場合には、損が出ます。なぜかと申しますと、値段はきめられておるのに費用の方はどんどん上げられてまいつております。しかしこれは世界的の事情から見ますと、今最も有利に——もつと將來有利になるかもしれませんが、相当有利に処理ができると私は判断します。
みんな心配はしておりました。私自身は、こんな貴重な材料だから、どうしても國のために保存しなければならぬと思つておりましたが、そろばん上は、私どもにすぐその場で利益が出るとは言えなかつたのであります。もつとも、一般的には非鉄の方がいいのじやないかというような初めの印象もあつたように思います。
その数量については全然初めは見当がつきませんでした。これはバラード大佐からもしばしば聽かれましたが、初めの数箇月はなかなか仕事が進まなかつた。それで一月三万トンとか五万トンくらいしか報告が出てこない。こんなことでどうするのかといつて、非常に激励を受け、お叱りを受けました。各社から出ております数字を総合いたしますと、初めは六十万トン、七十万トンであろうかというような見当でございましたが、だんだんその見当が殖えてまいりまして、結局今日の数字になつているのでございます。しかしこれは廃兵器だけでございまして、ほかの資材は含まれていないのでございますから、その点申し上げたいと思います。ずいぶんほかにたくさんの資材もあつただろうと思いますが、そ