これ、宮之原さん、どうでしょうか、その点については、あなたの考え方との開きがあるように思うのですが、その点についてお答え願いたい。
これ、宮之原さん、どうでしょうか、その点については、あなたの考え方との開きがあるように思うのですが、その点についてお答え願いたい。
私も、同意見なんでありますが、なぜこういうことを——これは文部省に特に申し上げたいのですが、なぜこういうことを言うかといいますと、教育に対してものを論ずる場合には、教師というものが、常にどうあるべきかということを、これは親の立場からも、それぞれ出てくるわけです。最近では、特にもう文部省なんというのは、いささか口ぎたなくやっているようにさえ思われるほど教師のあり方についてさまざまな意見を出してきているんです。この点、間違いないでしょう、あなたは文部省の中にいる人ですから。口の悪い人は、極端なことを言えば、教育界の諸悪の根源は日教組だなんていうようなことを公開の席上で堂々と発表される人もあるわけですから。私は、これはいまそういうことをこ
文部省知らないとは言わせぬよ、そんなこと。それはどこの調査がやったか何かは別として、文部省知りませんなんというようなことじゃだめですよ。私さえもそういう資料を持っているのに、あんたが持っていないなんということ、それはだめですよ。
また、これ、厚生省でそういう調査をやったというあれではないでしょうね。
文部省が全然知らぬというはずがないと私は思うんですがね。これは一九五五年の調べで、小中合計をして、第一のあれとしては特殊学級を担任した動機、それから精神薄弱児教育に対する考え方、これは担任する教員に対してどうだということを聞いているんです。それに対して、ちゃんと答え方が、どんな答え方が出ているかということが出ているんです。私は、そういう調査がやられたのは一九五五年ですからその後——これは昭和三十年ですから戦後十年たったわけです。それから第三の教育改革というようなことをあなたたちおっしゃって、少なくもやったんだが、その後の一体、この種の調査というのはやっていないですか。これは、私の持っているのは、一九五五年のでです。その後のあれはどう
まあ、私に言わせれば、こういう調査があれば、少なくとも、その調査はあなたたちも見ておって、特殊教育はどうあるべきかと、私はさっきこの提案者の宮之原委員の提案の説明を聞いてみて、結局特殊教育に対する考え方というのは、これはもうあなたたち、そんなこと説明するまでもないでしょうけれども、特殊教育に非常に力点が入ってくるということは、世の中の進歩とこれ一緒に行くわけです。余裕のない時代には特殊教育に目を向けるあれがないというようなことはある。戦前であるならば、役にも立たぬ者は教育する必要はないという考え方さえある。兵隊に行けないような者をつくったら一体学校の教師はだめだぞというようなことをわれわれ言われた。徴兵検査のときに、およそとにかく徴
じゃ、さがして来るまで宮之原さんにお尋ねいたしますです。 私は、この身体障害の教育がほんとうに大事にされてきたということは、何といっても、この戦後の日本のこの平和憲法ができてから人権を尊重する、その人権を尊重する原動力となる教育、その教育の革新へのこの情熱というようなものが、私は特殊教育というものを非常に発展さしてきたと思ってるんですが、この点については宮之原さんはどうお考えですか。
これ、いつまでも待っておってもしょうがない、さがせないんでしょう結局。局長さん、こういう特殊学級を担任した動機というものを、一九五五年の調べでは、小学校と中学校でやってるんです。研究への興味というのは、小学校の教師で調査した二十二人の者が研究への興味ということでやっておる。中学の場合は、十九人やっておる。パーセンテージでいえば、小学校のほうが一二%が研究への興味だ、中学校の場合は二〇%、また学業不振児、結局、成績のあんまりよくない子供を指導していたことから、そこから今度その問題を考えて、そして小学校の先生は、その調査した者の一六%が、そこから担任をしてみようということになった、中学校では一二%の調査の対象になった先生が、特殊学級の担
まあ、あなたもう文部大臣じゃないから、ある限界でものを言っておると思うけれども。しかし、あなたは文部大臣と違ってやたらやめたりなんかするあれじゃないですな。一年や半年でやめたりするわけじゃない。まだまだあなたはこれから先にずっとやるわけですから、文部省で。そうすると、やっぱりその立場でのものの考え方ね。やっぱりあれですよ、戦後、敗戦によって大打撃を受けたあの中から逆に人間を尊重しなきゃならぬ。人間の尊厳というものを、新しい日本をつくるときに、あらためて従来のような考え方が、飛躍的なあれやらなきゃならないという考え方が教育の中にあった。そういうことが、先ほど宮之原委員の提案者としての意見の中にもあったように、権利意識としてとにかく教育
相当あなたは頭がかたいね。私は、あなたの頭のかたさというのはちょっと理解できないんですよ。私は、いま直ちにあなたにやれなんということを言っているんじゃないですよ。あなたは、いま何かお話の中に、教員みんなに要求してもだめだとかということ、やってくれるかどうかというようなことがあったようですが、違いますか。そんなことは言いませんか。——言わない。あなたのほうでやれることは、教員としては、特殊教育とあなたたちが言っている教育、われわれから言えば、心身障害児の教育というものをやる場合には、それが心身障害児の重度であるとか軽いあれであるとかということは抜きにして、どんな子供にも教育を与えてやらなければならぬという考え方に立つということは、これ
それをさっきから言えばいいじゃないか。たとえば、そういうことであるならば、宮之原委員の提案と一緒です。しかし、宮之原氏の提案は、一つの理想を述べて、あなたたちのほうは、一つの文部省という役所の中にあっていろいろなからみ合いからなかなか一挙にしてそこまで到達できないという悩みがあっても、その発展の当然到達する目標に対しては共通の考えであるということだけは言っておかぬというと、これはだめだと思うんです。きょう、そこに厚生省の方も、それから労働省の方も来ていらっしゃるけれども、これはもうあれだと思いますね。文部省のほうが率先そういう考え方に立っているということを言わなかったら、この三省の連関のもとにやってもらわないと、障害児教育の対象にな
この改正する法律案の中に、特殊教育というそういうあれを使ってくれ、こういうわけでしょう。それで、これを「特殊教育」ということばを使っているのを、それを「心身障害児教育」と、こういうふうにしなければならないというその考え方は、特に大きな意味がありますか。
局長にお尋ねしますが、障害児教育に直したって金がかかるわけでもないんだし、これは検討、検討といってずいぶん長いこと検討しておって、結論出ないのはどういうわけですか。特殊教育ということをどうしても守っていかなければならぬという理由があったらひとつ述べてもらいます。
これはあれですか、「障害児教育」というほうが「特殊教育」よりもいいということは、これはもう与野党の中でも大体一致した見解だということは提案者が言っておる。文部省がそれについていろいろ検討してみましょうと、こう言って検討した。どんなところへはかって、どういう一体検討をなさったのか。たとえば、実際に障害児教育をやっている人たち、そこで苦労なさっている方々、そういう人たちの意向というようなものもくみ入れて、そうして十分討論した末に出した結論だとおっしゃれますか。あなた言い切れますか、どうですか。
このあなたのお話し聞いていると、校長さんに聞いたとか、あるいはいろいろな意見聞きましたというけれども、あまり、組織的にこの問題について出された議論をひとつよく検討いたしますと言ったその答えについての、回答の手続ということから言うと、さっぱりあまり中身がなかったように思うのです。私は、やっぱりこういう問題については、何といっても一番有力な意見になるのは、実際に子供を預かっている者ですよ。先ほどちょっと長々と調査のことについて申し上げましたけれども、障害児教育をひとつやってみようというような気持ちでそこへ入り込んでいった人たちで、すぐ変わるなら別ですけれども、ほとんど一生そこの中でやっていくような人がなければ障害児教育なんというのはでき
いまの宮之原委員の説明で、局長はっきりしたでしょう。与野党みんなだれもが常識的に考えても、これは子を持つ親の立場になって考えれば、そっちのほうがよろしいということになっている。あなたはどこの校長さんの話を聞いたのかわからぬが、あなたは校長さんがそう言ったとかなんとか言ってますが、私はやはりいま聞いてもう文部省はあまりこだわることはないんじゃないか。つまらぬところにこだわるのが文部省の特徴みたいに誤解されるおそれがありますからね。こんなけちな考え方でいるなんていうようなことを日本の文部省が宣伝されるのもどうかと思うから。今度はどうなんですか、あなたたちのほうの省議だとか、あるいは何とかいろいろあるでしょう、そういうところではっきりこの
重ねていまのことを申し上げますと、あなたこだわっているようだから、こだわることないですよ。たとえば盲学校、ろう学校ということだって、もしかりにそれが障害児教育となったっていいじゃないですか。皆さんどうですか。あなたたちは上品に育っているからそういう経験ないか知らぬけれども、私らならば目の見えない人に対して何と一体言うか、ものを言えない者に対して、そういう悲しい運命を背負ってきた子供に対してどんな一体、何というか、ひやかしことばというか、悪罵を加えるようなことは相当ことばとしてあるわけだ。そのことをそのまま書いたような私は名前だと思うんですよ、盲学校、ろう学校。しかしこれは、教育として、学校としてやってきているからあのことばはまたそう
いろいろお話があったけれどもね。文部省で一体、そういう者を採用するべきだと思うのですよ。あなたたち教育という問題をやっているのですよ。教育の問題をやっておいて、そして、その目標の中に社会復帰というようなことを言っている。特にあなたたちのほうの学校教育法なんかを見ると、明らかにその中に限界線を引いたような法律の条文になっている。だから、私は、そういうあれを抜け切るためにも、それは、採用の人数なんというものはおのずからそれは機能の上から見て十分配慮しながらやらなければならぬけれども、身障者を特に採用するというようなやり方はいままでやってないでしょう。私は、文部省という役所で、そういうことをやるということは非常な大きな意味があると思うので
まあ、ひとつ歯切れよく返事をしてもらいたいのです。採用することですよ。文部省がやはり、たとえ数は少なくとも、このポストには身障者をひとつ新たに採用してやろう、そういうことによって、心身障害を持った人たちに勇気を与えるというような、そういうことも含めた立場に立って、文部省が——それは数たくさん入れなければならぬことはないですよ。少なく入れてくれということを言っているのではないですよ。数の問題じゃなくて、そういう精神をやっぱり文部省というような役所で先にやってもらいたいということです。これはどうなんでしょう、厚生省とか、労働省なんていうのは、そういう省の職員の採用ということについては、そういうあれは特別に考えておらないわけですか。
文部省は、一体どのくらいになっておりますか。