もう一ぺん労働省の方にお尋ねをいたしたいのですが、一番やはり、どうなんですか、省庁のうちで、一番採用の少ないというのはどういうところですか。平均までいかないというのは。
もう一ぺん労働省の方にお尋ねをいたしたいのですが、一番やはり、どうなんですか、省庁のうちで、一番採用の少ないというのはどういうところですか。平均までいかないというのは。
労働省にお尋ねいたしますが、具体的に、これは何というのですか、職場の改革といいますか、これについての労働行政の中ではどういう手続でやっているわけですか。手続というか、やり方が、何とか就職先を拡大するというようなやり方ですか、どんなやり方やっているんですか。
これは文部省にお尋ねいたしますが、学校教育法の七十一条、「幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施し、あわせてその欠陥を補うために、必要な知識技能を授けることを目的とする。」とあるのですが、特殊教育の研究いろいろいままであったわけですけれども、相当私は特殊教育というのは進歩していると思うんですがね、この「準ずる」というようなことでは、何か小学校のようなことをやっぱりやらなきゃならぬというような、そういう考え方になって、心身障害児教育の何といいますか、特異性といいますか、生徒児童そのものに対して密着したその発想がこの中から出てこないよう思うんですが、この「準ずる」ということは、どういう解釈したらいいんですか。
この法律案の提案者にもお尋ねいたしたいんでありますが、私は、やっぱりこの七十一条の「準ずる」云々は、やはり文部省の言う特殊教育、障害児教育の進歩の過程、進歩している現状、また非常に何といいますか、子供を持つ親たちの関心というようなものが深まってきている現状からいえば、適切ではないと。障害を持った子供たちに一体ほんとうに直接効果を及ぼすような教育というのが考えられていいんだと思うんですね。その点、文部省はやっぱり何か理屈をつけて改めることにちゅうちょしているようですが、それほどがんばらなければならない理由、もうそろそろこれについて検討に入っているというぐらいは言わなければ申しわけないような気がするんですけれども、それがどうかということ
やっぱり何か文部省というところは、私は、一つのやはり非常にかたい一面あると思うんですよ。全体の日本の教育に対して、おれのほうではこうこうせいというような発言力を持ってるんだというような意識がついて回ってんですね。これね、教員やったものならそんなことについてはもうあなたのようなこだわり方しません。たとえば何の指導をやるにしたって、子供にやる場合には、その子供自身ですよ、子供を見ないでやるわけにいかぬです。一学級の定数を減らしてくれということは、一斉授業やって同じようなことをみなにやるということが教育の上では非常にマイナスなんだと、数を減らすということはとにかく一人一人の子供の持てるものに沿うた教育をやりたいんだということです。そうでし
あなたがんばるから聞きますが、この「準ずる」というのは、具体的に言えば、幼稚園、小学校、中学校、高等学校の教育のどういう具体的な問題に準ずるわけですか、それを言うてみてください。
大体おかしいと思うね。私はここに三十六条、学校教育法見ると、これは一例ですけれども、「中学校における教育については、前条の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。」といって一、二、三と書いてある。あなたのほうでは、特殊教育だと、こう言っている。しかも、その特殊教育という名前をあなたのほうでつけるについては、子供たちがきわめて人生にとって重大な運命を背負ってきているわけです。そうするならば、何も準ずるなんということを言わなくて、書きようは幾らでもあるでしょう。法律といたしましてはなんていうことを先ほど言ったけれども、どうなんですか。あなたのほうで言う特殊教育という教育、障害児の教育というものを特にあげて
これ、さっき中学のことを言いましたけれども、小学校では、「小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする。」と書いてある。私は心身の発達の上において普通の子供はそういうやり方をやるとしたら、悲しいかな非常に大きな運命的な心身の問題のあれが出てきたそういう子供なんです。なぜ一体それについてはもっと具体的な、血の通ったような文章で書けないという理由はないでしょうに、そう感じたから、与野党越えたような意見として、これは改めなければいけませんなということを言ったんですよ。準ずるなんていうことを何でがんばるのですか、そんなものを。その当時は簡単にそんなふうに、まあ気持ちとしてはわからぬこともない。これ書いたもっとそれ以前、せ
まあこれもう、ここらでひとつそのことはやめましょうかな。しかし、あなた謙虚になって考えたほうがいいですよ。何といったって心身の発達というようなことは、小学校の場合を言っているわけだね、それに応じた教育をしなければならぬということを言っている。ところが心身の障害を持った人というのは、その立場でものを考えなければいかぬ。あれのまねさせるななんということではだめなんですよ。その人の持てる生まれつきの、その上に立って、非常に大きな彼らは欠陥を持っているわけだから、それをどうして一体どんなあれでもって彼らのあれを最大限に伸ばしてやろうかという文章を書かなかったら、これにせものなんだよ。だから私は言うんだ。これだけはあなた、単なる役所の文書でな
宮之原委員、これ、もし、普通の何というか、うちから通学できるというようなことになれば、寄宿舎というのは、それよりかも寄宿舎のほうがどうしてもうちから通えるような状況にあってもいいのだということではないでしょうね。その点はどうですか。 私も何度か見にいっているけれども、何だかあわれを催すのだ。親の手元から離れてきている子供たちやっぱり大きい子は小さい子を世話していますよ。そういうものを見ていますと、あわれを催すのだが、本来これが盲学校、ろう学校というものとか、精神障害児等の教育というものが、自分の自宅から通えるような状況にあれば、それが最善だということになるのでしょう。
そこで、文部省にお尋ねいたしますが、私はこれについては若干、小学校の数ほど、うちから、自宅から通うというような形のこれはどうですか、不可能でしょう、何ぼ将来それに金を投資するというようなことになっても。どういうものですか、いまの特殊教育のたてまえから言って、どうしてもやっぱり寄宿舎というものは、障害児の教育の場合には必要欠くべからざるものになるでしょうな。私も、それについてはそんなような気もするのですが、どうですか。
これはなかなか口で言っても、私も考えてみて、家庭から通えるというようなことが原則になるようなやり方というのはなかなか不可能じゃないか、やっぱり財政の問題とからみますから。そこで私は、やっぱり寮母というものの重要性というものをこれは考えにゃいかぬと思うのですよ。非常に重いあれなんですね。だから、療母という人たちは、単なる傍にいてやっている女中さんでも何でもそんな性格のものじゃない。りっぱな教育者であり、おかあさんであり、非常なもう一番最高むずかしいことの点じゃないかと思う。だから、それに対して、どういう一体寮母さんになる人たちをこれからもどうしていくのかということ、これはここらお二人に聞きたいのだけれども、単なるあれではだめだし、それ
これは特に厚生省にお尋ねいたしますが、これは新聞の切り抜きなんですが、四十九年の一月の二十八日に、厚生省の方ですからお読みになったと思いますが、「身障者道連れの自殺」というのが表題で、飯塚進さんという桃山学院大の助教授の論文の抜粋みたいなものを新聞に出しているわけです。この身障者の道連れ自殺というもの、これが飯塚さんの場合は昭和二十一年から四十七年までの間に約三千百九十九件あったうちに身障者の道連れ自殺というのは百八十五件だったと、こう書いてあります。このことについて、厚生省としては御存じだと思うわけですけれども、これに対して省内で、特に担当のあなたたちの間で、そういうことの原因あるいは対策というようなものをお考えになったことござい
どうも、あなたも言いにくそうに言っているけれども、これはさっきの文部省の初中局長の答弁にもあるんですけれども、やっぱり一つの線を越えて生きる者の権利というか、国民の権利というものを認めないとどうにもならぬ状況にある。あなたのさっきの憲法論についてもそうなんです。いまの場合だって、私は、厚生省の方、施設に入れてくれれば死ななかったのもあるんですよ。そんなの何か私は新聞で見たことあります。施設に何べん行っても入れてくれないということで、もてあまして、もてあましたというよりか、もう悲観のどん底にいって親子が、親子心中ということばは飯塚さんは大きらいで、道連れ自殺というふうに言っているんだそうですけれども、私は、そういうこのものについての皆
こういう道を選んだ親の年齢で一番多いのが、三十から三十四歳までが二二%、二十五歳から二十九歳までが二一%、三十五歳から三十九歳までが一三%、こういうこのあれを見るというと、まだこの年齢的にはまだ元気のある時代でも、このぐらいの人間がこの道連れにして死んでいく、こういうことになるわけでありますが、いま何か相談相手とかいいますけれども、これは何ぼ相談されたってだめですね。かりに私がいま相談されたらどうだろうか、多少政治家のような顔をしていますからきっと歩くでしょう、歩いてあなたのほうでこれに対して解決点を見つけてくれるかといったら見つけてくれないと思うのですよ。私は、この先生の話の中で、一つだけ、論文の中でちょっと考え方が違うような気が
相当じゃだめだよ。あなた、大体金額の額で十億ぐらい違ってもいいと言ったでしょう。
それでいいのですか。
私はやっぱりそれを厚生省が全部一ぺんにやったらどのくらいかかるというようなことをやるべきですよ。私がいままで聞いてみたり、新聞で見たりするのは、施設に何ぼいってもあきがないとこう言われて、失望、落胆して、そうして自殺したというのが、相当やはり新聞で目についていました。 それからあなたのところへ行くのは、文部省からあなたの関係の施設というものは、後ほどまたお尋ねしますけども、これはもうかなり、何というか、重度の子供たちが多いわけですから、だからこれはあなたの頭の中に数字がないというのは、これ私はやっぱりいかぬと思いますよ。怠慢とまではいかぬけど、上司にそういう考え方がないのにあなただけ持てといったって、それは無理だけども、あなたや
どうも質問のあれがちょっと、一緒にやりゃよかったんですけど。 とにかく宮之原さんの考え方の中では、心身障害児という者の全員を、何らかの形でやはり教育するべきだという考え方に立っているように思いますが、そう理解してよろしいですか。
初中局長にお尋ねしますがね、初中局長は、一体これはどういう考えですか。