いや、あなたの話、何べん聞いていてもとにかく青年が悪い、だれが悪いという話は出るけれども、私が聞いているのは、社会的、政治的な面でひとつあなたのほうからいえば、文教政策という角度からあなたたちのほうの責任というのはないのかどうか。
いや、あなたの話、何べん聞いていてもとにかく青年が悪い、だれが悪いという話は出るけれども、私が聞いているのは、社会的、政治的な面でひとつあなたのほうからいえば、文教政策という角度からあなたたちのほうの責任というのはないのかどうか。
どうもわからぬな。ぼくが言ってるのは、いわゆる政治的な一体問題に学生が反抗しているということ、これはもっと分析できませんか。これはもうあなた、日本だけじゃないのですからね、ぼくらのほうは大体薄っぺらだけれども、こういうものを書いている。やはり片手落ちだと思うのですよね。大体あなたたちがものを、あなたが言ったかどうか知らぬけれども、日本の戦後の教育が悪いからこうなった、こういうことを言う、これはあなたたちも言ったろうと思う。まあ、あるところではもうそういうことばかり言ってるのがある。何か起こると、みな日教組が悪いということを言う人がおる。これは一番簡単なんだ。教育が悪いからだ、大学に起これば、大学のやり方が悪いからだというようなことを
その筑波の話はもう少しあとにしても、あの学徒援護会のことはまあ一つの例だ。あなたたちは、学徒援護会に対してどういうあれをやったですか、どういう対策を立てた。そして、それについては、各大学について一つの条件出したでしょう。あそこからやっぱり出ていくというような対策を講じたでしょう。そこのあたりはどういうふうにやったんですか。そうしてそれを出した場合には、今度はどこへ持っていくかということですね。それはどういうふうにあの当時やったんですか。
まああなたは、非常に対策が貧しかったという話でありますけれども、一つは、やっぱり大学の学生の数がふえたということも一面言えるかもしれないけれども、あれは戦後のまだ影響が非常に強い時期なんです。あそこでは、とにかくうちから学費を送ってもらうというようなことの不可能な人たちがたくさんいて、ほとんどがそうですね。だから、あそこにはアルバイトに対するあっせんも、もうそろそろだんだん少なくなっておったけれども、やらなければならぬ状態にあった。で、あなたが言うように、ある程度やはりこのままの状態ではよくないということはわかっている。しかし、いつでもぼくはあなたたちのことを考える場合に、取り締まるというような感じが、ぼくはああいう環境の中において
個別にとっていったら起こった大学と起こらない大学あるというのは、これはやはり言い過ぎじゃないですか。ぼくはあの当時じっと見ておって、日大の場合を考えますと、日大の場合は、あのころ学生の関係のあれがよく呼ばれましたわ。ところが、それは紛争のものすごい大学もあるし、その当時日大というのはいかにも何と言うか、きちんとしているように見えるのですわ。しかし、ぼくはそこへ行って、ほかのほうが騒ぎの大きいときにそこに行って、これは問題起きるなと思ったことがある。それは一つの学校の方針で、あるやはり圧力がくるわけです。大学の改革だとか、いろいろな問題について不満を持っている学生が何かやはりはたから——ほかの大学がやるわけですから、そういうものに刺激
まあ、そういう意味で学生の問題を見れば、いわゆる安保問題に対する政治が、政治上の安保問題というようなことに対して学生がどう敏感に反応したか、こういうことを一体政府というものはどう受けとめたのか。このことは、私のほうの党でも取り上げまして、いまの学生のあれには政治的な問題がたくさんある。非常に巨大な不正というものが、政治上の不正というものが、これは先進国の中にたくさんあって、それらのものが大学の学生に大きな反抗を起こさせている。あるいは何といいますか、管理社会というものの中にあって、学生はその中で抵抗する、そういうものもある。こういう点の根本の原因に目を向けない大学対策というようなものは、何といっても政府が非常にやっぱり強いのじゃない
まあ、大学の紛争というものがある限界を越えていった場合には、これは容易ならぬことだということは、これは日本ばかりじゃありませんわね。これはフランスの場合のことも聞きましたけれども、やっぱりソルボンヌの前のあそこのあれがものすごい状況になったということをいう。それから、あなた先ほどおっしゃったけれども、東大に立てこもったのは必ずしも東大の学生ばかりではない。そういう若い学生の間の横のつながりというものが出てくるということは、これはまぎれもない事実なんです。これはもう何の場合でも同じです。おとながやろうが、だれがやろうがみんなそういうことが起こる。それがおそろしいことだね。だからそれぞれの対策についてのやっぱり対処のしかたというものは、
そうすれば、まあひとつ筑波のほうにだんだん移りますがね。ぼくもあなたのおっしゃるように、ものごとが全部うまくいくということはないとあなたはおっしゃるけれども、かりにこのことは全く予想したとおり時代に適合した考え方であり、そういう目的に沿うた実績をあげたとしても、それは、そのものがいつまでもそういう状況というのはあり得ないわけです。必ずそこには次の問題がやはり起こってくる。それがなかったら発展がないわけですから。だからぼくはそういう完ぺきなものがここに考えられてできるなんということは考えていないのです。そういうことを言っているんでは決してない。ただ、試みとしては、私は新しい大学をつくってやってみるというのは必ずしもこれは日本だけではな
教育大学で三十五年から三十六年、そのころにいまの移転の問題、学部五つを統合して移転したいというような、そういう意向は文部省には出てないわけですか。
その後はなかったわけですか。
あれですか、三つの大学に口をかけたという話でありますが、その場合に、筑波にこの三つの大学を入れようという文部省の態度であったんですか。
当初どれくらいの大学をそこに招致するつもりであったわけですか。
ぼくはそのところがわからないのだが、大学の土地さがしについて、一体政府が考えていることに、いわゆる国策に乗るというようなことがなければ適当な土地が手に入らないということ自体が、これはおかしいと思うのですよ。そういうことは、ぼくは文部省あたりが相当便宜を——便宜というか、その一つの国立大学ですから、それに対して積極的に土地の問題について考えてやるということになれば、これは解決する問題だと思う。三十五、六年のころですからね。そうでしょう。私はもうその点はこの間も言ったけれども、北海道の教育大学の統合問題に対する土地の問題だって、きわめて冷淡きわまるものだと見ているのです。どうして一体国策に乗るというとそれほど馬力がかかって、国策に乗らぬ
そこのところ、ぼくは考えてみると、ほかの二つの大学が別な土地をさがしていたと。八王子がなくてもさがす道はぼくはあるような気がするんですよ。しかし、まあ一番手軽なところがというところで、まあ学長がそれに飛びついたと、飛びついたんだが、そこで、これはあれでないですか、学内が全く一致した見解で移転をするというようなことにならなければならないものでないか。ぼくはその点では北海道の教育大学と、それから東京の教育大学に対する文部省の態度は全くこれは正反対だと思う。北海道の場合は十年とにかく時を待ってるわけですね。しかし、そのことについては、ぼくは外部の圧力などではなくて、それはほかの者がかれこれ言うことではなくて学内で意思統一をしなさいと、まあ
しかし、あれでしょう、五つの学部があって、そうして一つの学部ばかりではないでしょう。学部全体としてのあれはいろいろあるでしょうけれども、反対と賛成のあれはどうですか。教官とか職員とかというものをやったらどのくらいの率になるんですか。これは大学局長どうですか。
四対六ということになると、これはかなりもう接近した数ですわね。私は、何もこの北海道の場合のことを例にとってかれこれ言うわけじゃないけれども、その場合には、十年間とにかく文部省としては自分のほうから積極的な意思表示はしていない。この態度はぼくは文部省が、大学の決議機関でたとえきまっても、一つの分校が、当事者の分校が反対したという理由でそれはきまらなかった、きめなかったと、しかし、それはぼくはさっきから言っているとおり、それはやっぱり合意に達しなけりゃだめだと思っております。しかしその態度、そのあれと比較してみると、たとえばあなたに対して、もうぼくはあなたのほうの当時の審議官にぼくは話したときも、これはこういう事情があるからやっぱりある
一つだけお聞きしますけれども、それは正規のあれがないということは、全学が一致できなかったということになるけれども、北海道の場合は各分校から評議員が来て、票数はそれぞれ賛成が出たんでしょう。ただし一つが、当事者の岩見沢がそれ納得いかぬと言って退場か何かした、そういうことじゃないですか。そういうことが結局正規の決定に至らなかったという実情じゃないですか。
まあ、あなたどういうふうにおっしゃっても、ぼくは正規のまあ多数決でいけばこれはきまった問題だと、しかし、多数決でいって出た結果がいわゆる全学の一致ということになってはたいへんだという、そういうことでとにかく文部省の態度もそのようだということを聞いておる。私も、それについては文部省のとった態度が悪いとは言えない、特にその際には、外部からのいろいろなあれもあったものだから外部からの者が妙なことをやるというと、大学のいわゆる問題に介入したということになる。しかし、あなたのおっしゃることとはだいぶ違うわね。これは一つは、まあいまの教育大学に対するような態度からいえば解決した問題ですね、だからぼくはわからぬと言うんですよ。なぜもっと教育大学の
それはあなたのあれは詭弁ですよ、ぼくに言わせれば。そうでしょう。ぼくはいま伝統のことを言っておる。伝統の大事さということを言っておるのですよ。それは七百年も続いた大学ならば、その七百年の星霜の中にはそれはあれですよ、新しい時代のあれを吸収しないでいくわけにはいかぬ。その中にやはりかけがえのないような伝統というものをつちかわれている。それだからこそ、世界の大学の青写真になるような、そういうよさもあるということでしょう。だから私はそういうやり方やらないでも、大体、党の方針がそういう方針なら、よその大学にどうこうするような妙な法律をつくって、ほかの大学にも波及するなんというよけいなことをやらないで、モデルならモデルのあれをやらなきゃならぬ
気楽におっしゃるけれども、一体、その辞職勧告をするというような問題について、これはあれですか、そういうことが起こっているというようなこと、それから、教授の定員五十八人のうち二十六人が欠員である、そういう状況はこれはあれですか、文学部で、そういうことをわざとやっているんですか。それともこれはだれがそうさしているんですか、学内の。