幾ら抽象的でないとおっしゃっても、具体的な説明ができなけりゃ抽象的です。 そこで、そのことはまずひとつおいて、次の機会に譲って、これは、文部省は、大学としては初めは教育大学じゃなかったわけだね、外語とどこだったか、工業大学かどこか口をかけたですか。
幾ら抽象的でないとおっしゃっても、具体的な説明ができなけりゃ抽象的です。 そこで、そのことはまずひとつおいて、次の機会に譲って、これは、文部省は、大学としては初めは教育大学じゃなかったわけだね、外語とどこだったか、工業大学かどこか口をかけたですか。
それを聞いているんですよ。ぼくは、やっぱり、一つの研究学園都市をつくるという場合には、どういう大学が来てもらいたいというのは、一つの計画としてはあるね。これは各省庁がみんなそれぞれ代表を出されて議論をしているだろうし、それをまとめるという段階になると、科学技術庁がやっていると、科学技術庁がやれば大体見当はつくんですから、どういう方向に持っていくかということが。これはもう経済との結びつきをきわめて強く考えながらやっていくでしょう。そう考えますと、初めに手を出したところはどういうところが一番先に来てもらいたかったかということがはっきりするわけでしょう。これの交渉した経緯があるということだけじゃわからないので、私が聞いたんでは、工業大学と
これ、文部大臣、あれですか、たとえば研究学園都市をつくるという場合には、文部省に対して、たとえば科学技術庁が技術庁として音頭をとってやるものであるならば、こういう大学が研究都市においてふさわしいあれだと、そういうものがあって、そういう相談が少なくとも文部大臣にあって、それで文部大臣がそれについてそれはどこの大学がいいかわからぬし、文部大臣がおまえ行けというわけにいかないことでしょうから、いろいろなことを、一応、しかし聞くだけは聞くということになるわけだろうと思うんですが、そうでしょう、筋からいって。それならば、ぼくは、さっきから具体的に言っておる東京工業大学と外語というものが出た。これは第一次のものだとぼくは聞いた。一番初めに口がか
たくさんの大学というけれども、それは三つ以外にもあるわけですか、どういう大学とどういう大学と……。三つ以外に分ければ、たくさん、ほかの大学にいろいろ口をかけたということは、口をかけるからにはそれはやっぱりこの大学と目をつけてやったと判断していいと思いますがね。大体ぼくが聞いているのでは、工業大学と外語というのは、この外語の組み合わせがどういうようなことかなと思ったんですが、まあごくしろうと考えでいえば、外語というと、まあこれはおそらく国際とかなんとかということになったり、いろいろ学問の点からいっても、外国語というものがある程度必要でやったのかどうかというようなことも考えたけれども、ここらあたりがはっきりしない。
まあ、その新しく敷地を求めている大学というところにしぼったということは私はちょっとなかなか理解がいかないわけです。そういう性格のもんではないのでないか、やっぱりかなりの計画を持ってやったことですからね、やったことだろうと思うんですよ、法を見ておるというと。そうするというと、その際に、一体敷地が狭くてどうにもならないからというようなところだけを対象にするというようなことはあり得ないと思うけれども、これはまあいまあなたにそう言っても水かけ論みたいなことになるからこれはやめましょう。やめますが、これらの大学のうち教育大学以外がいずれも敷地で困っていたが断わったということになるんだと思うんです。これはどういう理由で断わってきたんですかね。
教育大学がいかにもまとまったようなことを言われますけれども、ぼくが聞いているところではさっぱりまとまらぬと思っておりますがね。まとまりということはどういうことなのかよくわかりませんけれども、話は別ですけれども、これはあなたとぼくとの間でも話も何度かした。それから安養寺さんとも話をした。これはちょっと少し横へそれますけれども。これは基本になる問題だからぼく言うんですよ。北海道は御存じのように、北海道教育大学というのがタコの足みたいにたくさんあるわけです。函館、釧路、岩見沢、札幌、旭川、五つある。これはやっぱり考えてみて、あの大きなところにみんなばらばらにあるわけですから、ある程度これを統合しながら整備していきたいというのは文部省も考え
十年はるかにこえたね。
そうでしょう。十年たってまだごたごたしています。そうしていまだにまだ敷地の問題で、ある大手のあれがしばらく待ってやるからとか、待ってやらぬからとかというようなことを、大学の教授が不動産屋に行って一生懸命になって何だかしたりしなきゃならぬような情ない状態が続いておる。それでもこれから先すぐきまるというならいいけれども、ぼくはこの間ちょっと聞いたところによると、これは何年先になるかわからぬそうだ。そういう態度もぼくはある程度認めているんですよ。学内で一致しなければ、文部省といったってそれはなかなかできないだろうと、せめて、しかし、もう大多数の者がみんなそうだということであれば、それは一、二何かがあってもというようなことはぼくらも考える。
これはまあとっくりとひとつこの問題やらなきゃならぬから、ここはもうちょっと、首都圏の話から出てきたわけですが、こういうまあここでは、納得なんか全然しないですよ。あなたのおっしゃることなんというのは上っつらのあれだし、ほんとうのもう形式も形式論理のいいところだ。そういうところにやっぱり問題残っているから、これはやりますけれども、まあ、そういうぼくが指摘したような文部省の態度というものが首尾一貫しないんですよ。一貫性を持ってやっているのならあれなんだが、一貫していないのだ。もう実際、その場限りの、何か特殊の関係があると、いかようにも都合よく解釈するようなやり方が文部省の中にあるというところに、ぼくは非常に不明朗なものを感ずる。これは、次
ぼくも、この「業務の範囲」の中の三十一条の二号と四号との関係を読んだわけですが、二号と四号の関係を見て、いまあなたのおっしゃることは、いささか住宅公団としては少し範囲を拡大していってやられたというふうに見ている。しかし、そのことをぼくはいいとか悪いとかといういまあれをやるんじゃないんです。私は、先ほど来からも話が出ているように、これをおやりになるなら、これはもう学校という学校には問題がたくさんあるわけですわ。たとえば、教育大学の問題のあれも、学部を統一して、そうしてどっかに広い土地を求めたいという希望は、これはもう全学一致した考え方としてあったと思う。だから、そういうものも今後、そうすると、今度やられることで、あなたのほうで今度あれ
いや、私は、閣議できめたから法律の拡大解釈をしていいなんというそんなことはないはずなんです。法というものは万人に平等なんです。だからぼくは、むしろあなたたちはこれから、住宅公団というのは、これを一つの前例として、その面での専門家でもあるし、かなりの力量も持っているんだと。やはりこういう面で住宅公団も考えたらどうかと。閣議は特殊のあれで、政府の命令だからやりましたというようなことでは、これは法が泣きますよ。私はやはりその点で、四苦八苦しているあれがたくさんあると思うのです。だから、そういう点で、あなたのほうで、あれですか、今度は、少し住宅公団も、学園都市だけではなくてほかのことにもと。と申しますのは、先ほど来の質問者との間にも取りかわ
そういう態度を法どおりやるということならね、一体、今度の場合だって、やっぱりよけいなことをやったと思ううですよ。それは、出どころによっては話を聞いてやるというようなものの考え方があってはまずい。住宅公団本来の使命というものについても、やっぱり土地がないためというような、ずいぶんいろんな問題が起こっているわけですよ。これで、第一条に書かれている住宅の問題についても、その土地の制約のためにうまくいかぬというようなことだってあるわけですから、私はやっぱりそういう便宜主義みたいなことをやらぬほうがよろしい、こう思っています。そうでないならば、そうでないらしくやればいいというふうに考えています。 もうそれはけっこうです。 それでは、文
具体的にいえば、この社説もまんざら何もないところを書いたというようなものでないと思うのです。たとえばこの旭川医大、静岡、滋賀、宮崎、これも独立の医科大学、それから山形、愛媛というのはどういうことなんですか。これも単科大学ですか、ということになると、来年度以降はもう大きく方針を転換したと見るべきであろうと、こう言っている議論もなるほどと思うのです。この点は、やはりあなたのほうでいつそんなこときめたというようなことおっしゃるけれども、方針がきまったかどうか知らぬけれども、事実はこれを見るというとわかるというような気がするのですが、どうですか。
医科大学を単科大学にしたというやり方、これからそういう方式をとらないというような御意見でありますね。ぼくは単科大学ちょっとひっかかりましたのは、これからの中教審答申の行き方から見たり、あるいは高等学校の多様化の問題、そういうものを見て何かそういう一貫した方針が、政府ではいよいよ具体化してやっていくつもりかなというように考えた。それにこの単科大学というのは、わりあいに中央集権的に統制しやすいですね。 きのうちょっとぼくは国会図書館へ行ってみた。なるほどおもしろいことがあって、おもしろいことあったから紹介するというのは悪いけれども、フランスの場合には、ナポレオンがたいへん単科大学を好きで、総合大学方式によらずに単科大学をやたらに建て
私は、今度の教育大学というものが廃学になって、筑波新大学のようなものが新しくてきた——たいへん都合のいいような話になって、移転か廃学か、外部の者から見ればはっきりしないような形をとりながら、事実上は廃学になる、こういうやり方については、きわめて反対の態度をとっているんです。そういうわりあいにがんこなものの考え方を私が固執するのは、これは、いまこの問題が出たからということではない。私は、戦後の日本の教育の動き方、そういうものをいままでずうっと見てきて、直接それに関係する立場に立ってきますというと、この問題は、単に教育大学の中のある学部とか、六割の人とかが賛成したとか何とかいうことで、簡単にそういうことがやられるということについてはどう
局長、どうですか。
どうも大学局長にしろ、文部大臣にしろ、まあまあ文部大臣は、そう言っては何ですけれども、このごろ文部大臣になられたんで、その前は別な専門のことで非常にやられておったんだから、まとまった一つのこうだというようなあれが、政治家として、そういう大局的なあれはあったことだろうと思うけれども、しかし木田大学局長、この程度の認識ではどうですかな。大臣も木田局長も、ちょっぴり文部省にも悪いところがありましたという程度のお話しだ。大学が大体だらしないと、これは当時、大体与党の考え方はそうですよ。大学自体がだらしないということをいろいろ言った。それだけではないんじゃないの。ぼくはやっぱり、もっとここに書いていることぐらいは、ここに書いていることでさえ、
とにかく、あなたたちが考えるのは、大学と社会、政治、国家のかかわり合い、この点はっきりしてないですよ。国とのかかわり合いが。その国のかかわり合いというと、文部省が教育の問題では関係がある。このかかわり合いを明確にとらえてないというところに、今日の大学問題の解決が妙な方向にいっている。ほんとうの問題の解決ではなくて、ある程度慢性化さしたり、それが妙に別な方向にゆがめられた形でいったりしている。青年の心をほんとうにとらえるような行き方にはいっていないということです。私はそういう意味では、非常に一番この点で考えてもらわなければならぬのは、文部省だと思う。政府の文教政策だと思っております。だから、きょういまそのことの議論をやると時間の関係も
そのとおりかと思うんだね。ぼくは、このときには、いわゆる外部の人を入れるといったらどうですか。役人とか、いまだって、同じだ、官僚、財界、これは中教審のメンバー見れば大体わかる。中教審のメンバー見れば第一期から第十期までは、いまここに名簿持ってきておりますけれども、このメンバーずっと見れば、よくわかる。大学の管理というものも結局そういう方式でやっていく。私はこのごろ考えてみると、この二十三年という年を考えてみると、これは日本のいわゆる支配階級というものがアメリカとの関係においてかなり自信持ってきた時代だ、まあ、そろそろいわゆる国際情勢の変化というものも出始めてきて、かなり自信を持ってきた時期にこれをやった。それと大体対応している。しか
それは、あなたのほうの課題でしょうね。文部省のほうの課題いわゆる政府の課題だ。この中は管理運営に関することばかりですわね。そして何かというと学長の権限を強化して、教授会の権限を縮小する。もうこれは財界、官僚の大学に対する発言権を持たせる。これは、一番初めの大学理事会法案、国立大学の管理法案も同様だ。そしてその間において教育二法が出て教育委員会任命制が出た。あなたは、外部のいろいろな人の、地域住民だとか、やれ何だとか言いますけれども、教育委員会法というのは、以前は地域住民の意見をくみ取るために選挙によってこれは選ばれた。それを取りかえて任命制にした。それでもなお足りなくて、今度はどうかというと、文部省がこれに対して県の教育長の任命。任