私がですか。
私がですか。
私はありません。本人も知りません。名前は聞きました。
日本新聞をよく読んだり、それからプリントを研究するとか、それに基いて、日本の情勢なり国際情勢の共産主義的なものと、それからいわゆる資本主義社会のいいところと惡いところですね、それをよく分析して説明する。そして理論武装ということを絶対にやれ、それからあとは団結だ、いわゆる階級意識をはつきりして、そして団結する。
そうです。
はい、あります。私は最初は民主運動に入つておりました。ところが年齢の関係もありますし、若い人たちと一緒について行けないといいますなそういうところもあり、持前の、彼らから見てほんとの労働者のようなところがありませんから、言うことなすことについて行けない。いろいろなことを言うけれども、結局プチ・ブル的なものであるというような意味でつるし上げを受けたのです。
そうです。
結局そういうことになります。
それははつきりしております。
事ごとに日本新聞なんかに載つておりますのは、アメリカの惡いことを載せるようになりました。日本政府のことを言う場合にも、いつもアメリカのことが惡くそれにつけ加えて言われておりました。
そこまでは行きません。アメリカの行き方がとにかく資本主義、独占資本の何である。そういうことを具体的な国際情勢なり日本の社会情勢なりを分析して、それに納得の行くような説明を加えて、そしてアメリカの攻撃をやつたわけです。
ちよつと記憶がはつきりしませんが……
はい。
二十二年の夏ごろには、まだそういうものはなかつたと思います。
その日にちははつきりしませんが……
ありません。少し間があつたように思います。
あとです。
それにつきまして、最初チュアマにおりましたときには、日本共産党は何を求めるかというパンフレットが来ました。その中にもむしろアメリカのことをほめてあつたように思います。
私は初めからしまいまで……
途中からだを惡くして、いわゆる作業免除になりました以外はずつと続けました。
私がですか。