そうでしょうかね。個別参加の自衛隊員も三条三号のイからへまでに参加できることになっておりますね。むしろイからへまでは個別参加の場合は自衛隊員に限るというふうにこの法律ではなっておりますね。そうすると、イからへは、一般には部隊参加の自衛隊員が行う業務だろうと思います。そこへ個別参加の自衛隊員が加わる場合に、部隊参加の自衛隊の指揮官の指揮のもとに統合するというのが実態ではないでしょうか。そうでなきゃできないでしょう、一人だけ本部長の指揮系統のもとに行動するなどということは。どうですか。
そうでしょうかね。個別参加の自衛隊員も三条三号のイからへまでに参加できることになっておりますね。むしろイからへまでは個別参加の場合は自衛隊員に限るというふうにこの法律ではなっておりますね。そうすると、イからへは、一般には部隊参加の自衛隊員が行う業務だろうと思います。そこへ個別参加の自衛隊員が加わる場合に、部隊参加の自衛隊の指揮官の指揮のもとに統合するというのが実態ではないでしょうか。そうでなきゃできないでしょう、一人だけ本部長の指揮系統のもとに行動するなどということは。どうですか。
それではヌ以下について伺います。 ヌ以下についても、自衛隊が部隊としてこの協力業務を行えるということになっております。ここに、公務員であれあるいは一般参加の隊員であれ、協同して業務を行うということはあり得る事態であろうと思います。その場合にも、本部長が自衛隊の部隊の指揮官の指揮に指揮権を移譲する、ゆだねるということはないんでしょうか。あくまで別系統の指揮として現場で行動するんでしょうか。
わかりました。あくまで別系統で現地で行うと言うのですね。 例えば「ヌ 医療」業務、これは自衛隊の医療部隊がこういう医療業務を行う、そこへほかのどこか国立の病院のお医者さんか何かが加わるというような事態は十分考えられますね。その場合でもあくまで別の指揮系統でやると言うのか。指揮をゆだねるということはあるんじゃないですか。その方がスムーズにいくんじゃないでしょうかね。あくまで別系統で、現地で別々の指揮系統で個別に行動するんですか。確認しておきます。
わかりました。要するに、別系統の指揮権のもとに別々にあくまでもこの協力業務を行う、こんなふうに伺いました。 そこで今度は、以上でこの法案についての指揮権の帰属はわかったわけでございますけれども、その指揮権を国連などに一部移譲するということは予定されているんでしょうか、予定されていないんでしょうか。
本法案では国内側のといいますか、本来の第一次的な指揮権、これは国の機関でございますから国の側が握るのは当然でございますけれども、それを国連等の国際機関に移譲するということは一切予定されてない、こういうことですね。 そこで、この法案を離れまして一般論として、あるいは論理の問題として若干お尋ねしたいと思います。 これはぜひ総理にお答え願いたいのですが、総理は昨日の審議の中で、協力隊員は国際公務員でない、したがって、国際公務員でない者が何で国連事務総長の指揮に従うことができるか、そんなことはあり得ない、主権国家がどうして国連事務総長に従うことがあるか、これは基本的な常識問題だ、このようにおっしゃっておられます。私は、大変失礼ですが
それでは後段についてはいかがですか。主権国家が、その主権の一部である国家機関に対する指揮権を国際機関に移譲するということはあり得るわけでしょう。なければ、このPKOというのは本当は成立しないんですよね。どうでしょうか。
諸外国のPKFについても、そのような法的構成で国連事務総長の指揮下に置かれているのではないでしょうか。これは外務大臣、いかがでしょうか、御認識を。
指図という言葉については、元信委員の方から関連質問でお願いすることになっております。 私がお尋ねしたのはその指図という指図論ではなくて、論理として、各国がその主権の一部を国際機関に移譲するということはあるのではないか。今のお話でも、展開や組織あるいは行動に関しては事務総長の権限があるとおっしゃいましたね。この権限のゆえんはどこにあるんですか。各国が権限を移譲したからでしょう。そうじゃないんでしょうか。
当たり前の話ですよね。で、諸外国のPKF部隊あるいはこれまで歴史的に形成されたPKF部隊はまさに指揮権を移譲しているんですよ。 ここに「新防衛論集」というのがございます。これは防衛学会というところが発行しているものですが、まあ事実上、防衛研究所の刊行物と見て間違いないだろうと思います。これの昨年、九〇年六月号、松浦一夫さん、この方は防衛大学の講師であられます。この方がドイツについての論文を書いておられます。そこではっきりこう言っております。「平和維持軍は安全保障理事会の議決による委託を受け編成され、国連の指揮下に置かれ、その行動には国連が責任を負うのであるから、この軍隊が国連の機関であることは間違いない。」こう言っております。そ
では、本法に戻ります。 何でこの法案では、諸国の例のようにその作戦等についての指揮命令権を、国連、実質的には事務総長に移譲しなかったんでしょうか。諸外国のPKFと極めてコンセプトが違うことになります。どうしてこれが同一の行動ができるんでしょうか。なぜ移譲しなかったのか、非常に特殊な構成をとるのはなぜでしょうか。
なぜ他国の、あるいはこれまで歴史的に形成されてきたPKF部隊のように、作戦面での指揮権を国連に、事務総長にゆだねるということをしなかったのかと聞いたんですよ。諸外国のものは、内部規律の問題については各派遣元の国が留保する、それ以外の指揮命令権は国連にゆだねる、こういう構成をとっているんですよ。そのことは間違いないです。いいですか。先ほど申し上げた防衛大学の講師の方も言っておりますが、防衛研究所所員の高井さんという方も同じ号に載っている論文の中で、「自発的兵力提供国の兵力で地理的配分を考慮して編成された軍事監督団または平和維持軍は、国連事務総長の指揮の下に活動するのである」「もちろん派遣先の要員は現地指揮官の指揮に従う」こう書いており
諸外国のPKFと著しく違った行動といいますかコンセプトになっている。どうしてそうしたのかという理由については依然としてお答えがない。実態論を申されました。しかし実態論でいえば、例えば公務員の服務関係のような上司と部下の間でも、仕事を命ずるときに、今度君にこの仕事をやってもらいたいんだけれども、どうだろうか、自信あるか。はい、やります。じゃ、やってくれ。若干の命令を受ける側の意向を事実上聞いて調整するということは、これは行われることですよ。しかし、だからといって上司の部下に対する指揮命令権が否定される理由はありませんわね。だから、実態論で聞いているんじゃないのです。法的な指揮命令権の問題として聞いているのです。そして国連が要請している
いいですか、山田委員は、「国連が主宰するんだ。参加したら国連の指揮下に入る。こういう特徴を持っております。」これが通常のPKFだからまさにそうおっしゃったのです。それはそのとおりだ、お説のとおりだと答えている。全然矛盾した答弁をしているんですね。 この問題は非常に重要な意味を持つのです。国連の指揮下で国連の行動として業務をするのか、それとも日本の自衛隊として日本の指揮下で行動するのか、これはまさに国連の行動なのか日本の行動なのか、したがって、また責任の所在はどちらにあるのか、この基本的な性格を決定するのがここのところです。それからまた、この実施要領がどこまで実効性を持つのか、あるいは業務中断の判断を本部長がやるということになって
指図概念について聞いているんじゃないんですよ、指図概念について聞いているんじゃない。作戦面について……ちょっと静かにしてください。作戦面について……(発言する者あり)おまえとは何だ。だれに言ったって同じだよ。おまえとは何だ。取り消せよ。
私が伺っているのは、指図という言葉について伺っているんじゃないんです。作戦面、展開、組織それから指揮、これについては、このモデルでも事務総長のもとに集中する、こうなっているわけですよ。確かに服務関係については派遣元の国が留保します。しかし、作戦面についての指揮命令は事務総長のもとに集中するんですよ。それが常識だし、モデルでもそうなっている。過去の例もすべてそうです。そのことを前提に、山田委員にしろ東委員にしろ質問されているわけですよ。何も服務規律のことなんか聞いておられません。それに対して、そのとおりですと。「国連が主宰するんだ。参加したら国連の指揮下に入る。」こういうまさに正当な御認識で質問しておられて、お説のとおりでございます、
そういうわからない答弁をしているんですよ。つまり、指揮権ではなくていわばコーディネーターだ、連絡調整だというような答弁をしておられる。これじゃよくわかりませんよね、どっちにどういう指揮権が帰属するのか。 わからないからこそ東委員はさらにこう言っておられるのです。「法案の中身に書かれている派遣のそれぞれの指揮権の指図の違いについて、すぐ言っていただくというのは難しいのかわかりませんが、」つまり、よくわからない、すぐに言っていただくのは難しいだろう。それで「次のように理解してよろしいですか。」として、先ほど紹介したように、派遣まではこちらに指揮権がある、派遣されたら向こうに指揮権が移る、そして撤収するときはまたこちらに指揮権が戻る、
なぜ指揮権の移譲ということができないか。そちらでお答えにならないから私の方で教えてあげましょう。 結局、かぎはここにあるのです。第八条の二項です。実施要領、このマニュアルについて、「前項第六号に掲げる事項に関し本部長が必要と認める場合を除き、」これは業務中断に関する事項ですね。業務中断に関するものを除いて、事務総長の「指図に適合するように行うものとする。」こう書いてある。これをもし指揮というふうに書いちゃうと、業務中断に関しては本部長の方の判断が優先する、事務総長の指揮権を侵すことになる。そう書けなかったんですよ。だから、「指図」などというわけのわからぬ言葉でここをごまかしたのです。なぜ業務中断については本部長の判断を優先させな
全く理解できません。この点についてなお質問することを留保いたしますが、とりあえず元信委員の関連質問にかわります。
「指図」について、なぜ指揮としないで指図としたか。それは実態がそうだからだ。先ほど私、フィールドコマンダーと言いましたが、どうも間違いのようで、フォースコマンダーと言うようですが、訂正させていただきますが、フォースコマンダーの役割というのは実質的にはコーディネーターなんだ、連絡調整役だ、言葉の正確な意味におけるコマンダーではない、こういう御理解のようです。したがって、日本国の指揮権は、国側に属する指揮権は終始一貫国連側に移譲されることはない、こういう御理解でこの法案ができているようでございます。問題は、それがこれまでのつくられたPKFあるいは国際常識あるいはこのモデル協定等に合致しているかどうかなんです。 まず、モデル協定から申
先ほどの御答弁では、この法案においては指揮権の移譲ということは行われない、こう断言されたんですよ。明らかに矛盾しております。移譲しないからこそ、指揮という言葉を使わずに指図という言葉を使ったんでしょう。ところが今の答弁では、このモデル協定そのままである。このモデル協定によって国連と取り決めをするつもりである。できないじゃありませんか。国連が要求しているところは、服務規律の問題は派遣国が留保する、それ以外の指揮権は国連に集中する、こうなっているんですよ。オーストリア憲法もそれを前提としてできている。これまで歴史的に形成されたPKFはすべてそのようになっている。先ほどからずらずらと言いました国連事務総長の報告等もすべてそのような構成をと