二十年でございます。
二十年でございます。
石油精製所の件に関しましては、まず三十二年の一月からその話がタイと日本側の間に起こったわけでございます。そこで、そういう非公式の話に基づきまして、わが方は日本側の業者をしてタイの開発公債を担保として九十六億円をタイ政府に融資するという方針で交渉を開始したのでございます。これはピブン内閣時代でございます。ところが、やっているうちに、三十二年の九月になりまして、サリット元帥のクーデターが起こって、そこでポート・サラシン内閣が一時ちょっと成立いたしました。それから次いでタノム内閣が成立したのでございます。ところがそのタノム内閣のときの三十三年の五月に、向こうの方から、日本政府の三十二年一月の今申し上げました案は受諾できない、今度はタノム内
この点は、日本側としては、例の旧第二条で九十六億円の経済協力をやることに政治上約束しようと考えていたわけでございますが、富士車輌の締結しました五千バーレルの精油所の建設は特別円協定の第二条の実施には当てないという意向がタイ側から明らかになった。たとえば、三十三年一月十一日に当時のナラティップ外相から渋沢大使にあてて、国防省は富士車輌に商業ベーシスで五千バーレルの精油所建設の契約を与えようとしたところ、それは日本の外務省は、はたしてそれは特別円を利用して特別円のこの協定に乗るものであるかと聞いた趣であるけれども、それに対してタイ側の答えは、精油所の建設計画は特別円とは別個の問題である、こうはっきり申しておるわけであります。わが方といた
前に申し上げました通り、その十五億円のうちの十四億幾らが軍費でございまして、その他は貿易じりとかいろいろなその他のものからなっておるわけでございます。
インドネシアの賠償留学生に関しましては、実は当初インドネシア側から申し込んで参りましたのは多分去年の夏前でございましたしところが、日本政府の方といたしましても、インドネシアから賠償でもって留学生が来るということは非常にいいことだと思いましで、大体日本側としては異議ないが、ところで、しかし日本側の施設におきましても、ことに官立大学などにおきましても、施設上むやみに——むやみにと申しますのは、たとえば理学部面ですと、ある部は何名、ある部は何名と、それ以上の施設の利用はなかなかむずかしいというようなことを文部省等と話し合いがございまして、それで先方にこれを申しましたのでございますが、先方で当初留学生をよこすという最初の申し出は相当前からあ
この件は、あるいは賠償部よりも文部省の方でお答えになるのがよいかと思いますが、こちらでお打ち合わせしたのを申しますと、まず第一年度におきましては、日本語教育をやるということでございます。この間は大学の方の受け入れを別にしなくていいわけでございますが、その日本語教育は国際学友会の方でやっております。そうしてその次に文部省、つまり国立大学に入るというものが、たとえば造船三名、電気工学が五名、電気通信五名、鉱山工学が採鉱四名、石炭三名、石油三名、冶金五名、漁業が三名、航海が二名、農業が二十名、繊維四名、銀行商業が六名、こういうことに国立大学の方ではなっておりまして、そうしてもちろんこれは国立大学といたしましても、学生が来まして余分の施設、
お答えいたします。当初先方の要求は、賠償で留学生を二百名入れたいということでございました。もちろん、このほかに研修生がございますが、ところが、これは文部省の方といろいろ話をしました結果、現在の施設でもってあまり教室とか何とかをふやさない、それから、しかもただ実験材料とか何とかをふやすだけではなかなか二百名という人数は官立大学には入れることはできない。これは文部省当局といたしましては、日本の学生でもなかなか大学に入り切れないというようないろいろの情勢がある事態だからと思うのであります。その上、先方の要求が文科関係でなくて、おもに理科関係、あとになりまして銀行商業六名ということになりましたが、当初はおもに理科系統ということになると、とて
そうでございます。
それは、今ちょっと説明を間違えました。インドネシアの文部大臣と申しましたが、文部次官が参りまして、そのとき日本の大学の状況も見ましたし、十分説明し て、この点は十分納得いたしております。
これは向こうも必ずしも大体部門は理科系統で造船とか電気工学とか、そういうようなことは言っておりましたが、そのあれに一体どのくらいの人間を入れたいというような強い希望を申し入れたことはなかったわけでございます。そこで当方から、むしろわが方の受け入れ施設としてはこういう方が便利なんだというような折衝をいたしましたところが、向こうの方でこれをのんできたと いうのが実情でございまして、これをこう変えてくれとか、ああ変えてくれというような希望は、正式にわが方に言って参りません。
それは、当初の先方の希望から参りますと、二倍の数でございますので、必ずしも全体について向こうの希望通りにはいっておりませんが、百名にしぼられた後は、この数で不満は聞いておりません。
わが方の当初の考え方は、たとえば学生の場合におきましては国際学友会、それから訓練生の場合はたとえばアジア協会というようなものが全部の世話もする、宿舎の世話までするという考え方でもって向こうと交渉してきたのでございます。ところが、その後向こうでは、これはインドネシア政府の意見だとして言ってきましたものは、国際学友会には日本語教育だけをやらせる、つまり、日本語教育だけに必要な費用を持つ、その他の世話は一切大使館においてする。そのために、マルトーノーという文部省関係の役人が一人来ておりまして、それで全部やるという話で、実はそのために必要な経費はマルトーノーの事務所によこせという話で、これは先方がそう望むなら仕方がないということになったわけ
この点は、賠償でございますから、日本政府とそれからインドネシア側とが、一体どのくらいの額が要るかということを話し合うのでございますが、しかし、これも、インドネシア側がこれくらいにとどめてほしいということになりますれば、日本側としてはそれ以上は強くは言えないということでございます。
これは、大体のところの予算は、先方も日本の事情を知らないので、当方からこのくらいはかかるだろうというようなことを言ってやったわけでございます。ですから、大体のところは、たとえば生徒 一人について、食事用として幾ら、下宿用として幾ら、被服用として幾ら、単なる小づかい用として幾らというようなことは、大体の話し合いは済んでおるわけでございますが、これは実はまだ学生が来て間もないので、向こうとしても大体のところでやってみたいと、こういう話でありまして、これは幾らがほんとうに正確だというようなはっきりした計算はまだ向こうの方も必ずしもついていないわけでございます。
それは詳しいことは文部省の方が御存じと思いますが、国立大学並びに私立大学で必要な経費、たとえば、そのために先生が—よけい要るというのであればその先生の費用、あるいはそのために実験材料が必要だということであれば実験材料、あるいは授業料、そういうようなものを全部込めまして、これはごく概算でございますが、今百名の生徒が来ておりますが、それが五年間そういうふうなところに行くと、日本語教育は別として、二億七千六百幾らというような数字が計上されてあるわけでございます。これは単なる概算でありますけれども、そういうような点につきましては、先方と了解をとっておるわけでございます。ただ、これを現実にやってみたら減るかもしらぬし、また現実にやってみたらふ
当初のこちらの計画は、国際学友会に宿舎の世話その他学生の世話もさせたいと考えたのでございますが、先方がそういうことは全部自分の方でするから、国際学友会はただ日本語教育だけをしてくれればいいのだという話でございまして、現在のところにおきましては、国際学友会は日本語教育だけ、従って、日本語教育に必要な費用だけということになっております。
これは一番最初の考え方は、インドネシア側から当初育つてきた考え方ですと、実はインドネシアの学生を、宿舎をも込めたクラブ・ハウス的なものをこしらえようという考え方を持っていたのでございますが、現状におきましても今度の賠償の年度実施計画の中には、その宿舎の費用として五億何千万円かの金が計上されているわけでございます。そこで、もしこれができますれば、当初——去年の何月ですか、去年の夏初めに向こうが申し込んできたときに、それが具体的にどんどん進んでいきますれば、おそらく宿舎の問題も、現状においては解決していただろうと思うのです。しかし、その中にどこに何名入るとか、何名の人数だとかというようなことで、いろいろ先方も決定しかねるというような関係
これは国際学友会の方には、前に申しました通り日本語教育だけということをミッションが限定しておりますので、国際学友会はやっておりません。それから外務省の方といたしましても、これはもともとこういうふうな賠償でやるものは、これは人間の問題でございますから、外務省がほかのことよりはよけいいろいろなことを考えておりますが、直接世話はしておりません。それで実際のところ、ミッションのマルトーノーという文部省のインドネシア側から派遣した人が中心になりましてやっておる次第でございます。
これは賠償という全体の問題でございますが、賠償全体の仕組みが普通の問題ですと、普通の物でございますと、——これは学生の問題でございますから幾分調子は違いますが、物でございますと、当初業者と、それからインドネシア・、ッションとが交渉しまして、大体きまったところを日本側の政府に出しましてそうして日本政府がこれを認証する、これが商慣行に従っているかどうかを考えた上で認証するという立場をとつておるわけでございます。そこで本件に関しましても、これは人の問題でございますから、必ずしもいわゆる直接方式というものが適用されないのでございますが、原則としまして大ワクについては外務省と向こうと交渉するけれども、その実施に当たった場合においては大体は直接
これは現在のところは、まだ賠償留学生を、とりあえず金の支払いとかその他のことをするということで実は忙殺されていたわけでございますが、とにかく物の問題ですと、実は業者とミッションにまかしておいて、日本政府はなるたけ介在しないというのが賠償協定の建前でございまして、これも、賠償の人間も一環でございますが、しかし、人の問題は物の問題と異なりまして、ことに日本に学生が来まして研修をする以上、日本に対していい印象を持って、あるいは日本においてほんとうの日本の姿を勉強してもらいたいと思うのでございます。その影響力は普通の電気器具とか何とかに比して非常に大きいと私どもとしては考えておるわけであります。ですから、これが百名が今度は全部で五百名になり