大蔵省といたしましては、収量は多いことを希望しておりますが、しかし集荷量が価格のみで多くなるかということについては、まだ多少の検討を要する問題が残つていると考えております。
大蔵省といたしましては、収量は多いことを希望しておりますが、しかし集荷量が価格のみで多くなるかということについては、まだ多少の検討を要する問題が残つていると考えております。
多少所管外のことでありますから、あまり批判的なことはいかがかと実は考えますが、しかし大体は外麦の益というものが外米の損と相殺する建前になつていることは御承知の通りであります。しかしなおかりに外麦の方の利益がよけいありますれば、やはりそういつたものについては麦の価格を安くすべきがほんとうじやないかと私は考えております。
中澤委員にお答えいたしますが、実は私どもの持つておる数字について申しますと、年々農家の実収をふやすように持つて参つておるのでありまして、従つて農村の不利益をはかるというようなことは毛頭ございません。従いまして私どもとしては農村各位が、これは今の日本の置かれている地位と政府の意向のあるところはよく御了承くださいまして、かような国内の混乱を来すような処置に出でられないことはかたくこれを信ずるものであります。私どもが持つております数字によりますと、これはあとからでも御参考にいつでも差上げますが、かりに農民の供出による石当り平均の手取額を、二十五年、二十六年を平均一〇〇といたしますれば、二十六年はこの手取額によると一〇八・〇五になる。今の二
先ほど申し上げたことは金子さんの言われた通りでありまして、これは皆さんの御意思もありましてさようなことになつたのでありますから、何も私が手柄顔にそれを申し上げたのではございません。但し御同意を申し上げて決定したわけでありますが、それはどちらでもけつこうであります。 今のお話になりますが、これは私が申し上げました通り価格がのみでないという意味でございまして、適当な価格であることは必要であると存じます。すなわちその適当な価格ということについての私と金子さんとの意見がおそらく少し別れておるのではないかと思います。それで私どもは適当な価格であればそれで集荷ができるものであると考えておるのでありまして、先ほど申し上げましたのは、値段を下げ
それは大蔵省が集めるわけでございませんので、私自身が衝に当つておるのではございませんから、ここでその方法について申し上げることではないと思いまするが、やはり人間は誠意をもつて集めればおのずから集まるのではないかと思います。
今私が誠意と言つたのは、日本の置かれておる食糧事情なりあるいは経済事情なりあるいは財政事情なり等を真心を持つて国民に徹底せしめれば集荷に応ずるということでありまして、私の言い現わしたところが足らなかつたとすれば、そういう意味で申し上げたのでありますから御了承願います。なおただいま申し上げました外麦の利益は、これは外米から損が出ておれば外米の損と相殺する建前になつて、そういうことにきまつておりますから、損があればこれと相殺をいたします。しかしもう外米の損がないという場合、利益があるものならば、やはりそれは外麦の安いのを消費者に配給するということが私は穏当だと思う。またそれによつて、よく国民は米のみで生きるものではない、やはり麦というも
さつきちよつと話が出ました例の外麦の利益、本年の分を言いますと、本年は内麦で損をしておりますので、実は外麦で得た利益と内麦の損と埋め合して余剰はないそうでございます。これは事実を申し上げておきます。 それから今のお尋ねでありますが、実は私どもは現在の食糧管理制度のもとにおいては、現在とつておる方式を認める、こういうことが政府の建前でございまして、特に企業であるとかパリテイであるとか生産主義であるとか、あまり文字にこだわつてのことではなく、法律に基いてやつておる、こういうふうに私は考えております。
どうもはつきり記憶はございませんけれども、多分私が当時申した意味は、ずつと以前において日本の食糧に対する各種の統制法規は、みな食糧が余る、米がよけいできて困つたので、どうしてこの生産者を保護するかということのためにできた法律が多かつたことは——御承知のようにその当時私は統制委員会の委員をしておりましたが——よく御承知のことと思います。ところがその後戦時中にできたものはどうかと申しますと、食糧が不足して参りましたから、いかにして消費者を保護するか、こういうことに急で、従つて生産者に対する保護が足りなかつたのではないか、つまり消費者にどうしてこの乏しいものを配給してやるかということで、消費者の立場が保護されるに急であつたのではないか、今
実は私はここに法律も持つておりませんし、こまかくどの点と言うのではございませんが、ただいま申し上げた通り、大筋から見て消費者のみに保護の置かれた今の段階というものは——これはだんだん生産もかわつて来た、またものが不足するのでやむを得ぬことであるから、この両方のために改正さるべきであろう、もちろんそれが正しく行つておれば改正する必要はないのであります。しからばどの点についてどう考えたか、これは少し研究した上で申し上げることにして、ただ私の感じを求められたから自分の感じを述べたのであります。
私はさように考えておりません。私は権力をもつてそんなことができると思つて……。今日は農民各位にこういうふうに出してもらいたいということで、相談ずくでやつているのではないかと思うのですが……。(「法律はそうではない」と呼ぶ者あり)それは私ははなはだ不案内でありますが、その点は……。それだから私は、時々に国の情勢はかわつて来るのだから、その情勢の変化に基いて、そのときの要求するように法律を改正して行くことは望ましいことだと思います。
そのときの実情に最も合うような法の改正を行うべきであるという意味で申したのであります。
米の集荷をいかにすべきかということは、これは実は農林省のことでありまして、私どもとしては、米価をきめる場合その他に予算措置を伴うものもございまするので、また食管会計予算等に関連がありますので、これについて御相談を受けておるのでありまして、また私どもの意見を述べておるのでありますが、今のように一体どの程度がしかるべきものかということは、これは当該省でないとはつきりいたさないと思います。御承知の通り昨年はたしか千八百万石は義務供出をさせますということをいつて、その当時閣議でも決定しておつたのですが、最後には千四百万石になつてしまつたということもありましたので、ここで抽象的な議論もしにくいと思いますので、この点ば、農林省の方からよく話を受
お話の点はよくわかりましたが、数量についても、いろいろ価格の関係等がありまして、目下交渉中でございます。従つてこれについても、ここで申し上げる段階に行つておりません。いずれにいたしましても、大蔵省のみの意見で結論が出るのじやないことは、足鹿さんがよく御存じの通りでございます。これは先ほど申した通り、双方一致するというときは、正直に申し上げてどちらも多少の不満足があると思います。しかし双方一致した上で、初めてこれが実行されるのでありますから、何も大蔵省の意見を無理に押しつけるというふうにおとりくださらなくても、さような事実はあるはずはございません。大蔵省がきめるのではございません。双方の一致を見て価格がきまることは御承知の通りでありま
今のお話だと、何かデフレ政策の中心を農産物の引下げに置いておるようなお話でございますが、私どもはさように全然考えておりません。もちろん農産物が安く多量にできることは望ましいことでありますけれども、しかしそういうことを何ら政策の中心にして考えておりません。政策は、私はたびたび申し上げました通り、日本の置かれている国際収支が均衡を破つているので、言いかえますと、日本の輸出物資が多少の値下りを見て、その当時申し上げましたのも、五分ないし一割と申し上げましたが、それによつて日本の輸出が増加して、できるだけ早く国際収支の均衡を得ることにしたい、かようなことでございまして、米のごときは国内の消費のもので、こういう関係は強く持つておるものでないこ
先ほども申しておる通り、これは先に行つたら大蔵省のわれわれの力とおつしやつた。その通りですが、ずつと年々上つて来ておるこのものが、今諸物価が下つて——低米価政策を何もとつたわけでないので、適正な米価政策をとつているのですから、私はこの点が何も生産を少くしたり何かするとは毛頭考えておりません。 なおやみを買わなければならぬようになれば、従つてエンゲル係数等がふえるじやないか、こういうお話でございますが、私どもはやみというようなものが存在することは最も望ましくないのでありまして、できるだけ配給で行くことが望ましいのでありますけれども、現実に昨年は一体幾ら配給したかと言うと、実情等から見ますれば、十日間の配給を受けて三十日皆が生活して
お言葉でありますが、たいへん私の考えと違います。食糧の価格と賃金との間に相関性があることは、これはだれしも認めざるを得ません。従つて食糧のできるだけ安いことはけつこうでありますけれども、しかし今日の農村の生活水準を下げなければならぬなどとは私は毛頭考えておりません。これは日本国民の中堅であり、また多数を占めておるものであり、あなたのお話のように、大蔵省は動物的な暮しでもいい、かように考えておるのか、さような考えは毛頭持つておりません。やはりだんだんと文化が進んで行くに従つて、いろいろな面で進んでいただきたいことは当然でありまして、私も衷心からそれをこいねがつております。但し昨年の凶作に比ベますと、これはまだ米価が決定しませんから、数
芳賀委員の言われるような、私がよろいの上に法衣をまとつておる、さようなことはございません。心から法衣をまとつております。
これは自給所得の出し方がいろいろございましようが、私どもは今まで二十五年ぐらいずつと見まするときに、自給所得は年々増加しておると考えております。
私どもはデフレ政策を考えておらぬことはこの前川俣さんに申し上げた通りで、私どもは健全化政策なりと考えておるのでありますが、その遂行上から米の統制を緩和すべきか、強化すべきか、これはいろいろ議論があるのでありまして、自由党の中におきましては、党議としてはだんだん撤廃に持つて行くのだというような考えだと言つておりますが、ただちに今廃止すべき時期でないことは、私はかたく信じておるのでありまして、そういう点からこれは現在のままでよかろう、かように考えております。 米の集荷量を幾ばくと考えるかという問題でありますが、米の集荷量はこれは多いに越したことはございせまん。多いに越したことはございませんが、少くとも昨年を下つてはならぬと考えており
やみルートの拡大は望ましくありません。外米、外麦等は現在の食糧政策のもとにある程度入れざるを得ません。