配給食糧確保の問題でありますが、特に外麦等の問題については、配給等の問題ではなくて、これは昨年多量に入れておるので申し上げるのであるが、こういう問題は国民の食糧全体の安全感から入れております。
配給食糧確保の問題でありますが、特に外麦等の問題については、配給等の問題ではなくて、これは昨年多量に入れておるので申し上げるのであるが、こういう問題は国民の食糧全体の安全感から入れております。
集荷量の問題は、どの程度配給すべきかという問題になりまするので、国にどれだけ食糧があるかということは国民の安全感の問題であります。しかし幾ら配給するかということは、これは農林当局とよく相談した上で、配給量の確保は考えられるわけであります。
簡単にお答えします。私は昨年度行つておるところの配給量は確保すべきだと考えております。
大体さように考えております。
これは必要より生じたものであつて、恩恵的なものとは考えておりません。
これは目下研究中で、イエスともノーとも答えられません。
肥料その他をよけいに投入すれば、収穫もまた増加すると考えられまするので、その点についていろいろ問題があるから、十分研究した上でないと、それが大きくイエスと言えるか、小さくノーと言わなければならぬか、よくわかりません。
もし言葉が悪くてもよろしいというなら、若干見ることは当然だと思いますが、これを全部見るかどうかということになると、これは私は収穫その他の問題があるので、ここに簡単にお答えがしにくい。その点に従来から問題のあることは、川俣さん御承知の通りであります。
いや、私の申す意味は、川俣さんの言つてることは、こういうものを入れておるが、それと収穫との関係はどうか、これじや価格が安いじやないか、そういうところから来てると思うからで、それは入れないなんということは私が言うはずはありません。お入れになつたものは物量を投下されただけお入れになつたことは事実であります。
早場米の分についても、出さずに済むことならそれがいいのでありますが、それが今日の食糧需給関係に大きな役立ちをしておるということであるから、その意向を入れまして早場米奨励金を出しておるのであります。
食糧問題は消費者、生産者のみのものではないので、やはり国全体としてのものだと考えます。従つて早場米奨励金はだれが受取るかといえば生産者が受取るのであります。
食糧政策全般の見地より出すのであります。
お答えはいらないかもしれませんが、私はさような意味で申し上げておらぬということを申し上げます。
日本の食糧政策全般のために出すのであります。
価格連続性に対する御意見はまさにその通りだと存じます。但し実情において多少のかげんがあることは、これは当然連続性そのものが物語つておると思います。
今用いておる多少という言葉は、川俣さんと私と差はないと思います。
違反せずと考えます。
憲法問題は重要でありまするから、法制局長官からお答え願うことといたします。
私は農民各位の良識上さようなことはないと確信いたします。従いまして仮定の問題にはお答えができません。
米価決定には第二項の趣旨は十分考慮を加えられた後に決定せられると思います。