継続審議において通るだろうと我々は見通しますかから、若し通らん場合は文字通り善処いたします。(「明瞭々々」と呼ぶ者あり)
継続審議において通るだろうと我々は見通しますかから、若し通らん場合は文字通り善処いたします。(「明瞭々々」と呼ぶ者あり)
まだ継続審議になるその途中のことですから私どもは善処する。善処するというのは、いろいろなふうに解釈されますが、これこそ私は文字通り善処するということを以て、あとはそのときに起つた場合に、政治上の情勢でそのとき改めて御判断を願います。
それは重ねて法案を出す場合もありますから、善処するというふうに答弁申上げたのであります。
それは衆議院で否決されたものと違いますから、私どもはよいと信ずる法律は何回でも出します。
どうも私は必らずしもそうでないと思いますので、繰返しその点は申上げることはございません。
どうも否決されるものとしてお話で、仮定の場合ですから、今、今日ここでお答えはできません。
どうも仮定の問題ですから、私はお答えできない。若しそのときは、そういうことになれば、又そのときに出します。
まあその承認を求むるために出しておることは、ここに出しておることでよくおわかり願えると思うのであります。
それは私どものほうでその仲裁の裁定について予算化し、資金化し得た部分について、国会で承認、不承認を決して頂きたい、こういうのであります。
私どものほうとしてはつまり裁定された一部が予算化し得たものですから、予算化し、資金化し得るものについて承認を求めておる次第てありまして、御承認を得た上初めて予算が通つて実行し得る次第であります。
初めの裁定そのものでは予算化、資金化されませんので、これは私どもできませんと、こう申しておるのであります。ところが次にだんだんいわゆる三公社五現業等の内容を調べました結果、一部については一月以降はこれは予算上措置し得るという見込が立ちましたので、そこで予算を提出いたしまして皆さんの御承認を得れば、これは実行する、こういうことにいたしておるのであります。
私のほうは仲裁裁定というものは予算の編成権とか、或いは議会の審議権を何ら拘束するものではない、かように考えております。即ち予算の編成権は政府のほうにあるのでありますから、そこでどう予算化し得るかということを、私どもはその編成権に基いてやつた結果が、一月以降ならやれるというのでそれを予算化して出した次第なのであります。従つて、今申上げた通り裁定が出る、その裁定というものが予算編成権をも拘束するものであり、又あなたがたのほうの国会も、私も国会だが、国会の議決権をも拘束するのだ、かように私どもは考えておりません。
将来のことですから必要に考えますが、まあ私どもは最初できた時から、又公労法の立法も変つており、更に又予算総則、いわゆる予算総額というものがなかつた、こういうことが新たにきめられたので、それは十一月二日でしたかね、何か私どもが申上げたのは。予算総則に基く総額の中にないから何ともやりようがありません。予算化することができませんと、これはまあ併しあの時は私はそういうふうに申上げておる。ところが今度だんだん調べて見ると、まあ三公社五現業のうち一月からこれはやり得る、予算化し得る、資金化し得ると考えたから、そこで予算化し得る、資金化し得るからというので、今度一月からの、あなたがたの言葉で言うと一部実施をつまり提案した、こういう次第であつて、私
私は少し考え方が違うんでありまして、その点については菊川さんの御意見の点もよく承わつて首肯し得る点もありますが、私どもとしては予算を編成する時に、それじや予算総則……まあ予算総則問題は暫く別ですが、予算問題を今度こういうような仲裁があるんですよというような予定のもとに、そういう予算を編成するか。そういう余裕のある予算はまだ実は編成できない。それから今こそ賃金はだんだん上つておるが、今度は世の中が不況になれば賃金が下つて来るでしよう。今度は二割下げろというようなことの要求があることも考えられないこともない。上る場合もあるが下る場合もある。下げる場合には予算に少しも問題がないが、上る場合はそれを新たに予算に組んでやつて行くというのは、こ
只今の問題は、考えることは考えて結構ですが、私どもは只今の問題は飽くまでさつきから繰返して申上げたように考えております。併しなおこの問題については、実は今日は最終日でして、ほんの一、二分でいいから出て来いというので出て来た次第で、事情を御承知のかたはよくわかると思いますが、あとは一つ労働政務次官に何しておきまして、私も考えることは十分考えますから……。
それは仰せの点御尤もでありますから、ひまができればお伺いいたします。ただ御承知のように、この間の十七国会でも十八国会でも予算ばかりの会期でして、そうして会期が限られておるものですから、何も私がひまでそこらにおるのにここに出ないということでなく、これはお察しの通りですから、ひまがありましたら伺いますから、どうぞよろしく。
それは御批評は承わるほかないが、あの当時においては御承知のように一番最後の裁定が下つたときにおいては非常に遅いのでして、あの当時はとてもまだ私どもが見て、予算化、資金化が不可能であるということは明らかだつたので、そういうふうにお出ししたのでありますが、その後いろいろ私どものほうで立入つて調べてみますと、相当できるものがあるということがわかつて来たので、この一別のときにそれではなぜ出さないか。それは予算を出さなければやれんものですが、あのときは御承知のように災害と奄美大島だけに限つた予算で、何もあとのものには出しておらない。今度は丁度期末の俗に言う〇・五等で予算を出さなければならない。出さなければならないときだから、それで丁度調べた結
繰返して申すように、この前のときはあなたが言われます通りに災害以外の予算をしない、その代り会期を一週間として通すからということが最初からの話であつて、従つてほかのものを予算化し得ない、予算がなければやりようがない。今度はその後に起つた復旧の問題も、予算化するということになつたから初めて予算化したのであつて、予算化し得る一番最初のときに予算化したのだから、御批評は自由ですけれども、私はそういうことでかれこれ言われることは、自分とすれば心外である。いわんやインフレを私がどうこう、郵税の値上げがどうこう、そういうことは先のことであるし、一体そういう仲裁裁定についてももつとなぜ完全に呑めないかと一方で議論されたり、全然反対のことを言うから、
私も実は予算の編成権、審議権と触れるものじやない、こういうふうに考えております。併し政治的には飽くまでも責任を取るべきものである、こういうふうに考えております。
本年度の予算につきましていろいろ御心配ですが、誠に私ども非常に苦慮しているのは実はその点でございます。ただ昨日もちよつと申上げました通りに、大体国民所得は、来年度は今年よりも六分くらい殖えるだろうと私は見ているのであります。従つて租税収入も、仮に今のままでずつと行きますれば、いわゆる一兆七百億くらいに行くのじやないかと見ているんです。その程度に歳出のほうも圧縮したい、この規模に留めたい、こういう財政規模に留めるという方針を取りたいと考えているのであります。例えば今年の予算に比べて、それじや六兆二千億に殖えるなら、その割合で出すと来年の予算一兆二千億になつてもいいじやないかというようなことが新聞に掲げられておりましたが、私どもさように