原発関連資機材の輸出に関して、同僚議員からもJBICやNEXIによるファイナンスの付与について、その審査をどこがするんだという質問が度々出ました。 私は、もっと基本的に、そんなJBICやNEXIによる公的信用付与によって輸出支援をするというのは政府が原発推進に手を貸す行為であって、そもそも私は慎むべきではないかと思うんですが、この点について御認識をお伺いしたいと思います。
原発関連資機材の輸出に関して、同僚議員からもJBICやNEXIによるファイナンスの付与について、その審査をどこがするんだという質問が度々出ました。 私は、もっと基本的に、そんなJBICやNEXIによる公的信用付与によって輸出支援をするというのは政府が原発推進に手を貸す行為であって、そもそも私は慎むべきではないかと思うんですが、この点について御認識をお伺いしたいと思います。
原発輸出とそれ以外のインフラの問題を全く区別せず、インフラ輸出だから支援するのは当然だみたいな御答弁はなかなか納得できないんですが、経産省の頭の中では、原発輸出とそれ以外のインフラ輸出とは全く同じ扱いをするという覚悟なんですか。
政府は、二国間の原子力協定について、この外務省からもらう紙にもう各ページに全部同じことが書いてあるんです。何かというと、この協定は核不拡散と安全技術情報の提供を定めるものであり、特定のビジネスやプロジェクトについて取り決めるものじゃない、こんな政府の説明、まるっきり実態と違うじゃないですか、今まで質問したことで明らかになっているとおり。 これは国民の目を欺くだけの弁解にすぎないような気がするんですが、外務大臣、御認識をお伺いしたいと思います。
今日は私は討論をしませんので、質問の最後はちょっと自分の意見に関することも触れますけれども、安倍総理自身が繰り返し、原発依存度を可能な限り下げていくんだとおっしゃっている、国民に約束しているのは、やっぱりこの原発事故の経験を踏まえて日本人が得た最大の教訓が、まさにこの原発依存度を下げていくと。党によっては即時ゼロと言い、党によっては原発ゼロを目指すんだ、あるいは与党のように原発依存度を下げていくと言う、言い方は違うけれども、下げていくべきだというのが最大の教訓だったんじゃないでしょうか。なのに、それを総理が海外では、言いにくいことですけれども、自民党が政治献金を受けている、そういった企業のトップまで引き連れて原発輸出のトップセールス
質問を終わります。
結いの党の小野次郎です。 前回の当委員会において、警察庁に対して昨年一月発生のアルジェリアにおける邦人人質殺害事件についてお尋ねしました。その件については理事会で預かりということになりまして、私から改めて質問させていただきます。 できるだけ丁寧にお答えいただきたいと思いますが、この事件について、事件の捜査状況及び両国当局間の捜査協力の状況について警察庁にお伺いしたいと思います。
警察当局には私から改めてお願いをいたします。 まず、国民感情として、これだけ多くの日本人の方が人質になり殺害されたという事件のことを我々は忘れてはいけないわけでありまして、過去においても、様々なテロ事件で、なかなか捜査のめどが立たないなと思っていても、後でほかの国で捜査が進んで、我が国で集めた捜査資料が有効に使われたケースもたくさんあるわけですから、是非、警察当局には、この事件の捜査あるいは捜査協力を、なおざりというか、おざなりに済ませるのではなくて、風化させることなく、責任の追及に全力を挙げて取り組んでいただくよう私からお願いさせていただきます。 それでは、今日の質問に入りますが、まず集団的自衛権に関する問題ですけれども。
そういった過程で私ども国会議員にも議論をする場は与えられると思いますけれども、是非政府で検討する際にも、そもそも何でこの集団的自衛権の検討をするかといったら、やはり抑止力の増大ということが主な目的だとすれば、是非、この一般理論では事が起きた後でも要請や同意ということでできるとなっているけれども、我が国について考えるときには、是非事前に明らかにしておかなければ抑止力の増大にならないんじゃないかという視点についても検討していただくことをお願いしておきます。 次に、同じやっぱり集団的自衛権に関する問題ですけれども、この集団的自衛権を考える際に、集団的自衛権発動の要件というものとそれから発動する際の実力行使の範囲というのは区別して考える
質問の趣旨は、限定的な集団的自衛権の行使容認という話も出ているようですけれども、あるいは反対に限定的ということはあり得ないんだということを言っている方もおられますけれども、その発動の要件になるときのエリアというか範囲とそれから我が国が実力行使をする範囲とを分けて考えることが可能ですかという質問なんです。
どうするかと聞いているんじゃないですよ。何か、法制懇って何なんですか。それ、役所じゃないんでしょう、だって。何か懇談会で話して出てきたら、じゃ、そのとおり政府は受け入れるんですか。 政府は、だから、いずれにしても、懇談会からどういう意見が出てくるにしたって、政府としての考え方を整理しなきゃいけないと思うんだけれども、考え方の整理として、集団的自衛権の発動の要件というものと我が国が実力行使をできる範囲というのを分けて考えることが可能なんですかと聞いているんです。
私の視点もよく検討に入れていただきたいと思います。 三つ目の問いは、これは法制局長官だと思いますが、いわゆる自衛権発動の三要件のうち、我が国に対する急迫不正の侵害というのは武力による威嚇も含まれるんじゃないかと思うんです。そうだとすると、この危険度というんでしょうかね、そういった判断の概念としては、他国に対する攻撃であっても、我が国の独立と平和にとって重大な侵害行為に当たる場合には、自国に対する威嚇と同様に捉えて自衛権を発動するということもあり得るんじゃないかと思うんですが、御見解をお伺いします。
しかし、法律の一般的な概念では、急迫不正の侵害というのは、まさに銃を構えて撃つ姿勢を取る、若しくは横に向けてバンと撃つ、空撃ちするというのは当然もう侵害やっていますよね。どうしてならないんですかね、この場合は。もう一遍、法制局長官、お願いします。
お聞きになって分かるとおり、まだまだ個別的自衛権についてもうすぐにも必要な議論が私は山ほどあるような気がします。 この問題についても、誰が聞いたって、日本に向けて発射した、それが外れたと、外れたら、じゃ、それは侵害がなかったって、まだないんだというふうになるかといったら、なるんだと思うんですよ、私は。あるいは、日本海にわざと、日本海でも太平洋でもいいんですけれども、日本に向けたと見えるようにして撃ってきたと、だけど、それは領海の外におっこちたと、だから侵害がまだないんだってならないと思いますよ。なると思いますよ、私は。 だから、そういうことがならないという解釈でやってきたと言うんだったら、もう今日、明日の問題として、私は、個
手短に局長に聞きますけれども、大臣は総じて安定していると言いましたけれども、トルコの国内の争乱状態、反政府活動なんか落ち着いたんですか。あるいは、トルコといえば、もう昔からアルメニアテロ、ASALAの活動はちょっと余り活発じゃありませんが、アルメニアテロの要因というのがありますし、今度クルドの関係もありますよね。さらには、今隣のシリアでああいう状態になっていて、シリアとの越境越しに飛んできたり、何かおっこちたりしているじゃないですか、ニュースで。そういうことを考えても、トルコは安全な国だ、今年、来年じゃなくて、四、五十年についてそう言い切れるんですか。局長、もう一遍お伺いします。
終わります。
結いの党の小野次郎です。座って質問を続けさせていただきます。 最初に、服部参考人にお伺いします。 先ほども、原発輸出についてはトップセールスが世界的には行われているし必要なんだというお話がありましたけれども、このトップセールスというのは総理だとか、日本でいえば総理、外国でいえば大統領とかが自ら赴いてその国に売り込みをするということだと思うんですが、この三・一一の、二〇一一年の大震災、原発事故の前の日本政府、それからその後の民主党政権、そして今の自民党政権、このトップセールスに対する姿勢についてはどんな変化があったと服部さんは認識されていますか。
今、国全体としての支援体制とおっしゃったのは、例えば公的信用の付与というか公的資金の活用と、そういう省庁が、トップセールスで政治家が行くだけではなくて、省庁のバックアップが自民党政権になってから活発になってきたということなんでしょうか。
経産省のそういう姿勢というのについては、この一、二年改善されているとお考えですか。
次は田辺参考人にお伺いしようと思いますが。 実は私自身、じくじたる思いをした経験があるんですね。それは、二〇一一年の三月三十日だったと思うんですが、この参議院に、どこの国だったか、原子力協定がかかったんです。そのとき私はみんなの党にいたんですけれども、元の同僚議員もいますけれども、そのときは三・一一の直後でしたから、原子力協定について特段の認識なく、賛成しちゃったんですね。後で様々な方の、学者の意見もあり、また福島の方のその後の状況をつぶさに見る中で、やっぱり国内で良くないと思っているものを海外に持っていくというのはおかしいじゃないかという話を私自身もしたし、党内で議論になって、今二つの党に分かれましたけれども、この二つの党はど
舩橋参考人にお伺いしますが、先生は社会学の専攻だということなので、私なりの問題意識をぶつけてみたいと思うんですけれども。 実は、国会事故調もこの原発事故の調査報告の中でとりこの理論というのを挙げていますね。これは経済学の概念かもしれませんが、私は元々が警察出身なものですから、規制する側と規制される側についてはとりこの理論が当たるかもしれないけれども、原発と国民の関係というのは、犯罪学の用語で言うストックホルム症候群と似たものがあるのかなという気がするんですね。絶対的に自由がなくなって、籠の鳥にされている国民にしてみると、いつかそれを受け入れてしまって、大丈夫なんだ、いいものなんだと思ってしまわないととてもじゃないけれども生きてい