いまの御質問は、私どもとして別にどの説ということもございませんで、先ほど私が答弁申し上げたとおり、この法律に適合するような条件が成就すれば支払いの権利が発生する、たとえば途中で懲戒があればその権利についてはなくなるわけでございますから、ある一定の条件が満たされればその者に権利が発生するというふうに単純に考えております。
いまの御質問は、私どもとして別にどの説ということもございませんで、先ほど私が答弁申し上げたとおり、この法律に適合するような条件が成就すれば支払いの権利が発生する、たとえば途中で懲戒があればその権利についてはなくなるわけでございますから、ある一定の条件が満たされればその者に権利が発生するというふうに単純に考えております。
これは賃金後払い説みたいな感じの御質問のように思うのですけれども、私どもとしては、これまた単純に退職あるいは死亡したときに発生するわけで、その前に一々その権利が発生していたかどうかということについては余り関係は持っておりません。
大変むずかしい御質問で、私も余り自信はございませんけれども、賃金として払うのは労働省の方のお答えにありましたように、一回に払うか臨時的に払うかということになるわけでございまして、ただ長年勤続するという事実に着目して払うわけでございますので、発生の権利というのは停止条件つき債権、いま先生がおっしゃったように、やめた日に発生する単純な債権であろうと思うわけでございまして、それが何でそのときに債権としてできるのかというのはまさに実定法から出てくるわけで、その実定法が何でそれじゃそういうようなことを認めているのかということの理由になるわけでございまして、それはしかし長年働いていたということで払うということしか私どもとしてはお答えできないよう
学説としていろいろ理解するのにわかりやすい学説というのは、私どものいろいろ行政実務についても非常に有益であるわけでございますけれども、私どもとしては、この退職手当法というのが過去の各時点において労働の対価として権利が発生していたんだというところまで詳細に詰めなくても、現在私どもとしてはこういう退職手当というものが長期勤続、しかもこの法律においては継続的な勤務という形でとらえているわけでございますので、その間における労働の提供があったという事実はあろうかと思いますが、ただしその各時点で権利が発生していたというふうなところまでは、この法律としては考えてないといいますか、それを評価してないというふうに思います。
私も、その退職金債権といいますか、いまの、まだ債権じゃないと思うんですけれども、そういったものを担保にするということが法律的にできるというふうには思っておりません。事実上その人がもらうであろうということをかなり確実に思ってお金を貸す人がいるということはあろうかと思いますけれども、法律上これを担保に供するというようなことは私はよく存じておりません。
それは、先ほど来いろいろ御議論がございましたように、やはり退職手当というものが報償的なものであると普通は言われている点でございます。
これは何といいますか、考え方、賃金だというふうに先ほどの最高裁の判断に戻るわけでございますけれども、この判断というのは、やはり退職金の請求権というものの譲渡の規定を考える場合に、その法律上の性格が賃金であるから、それをどういうふうに守るとか何かという点からは賃金であると言っているだろうと私は思うんです。で、その意味で、「法律上の性質は「労働の対償」としての賃金に該当し、したがって、退職者に対する支払については、その性質の許すかぎり」と、こういうふうなお考えが示されているんだと思うんです。 ですから、私はこういう考え方では、労働の対価としてそういうものがあるということはわかるわけでございますけれども、退職手当法というものをつくると
私も何といいますか、いまから労働基準法なりあるいは退職手当法をつくるときに、そういった議論をもってどういうふうに矛盾なく各法を統一的に理解するようにつくっていくかということについては、それは考えなきゃいけないことであろうかと思うんです。 実定法の議論ということでお始めいただいているわけでございますが、もうすでにこの退職手当法というものも公労法もあるいは労働基準法も長い歴史を持っております。いまのお話でそれらの法律間に矛盾があるというお話であれば、これまたいろいろとその改正をするということで考えなきゃいけない点があるわけでございますが、私どもとしては、別に各法律それぞれにまさに適切に運用されておりまして、いまのようなお考えに基づい
私どもの方といたしましては、今後、退職手当のいろいろ見直しをしようと思っております。いまの点を非常に意識して見直しということではございませんけれども、見直しの中にはいろいろの問題も含めて見直してまいりたいと思います。確かに、三十四年ごろと現在のようなモータリゼーションの違いというのは非常にはっきりしている点もございますが、それらの点については各方面の御意見も伺いながら考えていきたいと思います。
勤務条件ということが自分の職業を選択するに当たって考慮しなければならない諸条件であるという意味では、広い意味の勤務条件であろうかと思います。
団体交渉事項というのは限定がどこまであるか私もよく存じませんが、団体交渉をできるだろうと思います。
公労委の仲裁裁定その他でもこの退職手当が、八条二号とか一号とかございますが、その「賃金その他の給与」に当たることは疑いがないというふうに述べておるのが多いように思います。
これは立法論だと思うんです。もし団交権で残したいというのであれば、退職手当法の適用から除くという単純なことを考えればいいわけでございまして、それはむしろ退職手当法というこの歴史の中で、まあいろいろ二十八年ぐらいまで調停とか仲裁とかございましたけれども、そこらのことは立法政策的にいろいろ御判断になって今日に至っていると私は理解しております。
やはり国会で法定するというところに求めたんだと思います。
まさにそれは団交事項であるということは公労法の規定から見ても明らかなわけなんで、そのときにその法律と並行して退職手当法というものをおつくりになったわけで、これはやはり長い歴史の中でそういう判断が下されたわけだと思うんです。ですから、これはむしろ制限しているんじゃなくて、そういうことで法定をしているという方にむしろ意味があるんじゃないかと私は思います。
観念的には残っていると。ただし、交渉をして何らかの締結をしても、法律で決められていることと矛盾するようなことは、それを決めてもそれは実行できないということだと思います。
労働基本権の制限ということではございませんで、公労法と並行してまさにそういうことが国会の場において決められているわけでございまして、それを一体労働協約締結権の制限と思うんだったら、それなりに従来争われておっておかしくないわけでございますね。それ二十八年以降、そういったことについて私は寡聞にして争われているということは余り存じません。そういうことを何で制限しちゃったんだという御議論もあろうかと思いますけれども、何で制限したんだという議論があれば、それこそ退職手当法が三十四年にできたときにこれは大問題になっておかしくないわけです。やはりそれは、そういったことについてはこういうことでいくという政策的な決断があったんだろうと思います。それが
団交権の保障、団体協約の締結権を十分に認めるという場合には、単純に退職手当法から外すということが一番簡単な方法になるわけでございます。ただ、そういったことをするには、いままでの歴史から見ると、これは国家公務員の共済組合法あるいは公企体の組合法と、つまり年金、退職金というものを非常に関係さしてきたという判断、これをどうするんだという問題も非常に関係してくるわけです。ですから、公労法の規定をそのまま十分生かすため、団交権を生かすために単純に外すと、これは法技術的にはそういうことになるわけですけれども、そういったことをするのがいいのかどうかという政策的判断というのはかなりむずかしいだろうと思う。ただし、今後の見直しの規定ということに関連し
退職手当法は、先ほど来申し上げますように、国家公務員の中の制度として今日まで練り上げられたものでございまして、地方は地方の御事情でそういうふうにお決めいただいているのだろうと思います。
やはり歴史的な問題だと思うので、戦前から恩給法というのがあって、それで恩給法というものがあるかわりに退職手当がないというのがいわゆる高等官といいますか、いまでいう高級官僚の制度で、そのほかに雇用人というのがいて、それが言ってみれば官僚群というのを形成して、その官僚群の中には現在でいう公企体も入っていて、たとえば国鉄で言えばやはり国鉄の幹部は高等官であった、恩給法の適用もある。そういう公務員社会の歴史があって、それで戦後の民間の退職手当というものの形成というものに相呼応してそういうものが一つの集団をなして退職手当法をつくったということでございますので、そのことを現在論理的にどう考えていくのかということは、やはりいままでの現実を踏まえて