現在どれくらいな比率になっているかということと、それから将来十年たった場合に、最後に一世帯一住宅というものが実現した場合に、自分の家に住んでおる人間と、自分の家を持たない世帯とはどういうふうな数字になるのか、あるいは比率になるのか。
現在どれくらいな比率になっているかということと、それから将来十年たった場合に、最後に一世帯一住宅というものが実現した場合に、自分の家に住んでおる人間と、自分の家を持たない世帯とはどういうふうな数字になるのか、あるいは比率になるのか。
結局いまの建設省の住宅政策というものは、自分の家を持たせるという特定な一つの政策目標というものがないのですね。とにかくそこに寝て、そこでめしをたいて食えればいい。それはなるべくきれいな家のほうがいいでしょうけれども、別に自分の家か、自分の家でないかということには、そう考慮を払わないで、一世帯に一住宅を与えよう、こういうことできておるわけですか。
結局自分の家をつくらせるという特定の政策目標というものはないと判断していいんじゃないかと思います。しかし、私は、自分の考えを申しますが、衣食住と申しますか、着物などは自分の着物であって、人から借りた着物など着ておったのでは、寒くはなくても、人から借りた着物と自分の着物とじゃ違う。食うものは食ってしまうのですなら、その場その場で腹が満ちて栄養分があればいいということでしょうが、衣食住の中で、住という問題だけは、やっぱり原則として、そこで生まれて、そこで暮らして、そこで死ぬというのが元来住宅というものの意味だろうと私は思う。ただそこで寝られればいい、ベッドさえあればいいというなら、宿屋でも変わりはない。私は実際宿屋住まいもしてみ、アパー
結局は考え方で、二十年計画になるか三十年計画になるかわからぬけれども、当面目標をどこに置くかという問題なんですよ。大体私は、この際申し上げますが、住宅が不足するということ自体、こんなばかなことはあるものじゃないですよ。需要供給の法則というのはもう千古の鉄則で、需要供給のアンバランスが一方に傾いたままで十年も二十年も続くなんということは、あり得ないことなんです。必ず需要と供給というものは均衡をとるというのは自然の勢いであって、それで過ぎたり足らなんだりという動きはありますけれども、過剰になったり不足になったりしながら均衡をとっていくというのが自然の勢いですよ。それが十年も十五年も足らぬままでおるというときには、必ず人為的にその均衡を妨
ほかに機会がないものですから、十分間いただいて、河野大臣にひとつ御考慮願いたいのであります。 経済成長、開発、これは絶対的にやらなければならぬ要請でありますが、しかしその経済成長、開発が進むにつれて、労働形態の中で、農業とか中小企業者のように、自分で仕事を計画して自分で責任をとってやるという人の数がだんだん減っていく。そうして人に雇われて、賃金をもらって暮らしていくという人の数がふえていく。少なくとも相対的に全種労働者の中でそういう比率がだんだん変わっていく、これは一つの必然の勢いであります。ところが、農民とか中小企業者は、大体保守党を支持しておる傾向がある。しかしサラリーマンや労働者は、労働組合を組織し、そうしていわゆる保守党
労働者でつくっておる労働組合などをどうして過激にならぬようにするか、これは産業の分散と同時に住宅政策が大きな……。
その場合に、住宅がなぜ長い間、十年も十五年も不足だといわれておるのか。需要供給というものは自然の法則ですから、必ず過剰になったり不足したりして、結局均衡をとるものなんです。それが十年も十五年も足らないというのは人為的にチェックしておるからです。人為的にチェックしておるのは、借家の場合には、家賃統制令というようなものが長い間じゃましておった。それがだんだん改まってきておるのですけれども、もう一つ自分の家をつくる場合の大きなチェックになっておるのは、家をつくると必ず税務署がきてその金がどこから出てきたかということをつつき出されることを実は小さな家を建てる連中が一番心配しておる。これは一例ですけれども、人為的にチェックさえしなければ、自然
関連して。いまのは非常に傾聴すべき意見だと思うんです。実は私も自動車学校の校長をやっておるんです。それでやはりいまの意見を聞いて、いろいろ感じさせられるんですが、一つは、技術がうまいということだけでかえって若い者が事故を起こす。卒業生でも、女の子は技術がまずくても事故を起こさない。それから年寄りはやはり起こさない。年寄りは覚えるのは非常に長くかかりますけれども、事故を起こさないというのは、用心をするからです。それでどうもフランス——外国に行ってみると、運転手は年寄りが多いんですね。これはいろいろな事情で年寄りになったのだと思いますけれども、ひとつ技術だけを考えないで、やはりそういう年齢とか性別とかいうものも考慮に入れたらだいぶん違う
まことに傾聴すべき御意見をたくさん承りまして、非常に啓発されるところが多かったのでございますが、時間もありませんから、またあらためて個人的に伺いたい気持ちで一ぱいであります。ただ一点だけ、自分たちがいつも悩んでおる問題を申し上げて御意見を伺いたいと思うのです。 生産性を上げていく、経済を成長させていくという場合に、いろいろとる方法の結果として出てくる所得格差。一方では、所得格差を是正する、格差が出てくることは困るという要求が非常に強い。しかし、実際問題として、所得を上げていく政策をとった場合に格差が出てくる。これはいろいろ地域的にも出てきますし、またそれぞれの襲業別にも出てくる。そういう問題でありますが、その点で中小企業、農業共
先ほど所得格差の問題が両方出ましたから、両方に。つまり、業種全体の所得格差というものを解決しなければならぬというのだったら、どういう方法があるか。
前の肥後さんから先に。
一つだけにしますが、いまの住宅問題でも、国でいろいろ公営住宅をつくった場合に、十人のうちで一人しか入れない、あるいは二十人で一人しか入れない、そうしますと、あと、入れなかった者と入った者との間に非常な不公平が生じてくる。自然にそうなるのはしかたないとしても、国自身が国民の中の特定の人だけにフェーバーを与えるという結果になって、一人にいいことをやって、あとの残りの人にかえって悪いことをやっているのではないかという感じを持つわけです。 時間がありませんから、それを一つ問題として申し上げておきたいと思います。どうもありがとうございました。
美濃部先生にお伺いいたします。 先生のお話では、今度の三十九年度の予算は大き過ぎると思う。その理由は大体二つあげられたように思います。一つは、消費者物価がこのように上がっては困る。それでは貿易にも影響する。これを押えるためには生産をふやすということも必要だが、急にはいかない。だから、需要を減らすということであるが、その観点から、むしろ緊縮予算をとるべきだったのじゃないか。第二は、国際収支の点から、これは何といっても決定的に重要だ。外貨の余裕がないから、これも輸出をふやせばいいけれども、それもなかなかそう急にはいかないから、輸入を減らすという点から、そういう面で緊縮予算が必要だ、こういうふうに承ったわけであります。 それでお伺
もう時間がありませんけれども、一つだけ伺いたいのですが、消費財の価格を下げるという点から、財政規模をもっと小さくせなければならぬという御意見についてでありますが、そうすると、財政規模を小さくするということになりますと、歳入のたな上げでもすれば別ですけれども、たな上げをしなければ、それだけ減税に回すよりほかはない。そうすると、減税になって民間に金があったほうがいいか、あるいは政府が使ったほうがいいかということには、これは問題がありましょう。問題がありましょうけれども、しかし、減税に回した場合に、消費財に対する需要が減るかどうか。むしろその点は消費ムードといいますか、今日の国民の手にある金が貯蓄に回らないで消費に回るということに大きな問
いろいろありますけれども、あとに質問者がございますから、また……。
これより会議を開きます。 去る八月、本委員会におきまして各地に委員を派遣し、税制、金融等の諸般の実情を調査いたしたのでありますが、その報告書が委員長の手元に提出されておりますので、これを本日の会議録の末尾に参照として掲載いたしたいと存じますが、御異議はありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議なしと認め、さよう取り計らいます。 ————◇—————
国の会計に関する件、税制に関する件、金融に関する件及び外国為替に関する件について調査を進めます。 質疑の通告があります。これを許します。佐藤觀次郎君。
あとの質問があるので、物品税の関連質問だというのだから、関連の範囲で一応切って下さい。
堀君。