そこで私はここで非常に大きな問題を御提出するわけですが、大臣もそれから局長も横ばい、横ばいということを言われますが、一年に一%とか、一・何%といったような通貨価値の下落は、これは横ばいというふうに見られておるようであります。企画庁の諸君の考え方の中に、それくらい物価水準が上がるということは、やむを得ないというふうな考え方が横たわっておるように思うのです。世界のどの国を見てもそうだ、このように了解していいですか。
そこで私はここで非常に大きな問題を御提出するわけですが、大臣もそれから局長も横ばい、横ばいということを言われますが、一年に一%とか、一・何%といったような通貨価値の下落は、これは横ばいというふうに見られておるようであります。企画庁の諸君の考え方の中に、それくらい物価水準が上がるということは、やむを得ないというふうな考え方が横たわっておるように思うのです。世界のどの国を見てもそうだ、このように了解していいですか。
一年に一%とか、二%くらいの通貨価値の下落、物価水準の上昇は、世界的に見てもそう高い方ではないのだ。だからこれくらいのことは大して心配は要らない、こういう考え方のようであります。これはほかの機会にも私はそのことを承ったことがあるのです。これは所得倍増論のときであったかと思いますが、通貨価値は絶対に下げないかと言ったときに、絶対という言葉はとってもらいたい、実際問題として下げないというわけにいかない、世界の情勢でも幾らか下がっていくんだ、こういうことでありました。これは、この程度のものをインフレと見るか、見ないかということについては私は議論があると思う。インフレとして扱う必要はない、それをインフレとして扱わないでもいいという考えに必ず
卸売物価では上がっていないということでありますが、これは終戦後になめました非常な強度のインフレは特別例外としておきますけれども、しかし三十年、四十年という長期の金を一方で集める場合、それだけの長い期間に通貨価値を維持するということは容易な仕事ではない、よほどの決意を要すると私は思うのであります。ところが従来どうも、大臣はそうでないかもしれぬけれども、企画庁の諸君も、少しくらいはこれはやむを得ぬのだという考えは確かにあった。そうして実質所得はどれだけだというふうにテーブル・データを使って、実質所得と名目所得を両方並べて、きわめて手軽にそこに表示しておる。しかし三十四年度は三十三年度に比べて一・三%上がった、今度は一・一%上がったという
さらに念を押しますけれども、それで大丈夫ですか。どうもよほど経済企画庁の長官が職を賭してでもかかるくらいの決意で当たらないと、日本の政府の全般の政策が——結局急激なインフレはだれしも反対であります。しかしそうではない、ごく忍び寄るような、徐々にずっと進んでいくインフレというものは、よほどの決意がなければ防げないのです。これは長官に向かって釈迦に説法ですけれども、世界がもうすでにそういう忍び寄るインフレをたどっておるときに、日本がたどらぬということは、なまなかな決意でできることではありません。これが、企画庁の諸君が、十年間の所得倍増計画においても、通貨価値を絶対に維持するということは事実不可能だから、絶対という言葉に疑義をはさまれたゆ
ちょっと関連して。 今横山委員からたばこの値上げの問題で質問がありました。新聞にも、論説で、若干の新聞で、自民党の政調内にたばこの値上げの声があるが、これは検討を要するというような論説を私は見たので、これは重大な問題だと思って、私も、財政部長を押しつけられたというか、引き受けておりますから、そういうことが一体あるのかないのかと思って調べてみましたけれども、どこへ行っても自民党の中でそういう声はない。もっとも、個人が、廊下の立ち話で、しろうとが——しろうとと言っては語弊がありますが、そういう財政問題についてはしろうとの連中が、安いたばこは上げてはいかぬけれども、高いたばこは上げたらいい、こういうふうなことを言うておる者は二、三おり
関連して。 今横山委員から名古屋の刑務所の問題が出ましたが、同じような問題が浦和にもある。先ほど来予算の要求の中にも浦和を含んでおるということでありました。そして、名古屋の場合は、方式はどういうふうにやるにしても、何だか大蔵省の方でも今度の予算には実現したいというような気持が浮んできたようですけれども、浦和も大体同じじゃないかと思うのです。それは同じように考えておられるだろうと思うが、僕は法務省とか大蔵次官にこういうことを聞いてみたい。刑務所をどこか瀬戸内海の島の方に持っていくようなことを考えたことがないかどうか。御承知の通り、サンフランシスコヘ行くと刑務所は島にあるのですけれども、実際これまでの実情からいっても、埼玉で犯罪を犯
先ほども、何しろ膨大な敷地を要する、だからなかなか適当な敷地がむずかしいというようなことがありましたから、私は、刑務所なんというものは膨大な一ところにたくさん寄せるなんという必要はないものだ。むしろこれを分散して、小さいといっても程度はありますけれども、普通の住宅みたいなものでは困りますけれども、しかし、規模を小さくして、そうして同時に、島は理想だと思いますが、とにかく人里離れた所へ小さくしてたくさん作ったらいい、あんまり小さくすれば経費がかかるということもありましょう。しかし、小さくすれば敷地も得やすいのですから、今のブルドーザーでちょっとやってもできるくらいな学校くらいの大きさのもので、あたりはもう島ですから逃げ出すわけにもいか
ちょっと、今の原さんの話で、非常にむずかしい問題だということがありましたが、その法人の場合と個人の場合と別にしてきたというのは、何が特別な根拠があったのでしょうか。寄付が個人の場合には損金で落せないという……。
今度の税制調査会の一つの大きな題目に取り上げるというお話でありますから、私はその際頭に置いてほしいと思うのですが、社会事業とかあるいは慈善事業とかいうものは、やはり魂が入っていなければ意味がないのでありますが、魂の入ったほんとうの慈善事業というようなものを、だんだんと国家自体がやるために、個人はやらなくなるということで世の中が非常にあじけなくなっていると思うのです。ですから、法人がやる場合よりも、むしろ個人がやって、初めてそこに受ける者とそれを出す者との間に魂が通うというか、世の中が非常に殺風景になってきておる状況でありますから、もう少し個人の間に心のつながりを必要とする。だから、個人こそむしろそういう慈善事業というようなものを奨励
地方財政と民間事業育成に関連して、地方自治体の公営事業に対する起債認可の方針について、大臣の所見を伺っておきたいと思います。 今日、地方財政が地方債の利子負担から非常な困難に陥っているという実情は申し上げるまでもありませんが、こういう関係で、いよいよ地方財政を困難に陥れるような起債はできるだけ押えていく方針のように、かねがね承知しておるのでありますが、問題は、地方自治体が、財政的な理由もあって、事業をやり、それを起債に仰ごうという動きが非常に強いと思う。そこで、その起債が認められるか認められないか、認められるとすればどの程度まで認められるかということについて、大蔵省でどうなるだろうというので、しばしばわれわれは陳情を受けるのであ
星野先生に一言お教え願いたいのですが、憲法の八十九条に「公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、」云々というのがあります。その公けの支配というのは、支配というと何だか非常に悪いような感じを与えます。しかし、たとえば官立大学に対して国家は金出しておる。これが憲法違反でないということは、やはり公けの支配をしておるという支配の中に含まれるのじゃないか。国家が大学に金を出しておる、その大学に対してやはり公けの支配をしておるから出しておる、こういうことになるのじゃないかと思います。しかし大学は自治、自由ということでいろいろな講習をやっておる。それは国の支配を受けておるにかかわらず、何らそこに内容的には、自治とかあるいは自由とかい
そうだとすると、実際問題として法律解釈ではなくて、現在社会教育団体というものにもし金をやり補助金を出す、そして公けの支配という何らかの意味の支配はございましょう。ただ金を出した以上は、勝手に飲み食いしてもいいというわけにいかぬでしょう。ちょうど国家が大学に対して金を出して、それを勝手に大学で使って飲み食いしてもいいというわけにいかないのと一緒だと思います。ただ大学の場合には自主、自由ということでやることができる。しかし社会教育団体ではそれができないから、そういうのは実際の問題になってくる。法律解釈としては私は公けの支配という意味をお尋ねしなければならぬ。公けの支配というものは大学に対してしておる。しておる証拠には、そうでなければ金は
この際、御要求に従いまして、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律の一部を改正する法律案について、税制並びに税の執行に関する小委員会における審議の状況を御報告申し上げます。 この法律案の内容につきましては、さきに本委員会で政府から説明がありましたので、すでに皆さんも御承知のことと存じます。ここではごく簡単にその要点に触れることにいたしますが、すなわち、この法律案は、現在酒類については物価統制令に基く最高統制価格、俗に言うマル公がありまして、それは法律上最高統制価格ではありますけれども、酒税の確保のために、政府当局においても、これが最高価格であると同時に、最低価格となるように指導してきた関係もありまして、事実上酒税の確保並びに業界
銀行局長にお伺いいたしますが、最近の金融情勢はどういう方向をとっておるかということを、まずお伺いしたいと思います。
大体経済はなべ底をついて、そうしてまた上向き調子をとっておるといわれておるのでありますが、一方では金融がゆるんで、金利も下ってくる傾向にある。この経済が底をついてきたについて、産業界の気がまえと申しますか、それがまた過熱状況になりはしないか、資金需要がふえてきて、過剰投資になりはしないか、一方ではそういう心配もあると思いますが、そのことは心配はないのですか。
最近株が非常に値上りして、それで株の利回りが非常に安くなったということですが、この株の利回りが下ってきたということが、金利にどういう作用を及ぼすかという点です。これは理財局長の方でも大いに検討されておるかもしれませんが、株の利回りと金利というものは、やはり非常な密接な関係にあるに違いない。金利を下げようということは、日本経済において金利が高過ぎる、これを下げるということは大きな目標の一つであると思いますが、その金利を下げるという目標から見て、株の利回りが下ってくると、金利を下げるという目標に向ってプラスの影響を与えるのではなかろうかと思うのですが、その点はどうでしょうか。
つまり、株の値上りが高過ぎる、逆に言うと、利回りが安過ぎるということを一方でいいますが、逆にどうしても株の値上りを防ごうとしていろいろな策をとってみても、なかなか下らない。ほかの言葉で申しますと、利回りをもう少し上げようとしてもなかなか上らないという場合に、今度立場を変えて、金利の方が高過ぎるのじゃないか。つまり、金利の方を標準にすれば、株の利回りは安いけれども、しかし、株の方が、どういろいろやってみても、なかなかこれも実際の一つの経済界の理由があって、あらゆる方法をとっても下らぬものとすれば、あるいはこれの方が正常なのであって、金利の方が高過ぎるのじゃないか、こういう観察も可能ではないか。そうすれば、金利の方は下げようということが
これは一つ理財局長に伺います。株が高過ぎるというのでいろいろ大蔵省が措置をして、何べん措置してもちっとも効果がないというような実情のようでありますが、新聞などを見ますと、むしろどうも措置が手ぬるいというような社説まで出ておりますけれども、しかし、逆に下ってきたときに大蔵省は一体どういう措置をとるのか。これは、一部では、つまり上ってきたときにだけ措置をとって、下ってきたときは何も措置をとらない、だからそれは不公平だ、こういう声があるわけですが、あまり上り過ぎないように措置することが下り過ぎないようにする措置だ、こういうことを答弁するかもしれませんがね。しかし、そうすると、上り過ぎないためには、なるべく下り過ぎないように措置をするんだ、
今度は銀行局長にお伺いしますが、銀行局の非常に重大な使命は、インフレとデフレを防いで、通貨価値の安定をはかるということであろうと思います。これは金融政策の根本的な要請であろうと思います。そこで、インフレもデフレも好ましくない、通貨価値を安定させる、こういうことは間違いありませんね。
この問題は、かつての銀行局長にも私はお尋ねした点ですが、なお問題として残っておることを重ねて伺います。発券銀行、日本銀行の銀行券の発行に対しては法律上制限がある。これはこまかく申しますと今どういうふうになっておるのですか。