この計画造船はすべて最初から運輸省が計画をして、大蔵省その他に相談をしてやつているのでございます。
この計画造船はすべて最初から運輸省が計画をして、大蔵省その他に相談をしてやつているのでございます。
私は昭和二十三年の三月から海運局長でございます。
終戦当時御承知の通り百三十七万トン余り残つておりましたが、実際動ける船は六十万トンないし七十万トン、しかもその大部分が戦争中につくりました戦標船、しかも小型のものが多かつたわけでございます。外航船をつくり始めましたときに、外航適格船として私どもが計算いたしましたのは、総トン数が十二万トン余りでございます。一体日本海運の再建の目標をどこに置くかということですが、御承知の通りストライクミッシヨン、ポーレーミッシヨンが来ました折に、私どもはいろいろ資料を出しました。そのときの目標が四百一万総トンでございます。四百万総トンまで持つて行く。今日私どもが造船四箇年計画というふうな目標も、やはり四百万総トンに置いております。
ちようど戦争が始まりますころには六百三十万総トン余りでございましたが、そこまで行くということは考えておりませんで、今申しましたように大体四百万総トンでございます。大体戦前におきましては、昭和十一年が四百五万総トンでございます。
大体一次から四次までは同じ方法をやつておりました。それに入札の方法をとりました。財政資金を少しでも少くして自分で市中銀行から調達して来る額の多いものから入れるという方法をとつておりましたが、それにはいろいろの弊害もありますし、業者側からも反対の陳情があつたわけです。入札制によりますと、船舶公団等で七割まで持つというやつが、しまいにはその四割ぐらいまで下つて来た。それからもう一つは、入札でありますと、アプレのわれわれが見て変だなと思つているやつが、百万円でもたくさん銀行から借りて来ると、それへ行つちやつて、しにせの会社が落ちちまうという弊害が起きて来る。従いましてその方法をやめまして、五次からは別の方法をとつたのですが、それは先ほど御
さようでございます。復金からある程度の額が貸し付けられております。その残高が現在三億五千九百万円、そのほかにいわゆる政府の持分としては船舶公団の共有分としてあるわけですが、それの残高が百十億というふうに私どもは承知しております。これは大蔵省の管財局の方に引継がれておるわけであります。
貨物船は第六次船でございますね。昭和二十五年の十二月一日以降につくりました計画船、それからタンカーは七次後期の油送船で、二十六年の十二月一日以降につくりましたタンカーでございます。
百六十八億と申しますのは、二十八年度以降八箇年間に充てるべき予算でございます。二十八年度はたしか七億幾らだつたかと思います。正確な数子を後で調べて御報告いたします。実は利子補給契約を締結いたしておりますのは、昨年の夏に修正になりました前の利子補給法によりまして十二隻ほど契約いたしております。その後のものにつきましては目下計算を精細に検討しておりまして、近く結ぶ予定でございます。従いましてその金は、前に契約いたしましたものもあるいは今契約しようとしておるものもまだ契約ができておりませんから、まだ銀行の方には行つておりません。これは運輸省の予算として成立いたしまして、契約した後に運輸省から各銀行に渡すわけでございます。
まだ運輸省が小切手を切つておりませんから、運輸省予算として成立しておりますけれども、その金はまだ国庫にあると言つていいのでございましようか、金を出します前には運輸省が小切手を切るわけでございます。
相当含まれております。正確な名前は後ほどにさしていただきたいと思いますが…。
承知いたしました。正福汽船、太洋海運、大阪商船、関西汽船、乾汽船、中村汽船、三菱海運、東西汽船、日本油槽船、日下部汽船、明治海運、三井船舶、そういうふうな会社でございます。なおその他三、四社あろうかと思います。
含んでおることは事実であります。ただいま申し上げました会社は、公団時分にも船をつくつております。
船舶公団の持分は国の方に引継がれておりますが、国と船主の間は共有になつております。そうしてその共有分は、十年間に船主が買い取るというふうな条件になつておりますが、もちろん船主選考のときにはそういうものも一応考慮に入れてやつておるわけです。
私ども今度の事件につきましては、ただいま御説がありましたように、日本の海運として進むべき道が、非常な誤解その他によつて誤まられやしないか、同時に、日本海運の進展に対して諸外国は非常な関心を持ち、また脅威を感じておる、だから今度の事件についてどういう考えを持ち、見、かつ日本の海運に対して今後どういう態度をとつて来るか、これが一番心配になる点であります。私どもが今までとつた、あるいは関係業者がとつた事柄において、もし間違いがあり、法に触れるところがあれば、これは断固としてやつていただく。しかしそれがために日本海運の進展が阻害されるということは、私どもとしては泣いても泣き切れない気持であります。従いましてさしあたりの問題としての十次造船に
十次造船を既定針通り進めますことは、省の方針としてお聞き願つてさしつかえないと思います。それからそのやり方につきましては、ただいま申しましたように、市中銀行その他の意見を十分聞かなければなりません。市中銀行が絶対金が出ないということになりますと、また別の方法を考えなければならぬ。別の方法ということになりますと、これは国がつくるとか、その他の方法になる。そういたしますと、これは今年中につくれなくなるのですが、そうすると造船所が六月になると全部がらあきになる。先日造船工業会の会長の丹羽氏が座談会で言つておりましたが、関連する従業員の四十万が全然仕事がなくなるという問題が起つて来る。そういう問題をどう処置するかということが、われわれとして
選考方法につきましては、これはたびたび御説明申し上げましたように、われわれとしてはそのときどきにおける最善を考えて行きたいと思つておりますが、しかしそうわれわれのやつていることが間違いないとは考えていないので、何かそれ以上の方法があれば、ぜひそれをとりたい、いやしくも疑惑の起るようなことのないように、これはあらゆる方面の知識をかりて考えたいというふうに思つております。そのほか計画造船方式につきましては、これは私どもとしては全身全霊をこめてやつているつもりであります。しかし今日のこういう事態が起りましたので、なお深く反省いたしまして、御期待に沿うような措置に向いたい、かように考えます。
只今のお尋ねと申しますか、御要求は、運輸省でやつている計画造船の今までのやり方、並びに利子補給及び損失補償法の成立の経緯及び最近のいろいろな問題の発生の内容、こういうことをお尋ねかと存ずるのでございますが、かようでございますか。只今申上げましたような事柄を申述べればいいのでございましようか。
只今起つておりまする問題を御説明申上げまする前に、簡単に計画造船の今までのいきさつ、それから利子補給、それからなぜああいうものが成立したかということを簡単に述べさせて頂きたいと思います。 戦争が終りまして、御承知の通り日本海運は殆んど潰滅状態になつてしまつたのであります。これに対してGHQとしては当初外航船の建造を許しませんで、主として国内船、国内航路に使うものを目的とした船の建造を許したのであります。これが昭和二十三年度であります。その間にこれを一次から四次までの四回の計画に分けております。それからその当時は船舶公団というものがございまして、船舶公団と船主の間で共有の関係で船を造つたのでございます。それが二十四年度になりまして
不当な経理に対する運輸大臣の勧告は、利子補給契約を締結して以後でございます。事前のことはよくわかりません。
私どもは利子補給契約締結以後の不当の経理、かように考えます。拡張解釈は法律の面ではできないと考えます。