お答え申し上げます。只見川の問題につきましては、あらゆる方面、またあらゆるところから今研究しまして、約四、五葉できておるはずでございます。それをただいま調整最中でございまして、まだ結論は得ておりません。
お答え申し上げます。只見川の問題につきましては、あらゆる方面、またあらゆるところから今研究しまして、約四、五葉できておるはずでございます。それをただいま調整最中でございまして、まだ結論は得ておりません。
私は技術的、合理的に結論を出してくれるようにということにして、今せつかく検討中でございまして、その方向は合理的、技術的にやつてもらえるだろうと、それを期待している次第であります。
お答申し上げます。電源開発株式会社がやることになつておるわけでございます。
お答え申し上げます。決定はいたしておりませんけれども、私のただいまの観測ではそういうことになるだろう、こう考えております。
お答え申し上げます。そこで私がまだ結論を得ておりませんというのは、そういうことまでまた結論を得ていないのでありまして、ただ率直にあなたと私との仲で私の考えておるだけのことを申し上げたので、そういうことになつたのですから、最後の結論というものはまだきまつていないということを前提に置いてお考えくださればわかると思います。
私はその点は詳しく存じませんから、政府委員から御答弁いたさせます。
本年度は只見の決定だけだそうです。ほかはみな継続事業としてやつておるそうです。
只見を決定すればそれで基本計画が立つわけです。
お答え申し上げます。そういうような話をちらと聞いたこともございます。しかしわれわれといたしましては電源開発会社が何やらセメンとかなんとかいうものと、むろん商売上密切な関係を持つことは一向さしつかえございません。しかしそれが一体となつてやるということは考えておりません。
お答え申します。先ほど御答弁申しましたように私はまだはつきりした結論は聞いておりませんし、また結論を研究させつつあるのでありまして、その過程でございますから、どういうような結果が出て来るかわかりません。少くとも奥只見と田子倉という所は有力なダムの候補地でございますから、それが一緒にやれるか、あるいは別々になるか、その辺のところはこれからの検討にまかしておるわけであります。
それが一番大事なことでありまして、今までずいぶん研究いたしました。しこうしてその研究の結果を持ち寄りまして、今その結論を得ようとしている段階であります。
お答え申し上げます。私は今年必ず着手できるようにと思つて、非常に鞭撻して研究をやらしております。
お答え申し上げます。約八千六百万ほどの調査費が出ておるのでございまして、それにつきましていろいろ私も研究してみましたが、やはり分流案と称する新潟県の方にも調査費が相当出ております。それは数字をただいま申し上げておきますが、しかしこれは間違つておりましたらまた訂正をいたしますが、本流案にまず二百七十一万円かけた、これははつきり本流案にかけたのであります。それから分流案に対して六十一万、それからまた共同の両方合せて必要であるところの調査費が千四百万ずつでございますから二千八百万でございます。そういうことでございまして、調査費がどうであるということについて詳しく必要でございましたら申し上げます。ですからちつとも新潟県方面を調べなかつたとい
お答え申し上げます。ただいま局長から申し上げました通りに、ドルの勘定はみな向うで握つてしまつておりまして、朝鮮と日本との間ではオープン・アカウントの勘定でやつておりますもので、バランスだけをいつも見ておるということになります。そして大きいのもございますが小いのもございまして、結局こちらで出したものはこちらへ円で支払いまして、そうして売掛金の勘定になつているわけです。また向うから入りましたものをとりますと、これもやはり買入れ勘定になる。そのバランスをときどき整理する勘定がオープン・アカウントでございます。それでいよいよ独立しましてその勘定を閉鎖する、すなわち為替勘定を閉鎖するというときになりまして、あと残つているものが幾らあるかという
私は詳しいことは存じませんから政府委員から……。
お答え申し上げます。通産省といたしましては、貿易業者を取扱つております関係上、そういうふうに確認せられました以上は、日本が当時の総司令部、すなわち総司令部が関係部局にまわしておくということでございますから、アメリカに対する請求権として考えております。
お答え申し上げます。第一点の百二十五円を一ドルとするということは、これは当時、御承知の通り、外人が持つております、——軍人でございますが、そのドルを五十円で引きかえておつた時代があるのでございます。そうして御承知の通りに、終戦直後以来二十四年ごろまでの間に取引されたものでございますから、為替のレートというものに対してどこに基準を置いていいかわからないということで、いろいろその当時の経済事情を双方で研究しまして、百二十五円を一ドルとするということの約束がちやんとできて、ああきめて書いてあるのでございます。 第二点のガリオア、イロアの相殺ということは、これは常識上考えますと、こちらに債権があると言えば、おれの方でもこれだけやつたじや
あの当時日本向けのガリオア、イロアが来まして、あるいは各方面にまわつたかと存ずることもございますが、しかしそういう意味において向うで幾ら幾らくらい日本に対してその資金を出したということの計算はできておりますけれども、われわれはそれは承服できないわけで、そういうものはあるだろう、しかしそれがどのくらい、どういうものがどこへ行つたということがわかりませんから、もしあれに対して話が出ますれば、向うの明細書をよくこちらで見まして検討しなければならぬものと考えております。
これはどうなりますか、私は詳しいことはよくわかりませんが、大体貿易上こういうバランスが出て来たということであります。国の債権でございますから、取立てたら大蔵省が受ける、そういうことになるのではないかと思いますが、その辺のことははつきりいたしません。
アメリカの方でこの交渉を受けたことはないということは、新聞に出ておつたかもしれませんけれもど、私は存じません。それからこの外交交渉は大本六月十八日に通牒を出しまして、その後は外務省がそのルートを通じて交渉いたすはずになつております。