教科書の執筆者というのは、いわばその人が持っている学問の自由あるいは教育の自由を根底として、つまり表現の自由に属するわけですけれども、その立場から教科書を書くわけですね。元号の使用をある意味で強制されるわけですよ。その判断を文部省がやるわけですよ。一方的にやるわけですよ。それに従わなければ不合格です。そういう点でも、教科書の執筆者のいわば学問の自由とかあるいは教育の自由に対する制約をもたらすことになってしまうわけですね。こういうことは文部省はお考えになったことありますか。
教科書の執筆者というのは、いわばその人が持っている学問の自由あるいは教育の自由を根底として、つまり表現の自由に属するわけですけれども、その立場から教科書を書くわけですね。元号の使用をある意味で強制されるわけですよ。その判断を文部省がやるわけですよ。一方的にやるわけですよ。それに従わなければ不合格です。そういう点でも、教科書の執筆者のいわば学問の自由とかあるいは教育の自由に対する制約をもたらすことになってしまうわけですね。こういうことは文部省はお考えになったことありますか。
いま文部省の方がお答えになったように、結局元号の使用というのは国民に対して、つまり執筆者という一国民に対して法的拘束力を持つ結果があらわれるわけですね。これはお認めになりますか、清水さん。
おかしいですよ。つまり、検定を受けた、従わなかったからペケにされた。被害を受けるわけですよ。そういう制度が一方的に文部省の見解の中で、教育上必要だからこうしなさいと強制されるわけですね。それがあなた、問題がないと思いますという答弁は、法制局としてはどう考えたってそれはおかしいよ。どうしてもおかしくないと思いますか。
最近聞くところによると、そのいわゆる強制というものがだんだん多くなっているのです。私は、こういう実態がやがてもうちょっと強い法的拘束力というふうな意味のところにまでつながっていく可能性というものを指摘しておきたいと思います。 だんだん時間がたってきますから、今度は元号についての実際上の問題点を少しお尋ねしたいと思います。文部省、結構です。 元号というのは平均すれば五年ぐらいで変わっているわけですね。昭和のように長く続いた例はないということをさっきも御答弁なさっておられた。有名な物理学者である田中館愛橘博士が御存命中の一九五〇年に、「私のように九十三年も生きているものは齢を数えるだけでも、安政、万延、文久、元治、慶応、明治、大
不便か不便でないかと聞いたわけですが、率直に答えてほしいのですけれども。 天皇という一人の人間の死によって中断する紀年法、これが国民に要らざる混乱あるいは不便というものを強いていくことは明らかです。元号をやめたら混乱が起こるという方がおられますけれども、改元したらもっと混乱しますよ。たとえばここに、大阪朝日新聞の一九一二年の改元のときのことが書いてある。ちょっと読んでみます。 改元の影響 今上陛下践昨と共に大正と改元あるべく治定ありたるにつき直間接に各方面に及ぼす影響少からずこの元号改称御公布と同時に一分時の猶予なく直に改正せざるべからざるは日本全国幾千箇所に及ぶ一、二、三等郵便局の消印その他諸役所の消印、収入印は更なり全国
率直に申し上げて、戦中、戦前派はその教育や社会生活を通して、明治、大正、昭和という年号になじんできたことは事実であります。私もその一人です。だから、それが慣習として国民の間に定着していると言われることもわからないではありません。しかし、今日のように、地球が狭くなったと表現されるような国際化社会の中で、私どもの時代感覚で将来の子供や孫たちにまで、大変不便で、混乱を引き起こしかねない元号を強制をする、あるいは強制しかねない法律を制定するということについて、長官は政治家としておそれといいましょうか、責任をお感じになったことはございますか。
いま長官は、九〇%の国民の皆さんがその存続を希望していらっしゃると言われました。また、今日までの歴代の総理大臣の答弁を見ても、国民世論の動向というものを尊重して、あるいは見定めてという言葉を使ってこられました。事実これまで世論調査で元号の存続を望む者の比率が高かったことは認めます。しかし、そこでは法制化してまでという設問が行われてないし、まして一世一元という立場に立って調査したデータというのは必ずしも多くないように私は思うのです。しかし、元号法案が国会に提出された後に行われた世論調査の結果は、たとえば毎日新聞、これは四月二日付ですが、「法制化して存続」というのは二一%にすぎない。ちなみに「内閣告示で」が一一%、「現在のように慣習とし
人の世論調査にけちつけて自分のところはやらないで、そして自分のところのたとえば法制化に賛成か反対かというようなことはやらないで、そして八〇%が賛成でございまして、したがってこの法律をつくりますというのじゃ、率直に申し上げてこっちの方も短絡ですよ。そういうやり方ではやはり誘導尋問だと言われている要素さえある――私はあえてそれは言わぬけれども、言われてもしようがないじゃないですか。あっちの方がまるっきり誘導尋問の選択肢でこっちの方は正しいんだという論理の立て方というのは、政府とあるいはマスコミとの関係という立場から見たら、よほど政府は慎重を期さなければいかぬですよ。にもかかわらず、マスコミの方がインチキで私の方はというふうな話は、まこと
いま室長は、総務長官個人が答えたことはある、しかし、内閣全体で表明したことはないと言っていますけれども、三木内閣の当時に自民党の源田参議院議員の質問主意書に対する答弁書がありますよ。これは答弁書ですから内閣全体ですよ。それは「元号制度は、新憲法実施後、法令上の根拠を失ったが、「事実たる慣習」として広く国民の間に定着している。もし、元号の使用を国民に強制しようとするのであれば、法律を必要とすることは当然であるが、」――いいですか。「広く国民の間に定着している。もし、元号の使用を国民に強制しようとするのであれば、法律を必要とすることは当然であるが、そうでなければ必ずしも法律によることを必要としないものと考えられる。」こう書いているのです
なぜ三百代言みたいなことを言うのです。強制するなら法律が要ると言う。じゃ、強制しないというなら法律は要らないじゃないか。これも説ですよ。
あなたと議論していると何か本当に三百代言で、まともな法律論議になっていないですよ、そういう言い方をしては失礼だけれども。それはいまのような適用範囲の問題について、内閣告示と法律とでは違う。法律は強制する場合には必要だ、強制しないのだから法律は要らないじゃないかと私は聞いているのです。それを言っているのですよ。それを答えてください。
ここに「元号問題」という本がございますけれども、非常におもしろく書いてあるので紹介をしておきたいと私は思うのです。 元号を存続する立場の太郎君と反対だという花子さんという人がしゃべっているやりとりなんです。花子さんがこう言っているのですね。「たとえば、世界の名作といわれる源氏物語は、一条天皇の寛弘五、六年の作といわれているけど、何世紀のものかはわからない。これが十一世紀だということになれば西欧文化との比較も容易にできるわ。とにかく便利だからというだけでなく、広い世界観に立って物事を考えるという意味でも西暦が最も合理的だと思うわ。」さらに別のところでは「私たちは歴史の専門家ではないのだから、一人よがりの日本の元号で歴史を学んだので
稻村さんは、「それは、役人におさえられていたんじゃないですか。事なかれ主義のお役人などはだいたい反対なんですから。こういう問題にはもっと大臣としての決断、政治決断が必要です。われわれは政党から来たんですからね、役人と同じことをやっておったんでは、政党から来た意義はなくなってしまう。いざという時に、大騒ぎになって、国会運営がマヒしてしまって、閣僚辞任――そうなるのも、これも閣僚だ、無事平穏に長くやるのも閣僚だ、と私はこういう判断をしてですよ、当り前のことをやっているだけなんです。冒険じゃない、当り前のことです。誰かがやらなければならない、当り前のことを、私の時代にやっておく、というだけのことなんです。」稻村長官が在任中に元号法制化は決
稻村さんがそう言ったから、あなたにその意見の解釈をあるいは批判をと言っているのじゃないのです。総務長官は、公式制度の問題についての担当大臣です。これらの問題について、そうお考えになっていらっしゃるのか、いらっしゃらないのか、あなたの言う憲法論は、憲法の立場はこういうこととなじむのか、なじまないのか、あなたの解釈を聞いているのです。政治的な信条を聞いているのです。
いまあなたの仕事を通して、建国記念日というのは政府が主催するというようなことはお考えになっていらっしゃいませんね。
私の聞いているのは、長官はいまお仕事を通してというふうにもしあえて言って悪ければ、個人的にこういう御見解に立つか立たないかということを実は承っているわけです。長官が個人的にとこう言っても、なかなか長官の肩書きと切り離れて論ずることはできないのかもしれませんが、前の長官がこういうことを長官在任中に言っていらっしゃる。とすると、それがその後の経過の中で政府の、あるいは総理府の動きとしてあるのかな、あるいは引き続いてそういう形のものを考えて何か知恵をしぼっていらっしゃるのかなというふうに私としては想像せざるを得ない。 そこで、たとえばいまの政府が主催するとか、「靖国神社というのは、国家護持するのが当り前の、まん中なんです」というような
それでは、公式制度連絡調査会議でこれらの問題点というのは議論の対象になっているかなっていないか、これだけお尋ねしておきます。
それでは、公式制度連絡調査会議というのは、元号法制化とのかかわりはどんな形であったのか、あるいはいま公式制度連絡調査会議は何をやっていらっしゃるか、そのことだけ御答弁をいただきたいと思います。
そうだとすると、その種の問題というのはこの公式制度調査会議で議論をなさる形になるわけですか。それになじむわけですか。
私はさっき稻村さんのやりとりを全体として拝見をして、大変なことを考えていた総務長官なんだなといまごろ思うわけです。まあやっておられるときからいろいろな意味で、あの人の人柄なり考え方なり発言というのはそれなりにいろいろな問題を起こす人だなと思っておりましたけれども、それにしてもこれはもう大変なことです。現職の総務長官の時代ですからね。いまになってみると、おやめになるころだったからしゃべったのかもしれませんけれども、それはそれとして大変な事柄だろうと私は思うのであります。こういう考え方が実際は元号問題についてもさまざまな反対論者に対する、あるいは反対の運動に対するいわゆる右翼的な政治活動をしておる人たちの妨害といいましょうか、問題を起こ