防衛局長が二度三度お訪ねになったというのは正確じゃないですね。私は訪ねられておりません。その点ははっきりしておきたいと思います。 そうしますと、要するに、防衛庁としては、択捉島問題については統一見解をいまだに持ち合わしていないということだと理解してよろしゅうございますか。
防衛局長が二度三度お訪ねになったというのは正確じゃないですね。私は訪ねられておりません。その点ははっきりしておきたいと思います。 そうしますと、要するに、防衛庁としては、択捉島問題については統一見解をいまだに持ち合わしていないということだと理解してよろしゅうございますか。
率直に申し上げて、国民にいろんな不安を与えただけではなしに、国際関係にも微妙な影響をもたらしているということは、私もこの前申し上げました。そしてそのことについてその事実を率直に認められました。そのような影響というものをもたらしたのは防衛庁――栗栖発言に端を発していますが、防衛庁がその問題に対する火元であります。そしてそれだけの国民的な不安や国際的な関係に影響を及ぼしたものについて、その後二カ月も経過していながら統一見解も持っていない。あれもあるかもしれないけれどもこれがあるかもしれない、結局大したことはなかったということをいま言わざるを得ないという経過について、私は非常に危惧を感ずるのです。つまり何か起こるぞ、何か起こるぞと、だから
私の言いたいのは、国民に不安を与え、国際関係に微妙な影響を与えたという防衛庁の責任ということを問うているわけであります。いま栗栖さんの発言についての統一見解であるかないかということを聞いているんじゃないんです。その点の長官の誠意ある、これは非常に政治的な意味を持っていると思いますが、反省の言葉なりあるいはまたそういう経過について率直に見解を述べていただきたいと思います。
栗栖前統幕議長は、その後も例の超法規的行動という発言に関連をして辞任させられました。先ほど人事局長から、辞表が提出されて云々という言葉がありましたけれども、世の中は、栗栖氏は解任をされたと受け取っています。それが正確だと思います。栗栖氏が、日本が奇襲攻撃を受けたとき国会や政府が防衛出動を命ずるまで時間的空白が生まれる可能性があるので、その間自衛隊が独自で行動することもあり得ると言ったわけでありますけれども、これが憲法や自衛隊法の立場を無視する発言であることは言うまでもございません。その立場から見て解任は当然だと私も考えます。自衛隊が政治の意思を離れて独自に行動することが許されないことは言うまでもありません。いま問われているのはシビリ
そうしますと、今後自衛隊は超法規的な行動というのは絶対に認めないし、あり得ない、そういうことをはっきり断言していただきたいと思います。
いま防衛庁長官が言った言葉、つまり軍部の勝手な行動を阻止できなかった、旧軍隊の行動が戦争を非常にエスカレートさせていったという経過があるわけであります。その立場に立って、その反省に基づいて、総理大臣の出動命令が出る前は動かない、これを基本原則としているのが自衛隊法であります。第二の点は、言うまでもなく、首相命令と国会の承認の関係、これが担保されていると言わなければなりません。 私は、いま取りざたされている事態の中で、シビリアンコントロールというのを制服を内局がコントロールするというふうに置きかえて、あるいはそういうふうに議論されている傾向というのを非常に危惧いたします。私が言いたいのは、シビリアンコントロールというのは、防衛庁の
そうしますと、一部に、法解釈から見ると栗栖氏の発言というのは決して超法規的ではない、つまり自衛権の解釈、正当防衛、緊急避難の法理論から認められる理屈だという理論もあるわけであります。つまり自衛権が認められる以上、攻撃に立ち向かうことは法の精神から認められるのは当然だというような考え方があるわけでありますが、少なくともそういう考え方には立たない、防衛出動、つまりシビリアンコントロールのたてまえを原則にしていくことが防衛庁の正式な見解だというふうに理解してよろしゅうございますか。
言うまでもありませんけれども、自衛隊の最高指揮官は総理大臣であります。その指揮のもとで防衛庁長官が自衛隊を指揮監督するということになっているわけであります。もし、総理大臣や防衛庁長官が自衛隊の指揮監督を十分に行って、自衛隊がこの指揮監督と言われるものに信頼を寄せているとすれば、栗栖発言のようなことは起こらなかったという見解もございます。一つの主張だと私は思います。 栗栖氏は例の認証官問題、あるいは「ウイング」紙の問題、あるいは先ほど指摘をいたしました択捉問題など、何回か問題を起こしてまいりました。私は、このことを前科三犯とこの前の委員会でも申しました。このような問題発言を長い期間にわたって何回か繰り返してこられたということは、そ
泣いて馬謖を切るというお言葉がありました。言ってしまえばあなたの部下です。そして一遍は辞表を出したものを慰留して二回目の問題だということであります。防衛庁自身の立場から言えば前科三犯ないし四犯というわけです。そしてあなたは栗栖統幕議長を解任させた後、二十七万の自衛隊員に対して一つのけじめを示すために訓示も行われたり、あるいはまたその後の不安動揺を食いとめるための努力をなさってきたということを聞いております。 しかし、私の言いたいのは、自分の部下の責任と言われるものをみずからの責任というふうにお感じにならないとすれば、かなり問題があるのではないだろうかと私は言わざるを得ません。その上に、これは七月三十一日でございますが、いわゆる日
私は、ブラウン長官が言ったからとか、新聞記者諸君が取り消してくれなかったというようなことを言うのは長官らしくないと思うのです。 あなたは日中共同声明というのを知っていますか。一九七二年に日本政府は、中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを承認するという立場をとっているのです。つまり、台湾は中国の一部である、二つの中国という立場に立たない、これが常識になっているじゃございませんか。台湾の問題をアメリカが言ったから、金丸防衛庁長官がそれを日本でも言った、これでは日本の閣僚として、同時に国民に責任を持っている者として、国際的に取り決めてきた共同声明という約束事をあなた自身が内政干渉的に踏みにじっていると言われても仕方がないじゃ
私はそのことを言っているのじゃないのです。台湾の国際法的な位置づけを日本がどう受けとめているかということについて長官は十分認識しておらないのじゃないか、ここを私は言いたいのです。運命共同体ということの意味は、いまあなたが朗読をされた言葉遣いで表現できるものじゃないのです。栗栖さんを解任したその人が、そして全自衛隊に訓示をたれたあなたが、自分のことはたなに上げておいてこのような重大な政治的発言というものを重ねてこられたことについて、私はむしろあなた自身の、人の首を切った人自身の責任を指摘しておかなければならぬ。日中平和友好条約が福田内閣の手によって調印をされた。その内閣の閣僚の一人として、一体内閣の一体性というものはどうなっているのだ
ここに七月二十六日付の韓国で発行されている朝鮮日報という新聞の記事がございます。見出しは、「日、韓国安全に支援」「自由国家は共同運命」という大きな見出しであります。その中で「金丸信(日本防衛庁長官)は、二十五日「アジアの自由国家の中である一国でも動揺する場合これを対岸の火として見過ごすことはできない」と述べ、韓国、日本等アジアの自由国家はお互いに助け合い、協力し合わなければならないと強調した。」と報道されております。そして、「韓国に不幸な事態が発生した場合「日本は物、心両面の支援をすることは当然のことと考える」」と述べておられます。この「物心両面」ということの意味はどういう意味ですか。
この新聞は、韓国では東亜日報に次いで二番目に大きな新聞だそうであります。新聞記者の責任というものに転嫁することも、あるいは簡単かもしれません。しかし、この前後のあなたの発言というものは、これと全く同じことを言っているのです。だから、私はそんなことを言った覚えがない、こう言ってみても、そこのところは水かけ問答だろうと思うけれども、まことに不注意な発言である。いや不注意どころか大変問題を含んでいる発言だと言わざるを得ません。その中で次に、「彼は訪米中、米太平洋軍司令官ウィスニ提督から今後一、二カ月間の間、北傀の」、北傀というのは朝鮮民主主義人民共和国のことでしょうけれども、「対南ゲリラ活動が予想されることを伝え聞いたとしこのように述べた
ブラウン国防長官に会った際に、「アジアの自由国家は共同運命体であることを強調、韓国はもちろんその他のどの国の安全に脅威を受けても、アジアの安定は維持できないことを力説し、駐韓米軍撤収に対する再考を求めたことを明らかにした。」というふうに指摘をされていますが、これも事実ではございませんか。
そうすると、先ほどの韓国の朝鮮日報の記事というものは全部うそだ――単独記者会見をされたことは事実ですね。
この問題はまだ問題がございます。ただ、当然臨時国会などで防衛庁長官の責任問題を含めて追及をしなければならない課題だろうと思いますが、この問題についてはきょうは、とにかく栗栖さんの首を切ったあなたが問題を起こしても、その発言を簡単に取り消せばそれでその地位に居座っていくことができるというような、昔の言葉で言えば時の気持ちをわきまえない防衛庁長官について、私は、二十七万の自衛隊の諸君はどう考えるだろうかということをもうちょっと、政治責任の重さという観点からも自覚をしてほしいものだ、こう思います。その意味では、その追及は当然臨時国会でも行われていくと思います。したがって、この質問はこの辺でとどめまして、後に残しておきたいと思います。いずれ
かつて久保防衛局長の時代に、平和時、緊張時、有事と三段階に分けて防衛問題を考える構想が示されたことがありますけれども、有事というものをそういう位置づけの中でとらえていらっしゃるかどうか。
防衛庁は昨年八月以来、先ほども御発言がございましたが、有事の際の自衛隊の任務遂行上に必要な法制上の研究を進めてこられたわけですけれども、今日の段階でその進捗の状態を明らかにされたいと思います。
大体有事ということをとらえて、これは当然有事立法とも深いかかわりを持ってくると思うのですけれども、そのためにつくっていると言っていいだろうと思いますが、自衛隊法第百三条の強制徴用にかかわる政令、それらとの関係で政令の未制定の部分やあるいは政令の不備な問題点、こういう点をすでに相当作業を続けておられると思うのですが、その点はそのように受け取っていいかどうか。そして、その中身をぜひ示していただきたいと思います。
百三条に関連をして、政令は未制定である。政令というのは国会にかけませんね。つまり防衛庁が勝手にやることができるわけですね、各省庁と連絡をとれば。ここに非常に大きな問題点が私は含まれていると思うのです。つまり国会の議決を経ないでも、あるいは審議を経ないでも、特に国民の権利に対して大きな制限を加えることになりかねない、こういう問題点を指摘をせざるを得ません。 それから、当然のことながら、自衛隊法の八十五条あるいは八十六条あるいは百一条あるいは百六条、こういう問題にかかわる適用除外規定の新設などについて検討をなさっておられるかどうか、あるいはこの関係で特別の立法というものを用意されるおつもりがあるのかどうか、お尋ねをしたいと思います。