今ちよつとわかりませんむれども、大体港湾は御存じのように、内務省からわかれた関係上災害に関係したものは多分運輸省で全体やつておるのではないかと考えます。それもよく調べて御報告申し上げます。
今ちよつとわかりませんむれども、大体港湾は御存じのように、内務省からわかれた関係上災害に関係したものは多分運輸省で全体やつておるのではないかと考えます。それもよく調べて御報告申し上げます。
お答えいたします。廣島、呉の兩市を除外いたしましたのは、提案理由の際にも御説明いたしましたように、この法案は、憲法二十二條で保障されておる自由權を多少限定する強い制限を伴うものでありまして、地域的にも、期間的にも、でき得る限りこういう強制法を避けたいという趣旨から、現在の二十三都市の抑制都市の抑生都市を、今囘は九つ外して、十四都市にしました。その都市も、市街地が連續して、特に抑制の必要なる京濱地區とか、或いは京阪地區及び北九州地區に限定したのであります。 又廣島、呉兩市におきまする實情を申上げますと、今年の三日から九月までにおける人口に流入程度は、大體月平均廣島市が二千六百人で、呉は逆に月に六十人ぐらいの減少になつておりまして、
只今兼岩さんからのお説の通りでありまして、この局名と内容とが相当範囲が狹いということは我々も認めておるのでありますが、実はこの戰災復興院と國土局との合併によつての建設院の設置でありまして、結局今院と局との現在持つておるところの所管事項についての分類でありますために、内容は從來の國土局の河川課で管掌しておつたものだけをここに羅列しておるので、いわばこれを端的に申しますと、我々又一般大衆はこういう水政局というものよりも、本当に実体を現わす治水局とか、或いは又河川局といつた方がよろしいと考えておるのでありますけれども、いろいろ戰災復興院或いは法制局との折衝の結果、先ず將來における拡張というようなものに多少の含みがあるやに聞いておるのであり
國土計画に関しましては、從來から、戰爭中において企画院がありました時代において、初めて日本の國土計画をどうするかということが詮議、考究せられたのでありますが、その当時においては御存じの通りの廣域國土計画と申しますか、要するに南洋とか、或いは又大陸というようなものもその対象にした國土計画の線が進められて、一應具体的に纏つたように聞いておつたのでありますが、敗戰の今日におきましては、そういつたことは全然計画の中に織り込むということは不可能なため、現在における日本の狹小な國土で、而も八千万人になんなんとするこの入口を、どう配分するかということにつきまして、國土局におきましては終戰直後、すぐそういう線に沿うてどう國土計画を立てたらいいかとい
この考は相当大きいので、私から御答弁するのはどうかと考えますけれども、私個人の意見をこの席で述べることをお許し下されば、その当時におきましては、我々その衝に当つておる者といたしましては、少くとも今後の日本の再建建の捷径、又再建の基盤である建設行政は、少くとも今お話のように一省を設立して、そうして國土計画を根本的に一日も早く樹立して、その線に沿うて日本再建を計るというような意見を持つておつたのでありますが、内務省解体に伴うて國土局と戰災害興院とを合体するという意味においての建設院というようなものができたような次第であります。
このたびの法律で、期間を切つてということを特に入れましたのは、從來の實績に徴しまして、これを入れた方がよろしいという考えから入れたのであります。たとえて申し上げますならば、養成所とか、あるいは補導所あるいはまた一箇月か二箇月の講習會が東京で開かれる場合には、從來は轉入ができないために非常な困難を感じ、從つてその目的を達しないというような關係があつたものですから、そういうものに對しては一定の期限をきつて轉入を許し、その期限が切れたらまたもとの所に歸るということが、すべての目的を達成する上に非常に好都合である、こういう意味において期限を切つたのでありますその他災害のあつた場合に、他の方面から應援をするというような場合にも、食糧その他の關
十箇月とかあるいは一箇年ということでなくて、いわゆる臨時的のものを大體指していきたい、こう考えております。
その點につきましては、やはり御説の通り、ただいま申しましたような例示のものでなく、ほんとうに必要、たとえば個人關係で申せば、病人があつて、親類から看護に來なければならない、こういうやむを得ない場合においては、やはりこの期間を切つて轉入を許すというようなわけで、要するにこれは運用の方法によつて、この規定を活かしていきたいというように考えております。
この一定期間を限つて許すというのは、われわれは非常に考慮いたしましたので、今お話の通り期間を區切つてだんだんやれば結局永久におられるということになるので、この點は嚴重な査定をしなければならぬと考えております。
都會地の轉入抑制法でありますが、都市の收容力というのは、その都市の經濟、生産にマツチするように大體の最大限として取扱うべきものだと、國土計畫の上から言えば、當然考えなければならぬことと思います。しかしながら今の段階においては、結局この地域が住宅、食糧の事情が非常に十分でないという觀點から、轉入抑制をこの地に施いた方が、社會の治安を保つ上に、またその他の事情からいいのではないかという考えから、構想いたしたのであります。
全然考えないことはありません。要するにいろいろな悪条件が一日も早く緩和できれば、この法案は撤去して、都市の持味までの人口の流入が自由になるようにわれわれは希望しております。
大體われわれとしてはそう考えております。
これはやはりその都市における住宅なり食糧の配給、その他の悪条件を見ますと、おのずから限度が起つてくると思います。しかし家庭で申せば、一升のますに二升も三升も一度に入れると、それだけのものはあふれて、社會のいろいろの悪の根源とか、また治安の上から非常に寒心すべきことが生ずるおそれがないことはありませんから、それを未然に防ぐということもまた考えたのであります。
この點についてはまつたく御同感でありまして、われわれといたしましては、抑制地域ばかりでなく、將來における日本の國土計畫の見地から、東京は何百萬が限度であるとか、あるいは阪神地方はどのくらいの收容力で、それ以上は困るとかいうことの研究を今いたしておるのであります。從來からの實績から申しますと、お説の通りに經濟力の過大な所に對して、人口の流入することは當然の理でありますが、しかしここに都市集中の幣が非常にあるのでありまして、これを何かの機會において抑制して、健全な都市の發達を願うことが、國土計畫上最も必要ではないかと考えております。一面においてはこの人口集中を住宅とか食糧で抑制はいたしますが、根本はやはり將來における都市の發達というもの
その根據は今どのくらいかということは、數字的には申し上げられないのであります。また事實どのくらいの者がはいるかということは、そのときの状況によつて判斷しなければならぬ。われわれとしては、とにかく從來の實況から見て、先ほど申し上げた通りに、都市の治安關係その他に對して、都市生活面で非常に悪影響を及ぼすという抽象的なことが相當加わつておるので、數字的にどのくらいが流入するかということをお示しするかということは、まだ統計も何もとつていないし、また考えても見なかつたので、ただ抽象的にこの問題は考慮しなければならぬというだけの問題であります。
ただいま抽象的と申し上げましたが、この抽象的ということは、現在までの東京なりあるいは抑制地域の人口の増加率というようなものから判斷いたしまして、當然今放任すれば——昔の東京ならば七百萬という人口があつた。それが敗戰直後においては二百何萬に減つた。これを放任すれば、何かのときにおいて、結局住宅なり食糧を無視してでもどしどし押寄せる。いわゆる七百萬ぐらいの限度になるという状況は一應うなずけるのであります。しかしそれは事實そういうような人口ははいつてこない。しかしその人口ははいつてこない。しかしその人口の増加率は、敗戰後は從來の増加率と比すれば、よほど急激に増加するということは一應は考えられますけれども、どのくらい増加するという規定の材料
參考案として御配市申し上げた通りに、大體抑制以後は月に三萬前後になつておるのであります。抑制前は、たとえばこの表で見ますと、終戰後において二百七十萬のものが、四箇月間に百六十六萬ばかり増加しておるのであります。
その點につきましては、從來から緊急措置法案の場合の基準は、今お手もとに差上げた通り、その範圍内においてやつておりますので、非常に廣範圍にわたつたものなのであります。しかし今後この基準はなお皆様の御意見も總合いたしまして改善をしていきたいと思つております。
從來の實績から申しますと、抑制した都市でいきますと、東京で申しますれば、なお三〇%の轉入の餘裕がある。京都では四〇%、大阪ではなお殘りが六〇%、堺では一〇%、岐阜では滿度になつております。
今申し上げたのはその差額の話です。東京では現在七〇%になつておりますから、この基準でそのままいけばなお三〇%のものがはいり得ると考えております。