一兆一千億という、余った米の処理に使ってきたということ、それを、四十三年が無理としても、四十四年から、農業に力をつけるという意味において、あるいは当時言われておった、外国農産物に対する対抗策としても考えなきゃならぬと言われておった、そのことに、当然、その財政的な資本投下が行なわれてしかるべきでなかったのか。そのことが、私は、もし行なわれているとするならば、今日もちろんそのこと自体で解決するとは思いませんけれども、やはり、農業の新しい芽を引き出す芽を引き出す一つの何かが出てきたのではないか、こういう実は気持ちがして、残念でならないのでありますが、佐藤総理、この自由米の問題について、今後、消費者あるいは農業の問題について大きな影響が出て
