それでは端的に申し上げますが、この自主流通米によって全体的な量の調整、いわゆる需給と供給のバランスがどのようなかっこうで今後とれていくのか。そういう一つの大きな長期的な展望の上に立って、この自主流通米が出てきたというように私は判断したいわけでありますけれども、それが具体的に、長期的にどういうかっこうで進んでいかれるのか、その点をお伺いいたします。
それでは端的に申し上げますが、この自主流通米によって全体的な量の調整、いわゆる需給と供給のバランスがどのようなかっこうで今後とれていくのか。そういう一つの大きな長期的な展望の上に立って、この自主流通米が出てきたというように私は判断したいわけでありますけれども、それが具体的に、長期的にどういうかっこうで進んでいかれるのか、その点をお伺いいたします。
それは、私は後ほど詳しくまたお聞きをいたしますけれども、少なくとも農林省は米がだぶついた、余った余った、こう言っていらっしゃるわけでありますから、全体的な需要と供給のバランスをとるという意味でこの自主流通米が考えられているとするならば、それなりに私は理屈は通ると思うのです。その点を大臣はっきりしてください。
そういたしますと、全体的な量の調整の問題については、必ずしもこの自主流通米一つでは解決できない。それは、全体的な面積の問題とかそういうものが関連をする、そういうことですね。そういたしますと、私はこの自主流通米のほんとうの意味は、なるべく政府の扱う量を減らしたい。たとえば、四十二年産米を九百八十万トンをこえて政府は買った。政府が買えば、約四千円前後の政府負担というものが、正直に言ってかかるわけでありますから、それをだんだん減らしていけば食管の赤字は増大をしてまいりません。私はほんとうのねらいは、なるべく国が扱う量を減らして、自主流通という名のもとに、その手を省いていくというのが本旨ではないのか、このように理解せざるを得ないわけでありま
私も、米の質をよくしていかなければならない、消費傾向に合わせて、生産の質的な転換をはからなければならないということはわかるわけであります。おいしくないお米をたくさんつくるよりも、おいしいお米をたくさんつくるということは、それは消費者のためでもあるし、農民のためでもあるわけであります。私はそのことを否定するわけでありません。肯定をいたしたいわけです。しかし問題は、この自主流通米というものの真のねらいというものはそういうことではなくて、私は大蔵省あたりからの強い圧力によって、食管会計が年々大幅に増大をする、このような状態が続いていくならばたいへんなことになるということから、そこら辺に視点が当てられて、政府の扱う量をだんだん減らしていって
それでは具体的にお聞きをいたしますが、自主流通米で集荷業者に販売の委託が行なわれた場合に、その格づけなりそういったものは具体的にどうなるわけでございますか。だれがどこでどうやるのですか。
米は一年に一ぺんしかとれないのであります。すでに四十三年産米の検査は終わっております。これから食糧検査官が銘柄を検査をする。検査をしていく銘柄の中には、品種別の銘柄もありましょう。あるいは産地銘柄もあります。いろんな要素があるわけです。私は、農林省の中でもこれはすでに検討されておると思います。現実に自主流通米の場合に銘柄検査ができるとするならば、なぜ現在の状態の中においても銘柄検査ができないのか。政府管理の中においても、その食味を加味するということは不可能ではないと私は思う。現在の管理の状態の中で不可能であるとするならば、それは自主流通米の場合でも、格づけをするということは不可能になってくるだろうと私は思う。そうすると、全く野放しで
何かさっぱりわかりませんけれども、正直に申し上げまして検査官が銘柄の検査をするわけでしょう。現在、全部国が管理してこれだけの機構を持っておる状態の中で、銘柄検査ができないといわれておる。それはできるかもわからないといま長官はおっしゃいましたけれども、できるとするならば、もうすでにそういう実施の段階に入って、消費の動向に合わせていくということは一つの方法として考えられると思うのです。しかし、それが現実にはできない。できないから自主流通米に流す。自主流通米については、米の検査官に、これは銘柄の検査をやりなさい、これは自主流通米の別のものでございますということで、買い付けまで別にやらなければこれは意味をなさぬわけでございますから、そういう
そうすると、ある産地のものは銘柄がそれぞれ明らかになるけれども、ある産地の自主流通米については、一等、二等、三等というような等級だけの格づけに終わってしまう。そういうアンバランスができてくるということが、当初は考えられますね。
画一的に銘柄の問題についてはできない、部分的な問題についてはできるだろうけれども、画一的な問題についてはできないというふうにおっしゃるわけでありますが、技術的には確かにそうかもわかりません。しかし、自主流通米百七十万トンが流れるという状態の中において、そういうことが食糧管理行政上よろしいのかどうか、その点に対する考え方を伺っておきたいと思います。
話が横道にそれましたけれども、本題に戻りまして、私は全体の量の調整の問題について、どうも大きな疑問が残るのであります。今度のこの制度は、さっき質問のやりとりを聞いておりまして、国はとにかく全部買います、こういうことをおっしゃっているわけですね。予約をしてもらって、そのうちに自主流通米とそれから政府に売る米を分けて、出来秋には、自主流通米に分けるものは別にやっていいんだということをおっしゃるわけでありますね。そうすると、生産者は政府に一応予約をいたします。予約をしたけれども、予約以外に実はたくさんとれて売りたい、これを自主流通米として流したい、こういう場合に具体的にどういうことになりますか。
予約外の米が出た場合、政府に売りたい、こういうような事態が起こった場合には、政府が責任をもって、政府の買い入れ価格で買い取るわけですか。
そういたしますと、たとえば七百五十万トンがオーバーして八百万トンなり八百五十万トンになっても、それは責任をもって国が買います、こういうことでございますね。
それではっきりいたしましたが、それでは自主流通米の方法でございますが、集荷業者を通じて生産者は自主流通米に流すことができる、こういうようにさっきおっしゃいましたが、もしも個人で政府以外に売ったということになった場合に、それが食糧管理法に問われるかどうか、その点を明らかにしていただきたいと思います。
それでは、農家がつくったものは全量国が買う、こういう解釈になるわけですか。これはもうこの前の国会からの論争ですけれども、いま言ったような申し込みがくれば全部政府は買いますということと、つくったものを全部政府が買うということとどういうように違いますか。そこをはっきりしてください。
私はそこをはっきりいたしたいのですが、たいへん違うわけですよ。国に全部売らなければならないという規定で農家が解釈をする場合と、余ったから、政府が買ってくれるから持っていくという場合とはだいぶ違うんですよ。違うでしょう。私がこの前から論争しておるのはそのことで、長官はこの前、国は全部買い入れるという義務はないとおっしゃった。しかし、いま持ってきたら全部買いましょうとおっしゃっておるんです。そこら辺を明らかにしておかないと、たとえば、もしもそういう問題が起こったときに、食糧管理法のどういう形でその人を罰するかという問題が起こってくるわけですよ。集荷業者を通せば、これはいま言ったように、政府に売る米よりも消費者は高く買わなければならぬとい
食糧管理法三条違反、こうおっしゃいますけれども、あなたはこの前の国会で、政府は全量買う義務がない、こうおっしゃっている。「命令ヲ以テ定ムル」というのは、政府が必要な量だけを買うというのが前提だ、こうおっしゃっている。そうすると、七十俵なら七十俵を私が予約をいたしました。これについては政府の命令として受け取るわけです。しかし、幸いにして十俵余分にとれた。その米は予約をしてありませんから、私はこっちのほうへ売りますよということで、親戚やあるいは米屋のほうに直接売ったという事態が発生した場合に、それは施行令の五条の五の、政府以外に売ってはならないということによって罰則を受けるのか、そこら辺を私ははっきりしていただきたいということなんです。
そういたしますと、自主流通米というものは、いま申し上げましたように、農家の方方は集荷業者を通じて売らざるを得ない、それ以外は一切まかりならぬ、こういうように解釈をするわけですね。それでよろしゅうございますか。
そうしますと、これは論争をもとに戻すようでありますけれども、国が全量買わなければならないという解釈、政府以外に売ってはならない、こういう規定をするというわけでありますから、つくったものは政府で全部責任をもって買う、こういうことになりませんか。
そこで、一応政府が全部買ってくれる、こういうことについてははっきりいたしましたから、農家の人は安心するだろうと私は思うのです。つくっても、とにかくできたものは全部買ってくれる。ただその方法は、政府が買うか自主流通米か、こういうことになるのですね。 そこで農林省としては、非常にむずかしい問題ですけれども、自主流通米の生産者の販売価格、家庭における消費者の買ういわゆる消費者価格というものは、一体どういうところに実勢価格というものが落ちつくだろうか、このような判断がなされてしかるべきだと思うのですが、大体どのような推移で価格の問題が動いていくか、その予測をひとつお知らせいただきたい。
そこで問題になりますのは、先ほどの御質問の中にありました政府管理米の価格の問題で、基準価格という問題でございますが、私は、やはり生産、消費の価格の動向というものは、これによって相当左右されていくだろうと思う。そんなに極端に価格が開きますと、やはり配給米のほうにずっと消費というものが集中するでしょうから、これは極端な格差というものは、ごく一部のものを除いては生じないのではないだろうかということは、一応考えられるわけです。 その場合に、私もさっき説明を聞いたがどうもはっきりわからないのですが、政府の管理米に標準価格を設けて指導するということは、いまの配給米と内容が違うのですか。それ以外にないと思うのですが、その点ちょっとお知らせいた