お答え申し上げます。 雑誌の記事は私のほうでも関心を持ちまして、どういう根拠でああいう数字が出たのか調べてみましたところ、大体賠償関係でいろいろ技術者が行っておりました、それを全部協力要員ということにして数字を寄せたものだと思います。
お答え申し上げます。 雑誌の記事は私のほうでも関心を持ちまして、どういう根拠でああいう数字が出たのか調べてみましたところ、大体賠償関係でいろいろ技術者が行っておりました、それを全部協力要員ということにして数字を寄せたものだと思います。
従来一々新聞雑誌に出る記事に訂正のあれを出してはおりませんですが、問題が問題でございますから、発行当局のほうに適当に注意を喚起するつもりでおります。
先ほどの数字のうち、六名が昨年参りました医療団でございまして、お医者さん、看護婦等の六名、あとは全部ダニム・ダムの送電線関係の建設の技術者でございます。(「ダニムは去年すでにでき上がっているじゃないか」と呼ぶ者あり)建設以外のあれを統計しているようでございます。 〔発言する者あり〕
その点も当時雑誌記事が出ましたときに問題になりまして、チェックしたのでございますが、いままでダニム・ダム関係で派遣されました技術者の延べの人数を言っている、その数字に該当することがわかりました。現在はそんなに向こうに日本人もおらないのでございます。
ですからあの雑誌の記事は私のほうは誤報だと見ておるわけでございます。ですからアライズというところに入れたのも間違いでありますし、過去からの延べの人数をさも現在それだけ全部いるというふうに書いたのもこれは誤報と、そういう判断でございます。 〔「タイムへ行ってよく調べてこい」と呼ぶ者あり〕
具体的の出発の日時及びパスポートの種類につきましてはすぐ本省と連絡いたしまして、あとで御報告いたします。
問題はどれだけの期間の延べをとったのか、その点雑誌社のほうとチェックしておりませんからあれでございますが、いずれにいたしましても、賠償工事が始まりまして以来派遣されました技術者の総数、それから具体的のパスポートとか出発日時については後刻資料をもって御報告いたします。
いま大臣から申されました船の問題、抑留者の問題を解決いたしましたのは昭和三十二年の十二月三十一日でございます。
いま条約局長がお答え申しましたとおりで、その裏に別に何も特別の申し合わせとか了解等ございません。
御承知のとおり、サンフランシスコ条約の四条の中であの軍令の効果を認められました条項というのは、最後の署名直前に入ってまいりまして、われわれも非常に驚いたわけでございまして、それで、それまではこの請求権問題については、相互放棄とかいろいろな案が考えられておったわけでございますけれども、米側の最初の立場は、こういうことは両者がさしで話し合えばいい、あらためて平和条約できめておく必要はないという立場であって、大体そのラインでサンフランシスコ条約ができるものと予想しておりましたところ、最後のこのサンフランシスコ会議の直前にああいう条項が入ってきて実はわれわれ驚いた次第でございまして、あれ以来いま条約局長が申しましたような考え方にならざるを得
米軍解釈をとるということを何か文書で約束したかという……。
たしか年末に拿捕船の問題等あれしましたときに、今後の交渉を軌道に乗せるいき方としてそういういき方でいこうということを、何かメモか何かで取りきめたことはございます。
はあ。
ただいま御指摘ございましたように、本会議の段階において、李長官が、そういうふうな――二ュアンスと申されましたが、趣旨の答弁をした情報は、私のほうも聞いております。
お答え申し上げます。御承知のとおり、米国の対韓経済援助につきましては、最初に一九四八年十二月の十日に経済援助協定が締結されたのでございますが、それが改定されまして、一九六一年に米韓経済技術援助協定の新しいのができまして、これがさっき先生の御指示にありましたように、一部に韓国経済の隷属化をねらっているものというような批判があったようでございます。そこで、その批判にこたえますために当時の駐韓アメリカ大使のマコノギーから、韓国の主権を尊重する、経済、行政等に関与しないという旨の書簡が出されまして、そして韓国の国会も、この書簡の趣旨を附帯決議として批准した。そういうことで、がんじがらめに韓国の経済、財政、主権がアメリカによって支配されている
委員会は、オーストラリア、カナダ、中国、 エルサルバドル、フランス、インド・フィリピン・シリア・ウクライナ。ソビエトと九カ国でございましたが、あとでウクライナはこれに加入いたしませんでした。
いまちょっと票数を持ち合わせておりません。
おくれまして恐縮でございます。 この問題につきましては、最初、ニューヨークの国連小委員会で、北鮮に国連の委員会が入れなかったけれども、韓国、南半分のみで選挙をするかどうかということを、まず国連の小委員会で二月の二十六日に表決に付しまして、そのときの結果は、賛成三十一、反対二票、それから十一票が棄権でございます。これに基づきまして、この小委員会、インドのメノンが委員長でございますが、これが現地に帰ってまいりまして、この委員会の中でさらに表決に付したところが、賛成が四、これはインド、フィリピン、サルバドル、中国、それから反対が二、カナダ、豪州、それから棄権が二票、フランス、シリア、こういう結果でございます。
お答え申し上げます。先ほど御指示ございましたように、米ソの共同委員会が、米ソ間の意見の不一致によって流産になりましたので、局面の打開をはかりますために米国が要請いたしまして、一九四七年の二月、初めて国連の第二総会にこの朝鮮問題がかかったわけでございます。その後、この年の十一月十四日に決議ができまして、国民議会の選挙施行を監視する。そうして国民政府の形成を援助する任務を有する国連臨時朝鮮委員会、メンバーは先ほど申し上げました八ヵ国でございますが、これの設置が決定されたわけであります。ただし、北朝鮮のほうでこの臨時委員会の立ち入りを拒否いたしましたために、委員会は、南朝鮮で行なわれました選挙、これは一九四八年五月に行なわれたのでございま
朝鮮の独立問題に関する一九四七年十一月十四日第二総会決議百十二号でございますが、非常に長い決議でございますが、要点を申し上げますと、まずA項におきまして、朝鮮問題というのか、やはり第一義的には朝鮮人民自身がきめる問題であるということをメンションしております。それから同じく二一項で、しかし、朝鮮人民の代表者が参加して、そうして、用のいわゆるかいらい政権ではない政府が任命されたものであることを観察するために、全朝鮮を旅行して観察する権限を持っている国連臨時朝鮮委員会を直ちに設置することを決議したわけでございます。 それからB項におきまして、やはり朝鮮の民族的独立が再び確立されるべきであることを再確認いたしまして、そうして、その後すべ