次に、農地開発の経済効果から見て、愛知用水以上の土地改良地区はなかったのかどうかということを聞きたいのであります。八郎潟の干拓は増産一石当りの事業費は愛知用水よりも安いと聞いておるのでありますが、もしそうとするならば、なぜ愛知用水をまず最初に選ばれたか、その理由をお聞かせ願いたい。
次に、農地開発の経済効果から見て、愛知用水以上の土地改良地区はなかったのかどうかということを聞きたいのであります。八郎潟の干拓は増産一石当りの事業費は愛知用水よりも安いと聞いておるのでありますが、もしそうとするならば、なぜ愛知用水をまず最初に選ばれたか、その理由をお聞かせ願いたい。
こまかい点でありますが、工事用の機械は世界銀行からの借款となっておるのでありますが、この金で輸入する機械は大型のトラックとか、さく岩機あるいはシャベルというようなことになっております。これと同じようなものは佐久間ダムが大量に買い入れておるのであります。この機械類を転用することはできないものでしょうか。
では次に生産性本部の問題についてお尋ねしたいのでありますが、現在日本には日本能力協会だとか、あるいは事務能力協会、日本科学技術連盟、産業安全研究所というような、大きなものでも大体六つくらいの、生産性本部と同種の事業をやっているところがあるが、なぜこの際政府においては、生産性本部だけを選んで多額の補助金を与えたり、あるいは低利の融資をしておられるのか、その理由を聞きたいと思います。
残っておりますので、農林大臣から先にやります。 最初にお尋ねしたいことは、農林省では今度の米の配給に当っては、大量の業務用米を配給されるということを聞いております。これはどういう規格で、どういうふうな価格で配給されるのか、一般の配給価格とのつり合いはどんな工合であるか、それを聞きたいと思います。
その規格はどういう規格でありますか。
そうしますと、一升百二十円ないし百二十円という非常に高い価格になっておりますけれども、同じ米の国内市場において二つの米価を持つということは一体どういうことですか。しかもそれが政府の計画によって行われるということになると、市場価格の原則に大きな反則となるように私たちは考えるのでありますし、それは政治としても無理な方式ではないかと考えておりますがどうですか。
そうしますと、何かやみ価格を政府が肩がわりされるように聞こえますが、それは誤解でしょうか。一般の消費者は特に内地米の不足に苦しんでいる。一カ月八日分かあるいは七日分の配給しか受けておらないのであります。それだけの米があるならば、それだけの米を一般配給の方に回すことは考えられないものでありましょうか。もちろん食管会計の立場から見て、それで財源を求めるということはあまり芳ばしい方法ではないと思うのでありますが、一般の配給に回すということは考えられないのでありますか。それをお聞きいたしたい。
この間の米価の決定に当って、米価審議会でバルク・ライン八〇%くらいの米価でなければならないということを強く要求され、大臣も了承されたということを私は記憶しております。そしてこの趣旨を守るとすれば、米価は少くとも一万一千円以上にならなければならないと私は考えておるのでありますが、今度きまった一万百六十円、これとの間には大きな開きがあり、農民は大きく失望しているのでありますが、河野農林大臣は米価審議会の要求を、この一万百六十円で満たされたと考えるのでありましょうか、どうでありましょうか、その間の事情をお話願いたいと思います。
そこで大臣も、日ごろから米穀の買い入れ価格を上げるよりも、米の生産費を引き下げる方がよろしい、こういうふうなことを主張されておりますし、私はそれが本筋であるというふうに考えておるのでありますが、一体米の生産費を引き下げる具体的な方途はどういうことをやられておるか。この間は確かに硫安の価格は引き下げられました。しかしこれによって農家一戸当りの生産費の節約は大体四十円だといわれておるのであります。しかしながら他方におきましては固定資産税が年々つり上げられております。この固定資産税をカバーすることができないからというので、小作料を引き上げられております。大臣は二倍にするとか何とかいうことを言明されたということを聞いておりますが、そういうふ
小作料の方は……。
自治庁長官にお尋ねいたしたいのでありますが、小作料の引き上げの一番大きな原因となっているのは、固定資産税が高いのである。今までの小作料をもってしては固定資産税を支払い得ない、こういう小作料をきめていると、地主側にとっては、一応地主を認めている限りにおいては不当であるために、小作料の引き上げに一番大きな口実を与えるものと思っております。固定資産税は今また増徴されるということを聞いておりますが、そうしなければ地方自治体の財政は持たないのであるか、これを聞きたいのであります。
それでは農林大臣に対する質問は終りまして、生産性本部に進みたいと思います。 大蔵大臣にお尋ねしたいのですが、生産性本部に融通されている円資金の償還計画ですね。何か大蔵省は五年間のうちに償還しろということを生産性本部に言っておられるそうですが、そういうことがあるのでしょうか。
きまってはおらないかもしれませんが、生産性本部で、私はきのう会計から聞いたのですが、大蔵省は五カ年間に返せと言っているが、とても五ヵ年間に返せないから困ると言っておった、それでお聞きしたのですが、それで生産性本部はいまだ償還計画を立てておりません。償還計画が立たないうちに大蔵省はお貸し付けになるつもりであるか、それをお聞きしたい。
こまかい点でありますが、政府は生産性本部に融資一億五千万円のうち、四千万円は石炭協会へ振り向けられておるというのであります。ところが石炭協会の石炭鉱業調査団招聘費というもののうちで、世界銀行負担分二千万円というものを計上いたしておるのでありますが、こういうことは当然政府がやるべきである、自分たちは石炭協会に払いたくない、こういうことを言っておるためにこの二千万円を生産性本部へ返す目安はつかない。そこで生産性本部ではこの償還の計画が立たないというようなことを言っておりますが、その点はお聞きでしょうか。
それでは次に進みます。生産性本部では、ドイツ等西欧の例を見ましても、二、三年そのままの収支状態でがまんするのでなければ成果は上らないということは、西欧の実情になっております。従って二、三年間は政府に年々同じ程度の援助を求めなければならないという事情にあるのでありますが、生産性本部自身においても同じようなことを要求いたしておるのであります。従って政府は補助金のほかあの融資を今後とも続けられる考えでおられるのかどうか、これをお聞きしたいと思っております。
生産性本部は大体財団法人であり、従って大きな事業収入はないわけであります。そこで外郭団体の寄付金やあるいは会費にたよっておるのでありますからして、年々何千万円の元利金を支払うことは事実上困難になっております。大蔵大臣は今後の運営を見て研究する余地ありと言われておるのでありますが、実際問題として融資された一億五千万円というものは、結局国庫補助金の増額によってこれを償還するという結論になるんじゃないかというふうに考えるのですが、そういうことはお考えにならないでしょうか。
大体生産性本部の活動については、日本とヨーロッパとでは条件が非常に違っております。先ほどからいろいろ論議がございましたが、欧州で成功したからといって、それがそのまま日本で成功するとは考えられないのであります。労働力が比較的少くて、そうして完全雇用に近い欧州と異なって、日本では労働力が多過ぎて年年多くの失業者を出しておるのであります。生産性向上は、能率増進とかあるいは企業合理化として、私企業の利益のみを考えておって、落ちつくところは人員整理の合理化であるというふうなことは過去の経験であります。従って生産性向上は、雇用問題から切り離しては考えられないと私たちは思っております。今度の生産性向上運動は、国民の生活水準を上げることを第一とし、
生産性本部で作っているいわゆる三原則には、その第一として、「生産性の向上は、究極において雇用を増大するものであるが、過渡的な過剰人員に対しては、国民経済的観点に立ってあとう限り配置転換その他により、失業を防止するよう官民協力して適切な措置を講ずるものとする。」ということは述べてありますが、就業が事実上困難な現在において、「配置転換がそのように容易に行われるのでありましょうか。これは労働大臣御存じであると思いますが、先般の富士自動車の大量解雇の場合において、配置転換ということを考えられておりましたが、また特殊産業の配置転換も考えられておりましたが、それがほとんど一%にも足りない配置転換しか行われておらないのであります。このような状況下
私は生産性向上のためには失業者が当然現われると思うのでありますから、労働者が喜んでこれに参加するためには、その前に失業しても最低生活は保障してやるんだということをはっきり政府が打ち出していただくのでなければ、労働者はこれに参加しない。従って国民運動にまで浸透することができないから、生産性向上運動はできなくなるんだ、従来の産業合理化ということと同じ結果に終ってしまうんだということを申し上げておるのであります。生産性向上をする前に、まず社会福祉事業を徹底してやってもらいたいということを要求しておるのであります。
最後に、余剰農産物の受け入れによって最も大きな圧迫を受けるのは農産物価格である。これは間違いないと思います。従ってこれによって得た資金はむしろ補償の意味で農業開発に回すべきではなかろうかと私は考えるのでありますが、農業方面に融通されるものは全体の一割にも達しない金額である。公平の観念にはなはだしく反すると思うのでありますが、政府はどのように考えられるのでありますか、この点をお伺いしておきたいのであります。