第二の要求は、浦川地区の洪水後の河川の状況を所長がみずから現地視察をする、こういう答弁をいただいておりますけれども、所長は現地をいつ見られたのか、あるいは見ようとされているのか。
第二の要求は、浦川地区の洪水後の河川の状況を所長がみずから現地視察をする、こういう答弁をいただいておりますけれども、所長は現地をいつ見られたのか、あるいは見ようとされているのか。
天竜川の上流の泰阜地域を電源においても視察をされるというように答弁をしておりますけれども、これは実行されたのか、されないのか。
所長が来町し罹災者と話し合いをする、こういう確約をされております。所長が佐久間町へやってきて被災者と話し合う、これは実施されたのか、あるいはいっされようとしておるのか。
そこでもう一ぺんもとへ戻りますけれども、先ほど言った、深いふちがなくなったということ、大きな石がなくなったということ、それから柳の木が埋まってしまったということ、階段が十数段埋まったということ、その原因は何か。大千瀬川がそういうふうになった原因は何だ。そうでないという理由があるならその原因はわかるでしょう。それを具体的に説明してください。
わからないですね。建設省に聞いてもわからないという。これはわからないじゃ困りますので、大臣に過日伺ったときに、鋭意原因を究明したい、こういう政治的な発言を大臣からいただいたわけですけれども、これほど皆さんがおそろいでわからぬということになりますと、おがんでもらうか何かしなければしょうがない。わからぬわからぬだけでは困るんですよね。わからぬといってほうっておいたのではいつまでたってもわからぬ。どうすればいいですか。どうしたらわかるのか。多少罹災者の気持ちにもなって考えていただきたいと思うのですけれども、どうしたらわかりますかね。教えてくださいよ。質問というのはわからぬから聞いているので、ひとつ頭を下げますから教えてください。――時間か
やはり検討をするのであって、建設省としてもさっき言った四つの原因がどこにあるかは今日なおつかんでいない、こういうことですか。
そこで治山治水が先決問題だ、こうおっしゃる。土石が流れてきたからた去ったと言うが、昔だって上石は流れてきたのですよね。ところがダムがなかった当時は、その流れていた土石は天竜本水へ全部ぐあいよく流れていっておったのですよ。ダムができてから昔のように流れてきた上石がたまった、こういうことなんです。これは子供でもわかるのですよ。私どもはそう思っているのでね。そうじゃないというならそうじゃないという説明を求めなければならない。そこで、木を切り過ぎた、戦中戦後の乱伐がたたったと、こう言う。しからば大千瀬川なら大千瀬川、大入川なら大入川、あるいはそのほかの沿川の山が何年にどれだけ切られて、何年にどれだけ植えられて、何年にどれだけ生長したかという
建設省はどうですか。
私どものところには十一月一日付で来ておるわけでございまして、おっつけ建設省へも電源開発株式会社にも正式なものが参るというように思っておりますけれども、前例もあることでございますし、抜本的には船明ダムの建設等を行なわない限り、これらの問題は年々歳々多くはなっていっても減ることはないのであります。そこで船明ダムの建設によって画竜点睛ということになる。船用をどうしてもつくらなければこの下流の治水がうまくいかぬ。ところが浦川の問題が片づかなければ新豊根もできなければ船囲もできない、こういう事態が予想されるわけでございまして、また戻るのは浦川でございます。浦川ばかり言っていないで表川もやれといっても、表川はないので、やはり焦点は浦川ばかりだ。
明日という建設委員会の日程がございましたので私は申し上げたわけでございますけれども、けさほどの本委員会の理事会では、次回に検討してということでございました。それでもけっこうでございますので、ぜひひとつ取り組んでいただきたいと思うわけでございます。 長々と毎回たいへん失礼なことも申し上げましたと思いますけれども、真意はひとつ御理解をいただいて、早急に対策を確立いただきますようお願いをして私の質問を終わります。
前回に引き続いて、台風第十号による天竜水系の災害につき、建設省、電源開発、さらに総理府総務副長官等々にお尋ねをしたいわけでございますけれども、まず最初に、私はきょうの委員会に電源側の総裁の出席を求めたわけでありますけれども、何かお祝いがあって出かけたということでありますが、副総裁も同行されたということで、相変わらず前回から出席をされている桑原理事の出席しか得ないわけでありますけれども、きわめて遺憾であります。桑原理事の参考人としての答弁は総裁の答弁と見てよろしいかどうか、まず桑原さんに伺いたい。
しからばまず伺いますけれども、過日の私の質問の内容につき電源側の答弁を聞いたわけでありますけれども、第一点は、浦川地区の被害について承りたいと思いますが、私が地元災害対算委員会から手に入れた大千瀬川の最大流量と電源側が提出をされた大千瀬川の最大流量に大きな違いがあって、地元もこれを納得していない。そこで新たに資料をちょうだいいたしました。この電源側が提出をされました新たな資料によりますれば、八月二十九日二十一時二十分、二千八百六十トンという数字が出ておりまして、以下三十日の十一時まで水位計は停止をしていたので、あくまでも推定によるものだ。その推定には三種類の方法を使ってやったということで、四千三百トンを二十九日の二十二時において出し
これは地元住民には非常にいい感じに受け取られていないわけです。建設省も電源も、地元が三千トンと主張しているのに四千三百トンと主張するその根拠を知りたがっているわけなんです。私はやはり建設省も電源側も親切丁寧に、このときの水はしかじかかようだったという説明をなさらなければ、住民感情は悪化はしても軟化はしないということをお知らせしておきます。 次に、天竜川河状調査委員会の調査結果について過日も伺ったわけでありますけれども、大千瀬川が本川と合流する地点において七十五センチ上昇していることはお認めになると思います。さらにこの天竜川河状調査委員会の大千瀬川の八、九というところを見てみますと、八定点では五十七センチ下がっているわけであります
参考人の答弁によりますと、大千瀬川と本川との合流地点において七十五センチ河床が上がっておるのは、地元がやった河床沈下防止工事の結果であって、ほかには考えられない、こういうように把握してよろしゅうございますか。
いまも言われましたように、佐久間ダムと秋葉ダム湛水地域の途中は、天竜本川は異常な沈下があるわけなんです。これはダムと河川の河床の原則からいって、ダムの下流地点は河床が沈下をするというのが常識ですから当然のことです。そうすると、大千瀬の水は、河床が沈下をした天竜本川に吸い込まれるように流れていいはずなんです。ところが現実に現地であの大洪水を観測をすれば、バックウォーターこそあるけれども大千瀬の水は本川に出ないのです。むしろ本川の水が大千瀬に逆流してきているというような事態なんです。したがって、河床のことだけを考えれば、いまおっしゃったように本川がずいぶん沈下をしているので、もっとぐあいよく流れていいというふうに思いますけれども、本川の
電源側も建設省も、ダムができる前の出水時の天竜川の水の流れ方、あばれ方というものと、佐久間、私葉両ダムのできたあとの流れ方、あばれ方が非常に違っているということを、現地に行ってよく調べていただきたい。科学的に、水量はしかじかかようであった、副ダムがつくってあるからしかじかかようであるということだけでは解決できない現状というものが御理解いただけないのが非常に残念であります。そいううことをいつまでも言っておられると、地元感情はますます悪化をして、電源のためにもよくない結果になることは明らかだと思うのであります。建設省もこの点は鋭意実情の把握に御勉強をいただきたいということであります。 そこで、合流点から浦川の部落付近までに至る河床が
昭和四十三年度、すなわち本年度の天竜川河状調査委員会の計画書によれば、この七、八、九の定点はおたくの担当ですよ、測量は。なぜダムに何も関係ない大千瀬川をおたくが担当してやるのですか。断わればいいじゃないですか。
先ほど私が申し上げましたように、地元がやったと言われる大千瀬川河床沈下の工作物を今度取り除く、なお河床は上昇し、浦川地区に、あってはならぬけれども四たび目の洪水が来襲したというような場合に、大千瀬川の合流点の河床の上昇は工作物が原因ではなかった、何かしら両ダムの影響だということになった場合に、本日の答弁と違ってくるわけでありますけれども、あくまでも両ダムは大千瀬川の河床の上昇に全く関係がないと言い切れるのかどうか。電源側は言い切ったわけですが、建設省の見解を聞きたい。
そこで、県は地元とも相談をいたしまして、この災害対策として新たに百七十メートルを護岸する、二番目には二百五十メートルの堤防をかさ上げする、三番目には測量の結果を見て河床の切り込みを行なう、四番目には長さ五百二十メートル、幅五十メートルの放水路を建設をしたいというような具体的な対策を立案中と聞いております。建設省にもいろいろ相談をし、お願いが届いていることと思いますけれども、今後大千瀬の洪水を防ぐというために、建設省の管理する河川ではあませんけれども、県が行なおうとしている改良工事に対して、あるいは防災工事に対して建設省はどのようにお考えでありましょうか。
その際、電源側は、ダム側には全く責任がない、電源には責任がないという態度を徹底的に主張されるのか、あるいは地元、県、建設省と協議の上、配慮をする余地は全くないのか、見解を伺いたい。