ところで、伺いますが、第三者機関がいろいろ法科大学院に対して物を言うわけですわな。その物を言う行為は、行政的に見てどのような種類に仕分けされますか。
ところで、伺いますが、第三者機関がいろいろ法科大学院に対して物を言うわけですわな。その物を言う行為は、行政的に見てどのような種類に仕分けされますか。
わかりました。法科大学院というものを是認したとすれば、そういうことになるんだろうと思いますね。 ところで、法務の委員会の中で若干気になる言葉がちょっと出たんです。その評価機関に企業法務の人たちを入れたらどうかというような言葉が出ました。その企業法務の人たちというのは経験が豊かであるというようなことをちょっと言った人もいました。 私、これは絶対に反対です。企業法務の連中を相手に私も裁判をやったことがありますが、まさにひどいものだ。平気で偽証をする。会社のためになると思えば平気で偽証をする。法曹にとって一番大事なのは法曹倫理ですよ。その一番大事なところをどこかにぶっ飛ばしている連中ですから。こんな者を評価機関に入れたり法科大学院
その評価基準、これの細目はもう決まりましたか。
これは省令で決めると心得ますが、そうすると、その省令はこれから決めますよということを言っているわけですな。法務委員会でもそのようなことだった。 ただ、細目といっても、どこが大綱であってどこが細目であるか、これはなかなかわかりにくいところがあるんじゃないかと私は思います。私も一応中教審の答申に目を通させていただいて、これは何が細目だ、これは大変なところまで立ち入って文科省が指揮棒を振るんじゃないか、こう思われてならないわけですね。私は、そういうことは法科大学院という法曹養成機関としては最も嫌うべきところではないか、文科省としてはそこは避けるべきところではないか、そう思うんですね。 それで、まずカリキュラムについて伺いましょう。
いや、中教審でこのようにずっと答申の中に書き込んでしまえば、そのとおりになるんだと私は思いますよ。全く本当に細かくいろいろ書いてある、主な学科は何だと。それから、実務の基礎科目群、基礎法学・隣接科目群だとか、展開・先端科目、こういった問題についても、それぞれの法科大学院でもう選択の余地なんかない、私はこう思います。 私なんかこれを見ていて、ちょっともうろうとしましたな。一体何ですか。英語を片仮名に書きかえて書いているわけですね。一体これは何のことだと思ったら、後ろにちゃんと注釈がついている。こんなことはやめなさいよ。やはりここは日本の中教審が日本語でちゃんと書くべきだと思う。特に私なんかは語学に弱いものだから、こんなふうに書かれ
大臣、おっしゃることはありますか。ここまで中教審が答申を出していれば、もう法科大学院の自主性なんというものはなきに等しい、私はこう思いますが、御意見をどうぞ。
法科大学院の自由について敬意を表しながらお話をしているというだけでも、きょうの委員会は少しは意義があったかなと思うんです。 ところで、ちょっと予備試験との関係で伺いますよ。時間がなくなったので、ほかにもっと言いたいことがあるが、工藤さんのさっきの発言も納得しないから、またやりますよ。 大体、法科大学院を出て司法試験を受ける人の七割から八割ぐらいが司法試験に合格するように仕組むんだと。そして、それが三千人であるということになれば、法科大学院を卒業する学生の数というのは大体四千ぐらいに落ちつきますわな。そして、そのうちの三千人ぐらいが合格するというような形になる。そんなことで経営が成り立つのかどうか、これはまた後日の検討にさせて
時間が来ましたので、終わります。最高裁、済みません、来てもらって、さっぱり聞かなかった。それから、財務省も、もうちょっと聞きたいことがあったんですが、勘弁してください、そのうちたっぷり聞きますから。 終わります。
司法制度改革推進本部の第一号の法案が出てきたということでございますね。私、この関係資料を眺めまして、ああ出てきたなと思いました。いつもながらきれいによくできているなと思います、表紙はですよ。 それで、私ずっとめくってみまして、本当によくできているなと思うんです。ただ、不親切だなとも一方で思います。何のことやらわからぬ。私、まだ二十五年には達しませんけれども、二十数年間国会におりますが、資料の不親切さというものを今まで常に思った。そんなことぐらい常識だと言われればそうかもしれません。 私、特に法科大学院という耳なれない一つのシステムを見まして、さて、では法科大学院というのはどういうものだということでずっと参照条文を拝見いたしま
これを大臣に伺うのはちょっと気の毒かとも思いますが、大臣、どう思いますか。これは改めなくちゃいかぬじゃないですか。まだない法律がここにあたかもあるかのごとく麗々しく書いてあるわけですね。これは今、文科委員会で審議中、私が知っている範囲ではそうなっているわけですが、それならそれとちゃんと書いておかなくちゃ。どうお思いになりますか。今まで私も余り注意して見なかったけれども、大体こういうふうにしてつくっているのが慣例だと思うんですが、もしそれだとしたらこれは直すべきだ、私はこう思う。いかがでしょうか。
私は、ぜひそうしてもらいたいと思います。これを見るのは国会議員だけではないですからね。現に、そういった利害関係を持つ運動体とか学者なんかもこれをごらんになるだろうと思う。そうすれば、これはどんなものかな、これはちょっと不親切だなと思うに違いない。こういうところをまず改革すべきだと思いますね。 まずジャブはそのくらいにして、今度はまた別の質問に移ります。 ところで、司法制度改革推進本部としてこの法律をお出しになっているんですが、私の理解するところでは、司法制度改革推進本部というのは永遠な機関ではありませんわな。この法律は司法制度改革推進本部よりもずっと長い寿命を保たれると思うんですが、さて、この法律の主務官庁はどこになりますか
共管だと言えばそれはそうでしょうね。ただ、主務官庁というのは責任を持ってこの法律を執行していくお役所でありますね。法科大学院の教育と司法試験との連携等に関するという非常に重大な問題でありますからね。共管ということで今さっとお答えになった。共管というのはまさに共管でありましょう、これは文科省もかなり、かなりどころか非常にかかわりあるんでね。 そうすれば、この法律について、森山法務大臣は今ここにお座りになっておられるが、もう一人遠山大臣がここにいて、きちんとこの委員会の審議に対して責任を持つ、こういうことが必要なんじゃないんでしょうかね。 副大臣、おいでになっていますが、どうですか、文科副大臣。
法務大臣に伺います。 法務大臣としてお答えをいただきたいんですが、私は、法曹の養成ということ、これは非常に重い課題でありまして、このことについてやはり法務省が責任を負うべきだ、こう考えているんですよ。 なぜそう考えるかというと、法曹の役割、これは、正義の実現、それから人権の擁護、こういうことがあります。正義の実現という問題は、正義というのは非常に難しい概念でありますから、わきに置きましょう。 まず、人権の擁護ということを考えてみると、私は、人権を擁護するということは、国家権力に対して自由であるということ、国家権力から一方で独立をしているということ、これが決定的に重要なことだというふうに思います。人権を侵害するというのは、
それではちょっと議論をいたしましょう。 私が申し上げたのは、法曹の養成というのは、ほかの例えば専門職を養成するということと決定的に違うということを先ほど申し上げたわけですね。というのは、法曹というのは、その使命として人権の擁護というものがある。人権の擁護ということは、国家権力と切り離されたところで、国家権力から独立したところでそういう非常に崇高な使命というのが行われるものなのでありますから、文部科学省がその養成課程にいろいろとかかわってくる、しかも権力的にかかわってくるということはけしからぬと私は思っているんですね。 そういう観点から今おっしゃったので、それは、入れ物をつくれとかなんとかいう観点とは若干違うんですな。大学院の
私はちょっとここのところをしつこくお話ししておきますが、これからこの法律によって法科大学院がつくられ、そして法曹の養成が行われていくわけです。私は、ここの中で、やはり文科省の方は法科大学院の教育の一つの課程というものに対して節度を持ってかかわってもらいたい。 それと同時に、一方で言えることは、法務大臣は、そういう法曹養成のために自分たちが過去どういう仕事をやってきたのか。それから、これからどういうことをやっていかなければならないのか。私は、あくまでも申し上げます。人権擁護のために非常に貴重な人材をここでつくり上げていくんだ、権力から独立をして、場合によっては権力とは命をかけても張り合っていく、そういうことが法曹の値打ちですから、
私は、この法案について非常に危惧するところがある。それは、法務省とそれから文科省、ここの共管というふうにすらっと司法制度改革推進本部の方は逃げた。私は、逃げたという言葉をあえて使いますが、すらっと身をかわされたけれども、本当は、これは非常に微妙なところなんですな。文科省の役割それから法務省の役割、ここは非常に微妙なところなのであって、その調整ということが非常に大事だ、私はそう思います。 そうすると、それはだれがやるんだ。司法制度改革推進本部の本部長である総理大臣がやることなんです。そうすると、当然のこととして、これを今審査している当法務委員会、または、理事会では連合審査をおやりになるということをお決めになったようですが、その連合
司法制度改革推進本部は、全閣僚が委員になっているわけですね。ですから、こういう重大な問題であれば、全閣僚が、何も予算の全閣僚出席のもとにというような形を私は要求するんじゃありませんが、こういう点について聞きたいというふうに求められれば、やはりこの委員会に出てきて答弁をいただく。そのくらいの重さを持った作業、これを今我々がやっているんだということを、これはみんなで思いを新たにするということが必要ではなかろうか、そんなふうに私は思っておりますので、あえていろいろなことを申し上げました。 そこで、私は実はこの法律は気に入らぬのです。気に入らないというと、すぐ反対するかという意味ではそれはないんですよ。気に入らない。なぜかというと、ここ
いや、私も、この三千、具体的にこの数字の実質的な根拠というのは、ちょっと意地悪な質問だということは自分でもわかっていたんです。 なぜかというと、人数が少ないということは、もうこれは間違いない。私自身も随分、弁護士をもっとふやさなくちゃいかぬ、それから大都市部に偏在しているものを地方にも展開してもらわなくちゃいかぬ、それから裁判の長期化の問題を解決しなくちゃいかぬ、そういったいろいろな問題について取り組んできたつもりでいます。しかし、三千にしたからといって、全部が解決するという問題でもこれはなかろう。 例えば、弁護士の地域での偏在という問題ですね。これ一つ考えてみても、私は、これを三千にしたからといって偏在が改まるかというと、
おっしゃることは、大臣のおっしゃることも、局長のおっしゃることもよくわかるような気はするんですが、どうもすとんと胸に落ちないんですな。では、どういうころで落ちないのか。いろいろ私、この法律を見ながらしみじみと考えてみた。しかし、要は、もっと一生懸命勉強させたい、こういうことなんですね。 しかし、勉強というのは詰まるところその本人がするものでございますよ。質を高めるためにまず専門的法律知識を身につけさせる、これはそのとおり、非常に大事なことでしょう。ただ、法律的知識を身につけさせただけではだめなんで、その法律はどのような意義を持って、どのようにして、どのような社会的な現象を背景にしてできているのか、そういった筋道ですな、そういった
最後に私は、ちょっと国際的な素養ということについての議論をしておきたいと思います。 私は、今の法曹たちは国際的な素養がない、もっと国際的な争訟にもたえられるような法曹を育てろとか、アメリカあたりの弁護士が日本に乗り込んできて、乗り込んできてというのは、こちらで弁護士登録をしてという意味じゃありません、向こうの弁護士がこっちに来てビジネス界で大活躍をして、そして日本の企業はそのために負けているんだみたいな話をする人がいるが、私の知っている範囲では、向こうの弁護士が日本に乗り込んできて、がんがん日本のビジネス界をかき回していくような例は余り多くないだろうと思う。私は知りません、随分私もいろいろな外国に展開している企業の話なんかも聞き