お立場はよく私もわかります。数だけぐらいちょっと教えていただけますか、つまり対象地区。片や六道県というふうにおっしゃっている新聞もあるし、片や十数地区を対象にしているところもございます。そしてその調整がつかない点というのは、具体的にどんなことでございますか。
お立場はよく私もわかります。数だけぐらいちょっと教えていただけますか、つまり対象地区。片や六道県というふうにおっしゃっている新聞もあるし、片や十数地区を対象にしているところもございます。そしてその調整がつかない点というのは、具体的にどんなことでございますか。
まあこれを長く続けると、とても私、持ち時間をオーバーしてしまいます。一県一局には全部これを渡したいけれど、つくってもなかなか経済的に受け入れ体制ができないような場合は、これはやはりよく配慮しなければならないというお話でございましたけれど、電波監理局長ね、もう少しその辺具体的に教えてくれませんか。
これ以上伺ってもなかなかお聞きすることはむずかしいと思いますけれど、それじゃ次回の二十一日の電波監理審議会のときに予備説明が一体できるのかどうかということと——数ぐらいわかるでしょう、電監局長。大体どのぐらいの地区をいま対象にしているのか、それはもうまとまってきているんじゃないですか。本当だったらきょうですよ、予備説明をおやりになる予定だったんじゃありませんか。大臣も、自分に気がねしないで率直に話しなさいと、それが逓信委員会だと、こうおっしゃっていますから、遠慮なく話されたらいかがですか。
しぼって。
中途説明はいいから、しぼって。
後でいいですから、その推定の域だけ教えてください、もう一回。
何か当て物クイズやっているようで、本当にこれは——しかし悪く思わないでくださいよ、やっぱりこういう問題、日本の電波行政を進めていく上で非常に大事ですから、私きょうしつこく伺っているんです。知る人ぞ知るとか、いろいろいろいろ情報は私も持っているけれど、それはあくまで推測ですから、ここではそういうものは申し上げないようにしたいと思います。 さっき——FMのチャンネルプランがわからない前にこういうことを伺うのは何でありますけれど、どういう性格の局にしていこうかということも、これも経済性とかその地域の特性それから聴取者の要望などによって決まってくると思いますけれど、この辺は電監局長いかがですか。どういう内容、たとえば音楽専門局でいくのか
ああそうですか。そうすると、総合番組局としていくということですか。
ああそうですか。 テレビチャンネルのプランの追加について先ほど大臣が言及をされておりました。この問題についても、やはり伺っておかなきゃいけないと思います。つくづく、地方に旅行などをした場合に、東京と大阪——大都市ではテレビの多様化に接する機会が非常に多くて、しかもテレビ文化の恩恵を受けやすいという状況を、これはもう日常あたりまえのこととして受け取っている私でございますけれど、地方へ参りますと、ああ、わずかこういうものしか見られないのかな、ということで、これはやはり電波の有限性ということを考えても、また電波を公平に、あまねく皆さんに享受をしていただく、テレビ番組を見ていただくという意味からすれば、私はやっぱり格差の是正が行われなけ
ちょっと確認さしてください。準基幹的な地区を中心にしてそのほかの地区の格差是正というふうに理解をいたしましたが、そうでしょうか。
これは十一月十日の電波タイムスに、電監局長の直接の話としてではございませんけれども、意向として載っている内容を見ますと、現在プランが割り当てられていながら、まだ免許申請者の一本化調整がつかず放送が開始されていない地域についても、プランが消化されないうちに新たなプランを出してはいけないというものではない、それぞれの県民が要望し、経営基盤も十分あるならば、むしろ積極的にプランを出していくべきではないかと思うという、これはこういうふうに直接おっしゃったかどうかは別として、このような御意向が伝えられております。これが事実といたしますと、やっぱりチャンネルの少ない地域の方々は、何だあっちばかり優先していって、どうしてこっちへ来ないんだ、おれの
それじゃ、郵政省の民放テレビの将来構想ともつながる問題として、さっき私がちょっと触れました、手持ちの、つまり使用を保留されております二十チャンネルの活用というものと、現在準基幹地区未調整なところでも三から四になり得るのだというはみ出しがあるとするならば、現在そのほかの地区は、どうしておれのところは、私のところはという不満が、これは続出してくると思いますよ。それをどう説明するかということと、手持ちの二十チャンネルとが何か私はつながるのじゃないだろうと憶測をするものですから、民放テレビの将来構想についてこれは郵政大臣からじかにお伺いをしたいと、こういうことです。
最後に結びだけ言わしていただきます。きょうは私時間がなくて、もう少し詰めをしたかったんですけれど、最後に要望を申し上げたいと思います。 私は本来から言えば、それは基幹地区、準基幹地区、そうしてそのほかという、そのほかのところにこそ私はテレビ番組の多様化における格差是正を積極的に行ってもらいたい、これが私の基本的な考え方です。しかし、経済的そのほかの事情でその枠外に出るものもあるだろう、出るものについては不純な利害関係とかそのほかの政治的な駆け引きなどによって未調整の上に調整がとられたりということのないように、これはもう電波を預かる郵政当局としては本当に遺憾のないようにしていただきたい。そうしませんと国民のための電波だとか、限られ
結構です。
きょうは日本民間放送連盟から杉山専務理事の御出席をいただきまして、お忙しいところ本当に御苦労さまでございます。私は、CMを中心にしまして問題点を数点挙げて、これについてお答えをいただきながら、放送文化の向上に資したい、こういうふうに考えております。 そこで、まず郵政大臣にお伺いをいたしますが、放送は新聞とともに現代社会における最も有力なマスメディアでございます。しかし、新聞、雑誌などの活字メディアというものは制度上完全な自由を有しているのに対して、電波媒体である放送については一定の法的な規制のもとに置かれている。もちろん、大前提としては憲法が表現の自由、言論の自由というものをきちっと保障はしております。しかし、電波媒体である放送
私も全く大臣と見解を同じくするものでございます。こうした特殊性を持つものであり、中でも電波のいま大臣が御指摘になった有限性、希少性と、この限られた電波を利用して番組の多様性を確保をして視聴者の知る権利を保障するためには、やはり一定の法的な規制がなければならないというのが確かな論拠であろうと思います。 そこで杉山専務理事にお伺いをいたしますが、民放関係の現状から見まして、提供番組の大部分は比較的大きな企業によって、しかも少数の企業の提供による長期番組が少なくないということでございます。この一点。このことは中小企業を初めとする幅広い企業が番組提供をするチャンスと場を狭められていないか、この問題についてはきょうは議論をいたしません。問
私も、扱いとしては、心持ちとしては確かにそうであろうと思いますけれど、形の上に出た、放送の上に出たCMというものがとかく問題になっているという現状もやはりお認めになると思います。私は、民放連が昭和四十九年の末、二年有余にわたって放送基準の総点検を行い、問題とされて改定をされた、いまおっしゃいましたCMの総量規制、ゴールデンタイムにおけるCMの量の規制強化、さらにCMを含めた番組の倫理条項の補強などを骨子とする放送基準の改正をされたことは、よく承知をいたしております。また昨年は、CMの音量規制、CMになりますと突如として音が大きくなる、こういうことを規制をされた。サラ金のCM自粛なども行っておられるようでして、CMの扱いにつきましては
まあ、民放の経営上、何でもかんでもいけないというふうに私は申し上げているわけじゃない。やっぱりこれは背に腹はかえられぬという経営上の問題からでしょうけれど、どうなんですか、いま私はおぼしきという言葉を使わしていただいた。ピンクキャバレーとかそれに類するような扱いについては、これは放送基準の中にもはっきり書いてありませんね。各放送局によってこれは判断しなきゃいけないというところに問題点がございますけれど、杉山さん、価値の多様化したこういう時代に、その二点についてはどうですか。これから民放としてどんなふうに取り組まれるのか。それから子供の問題については、アメリカではまだ実施はされておりませんけれど、相当厳しい規制をしていく方向で進むのか
ちょっと細かくなって恐縮でございますけれど、たとえばFTCですね、アメリカ連邦取引委員会は、二月の末に子供向けテレビCMの規制案を発表しておりますね。規制案は八歳以下の児童を対象とするテレビCMは全面的に禁止をするとか、十二歳以下の児童を対象として、児童の歯の健康を著しく損なう商品のテレビCMは全面的に禁止をするとか、糖分製品に、栄養分豊かなとか健康を保持するといった表示をするときは、事実証明を表示をするなどの点が盛り込まれている。これはなかなか厳しいわけですから、スポンサーとのこれからの対立点とはっきりなるわけで、これが実施をされるとは思いませんけれど、どうなんでしょうか、杉山専務理事のお話を伺っておりますと、あくまでそれは世論と
もう少しこの辺突っ込んでお話伺いたいんでございますけれど、時間がございません。 さて、その放送基準では、番組、もちろんCMを含むわけでございますが、番組として放映される内容について、それが基準に合うか合わないかということを検討をしているわけでして、スポンサー自体の、つまりコマーシャルを提供する、コマーシャルを流すスポンサー自体のパーソナリティーとか体質などに対する配慮は必ずしも点検をされていないというのが実情だろうと思います。これは新聞にも出ておりました群馬テレビによる右翼のCMが問題になりましたり、現在でもある種のコマーシャルが視聴者のひんしゅくを買っているというようなことも事実のようでございます。 こういう例がいいかどう