いやいや、内閣としての考え方を理事に伝えて文書化されたんです。だから、総理……(発言する者あり)メモじゃなくて、そういう考え方を伝えたということ、それは総理、知っているんでしょう。そうじゃないと質問にならぬですよ、これ。
いやいや、内閣としての考え方を理事に伝えて文書化されたんです。だから、総理……(発言する者あり)メモじゃなくて、そういう考え方を伝えたということ、それは総理、知っているんでしょう。そうじゃないと質問にならぬですよ、これ。
内閣の考え方を予算委員会理事会から問われて、内閣の考え方を予算委員会の理事に伝えた、それは知っているんでしょう、総理。
それでは、正確に聞きます。 実は、昨日の理事会で総理と経済企画庁長官の答弁の食い違いを志位委員から指摘され、志位委員から内閣としての統一した見解を出してほしいと要望があり、昨日理事会でその旨協議し、内閣としての意見を求めようということになりました。そして本日、内閣としての考え方が予算委員会の自民党の理事に伝えられました。それは総理、御存じですね。
それじゃ、中身一つ一つ確認が必要だと思うので、確認したいと思うのです。 きょう示された内閣の考え方の基本について……
内閣から、それが統一見解か内閣の一部の部局かは、それはわかりません、私どもは。知らされておりませんから。 理事を通じて知らされた中を見ますと、まあ中身に入りますよ。「橋本内閣がとった経済政策が失政であったかどうかについて、予算委員会での小渕総理と堺屋経企庁長官の答弁が異なったことが、閣内不統一ではないかとの指摘については、以下のように考える。」要するに、総理と経企庁長官の答弁が異なった、そういう事実認定に立って意見が述べられているわけですが、まず、その事実は、総理、お認めになりますね。確認です。
一応、大事ですから確認したのです。 そして次に、幾つかの法的なことも触れられていますが、こういう考え方が示されているわけです。「堺屋長官は本日の委員会で、」昨日のことでありますが、「閣僚になる前の一作家として抱いた意見が、経企庁長官に就任した現在においても個人的には変わらないといった趣旨の発言をしており、あくまでも個人としての考えであると思料される。」こういう認識が記載されているわけですが、これは総理にお聞きしたいのですが、総理も昨日のこの委員会での質疑応答を聞いて、堺屋長官の発言というのは、答弁というのは、あくまでも個人としての考えであると思料される、総理も思料いたしているのですか。それとも、ここでの答弁というのは一応、個人じ
私は、この認識の仕方が、きのうの、ここで実際のやりとり、既にもう議事録になっています。私も全部読みました。(発言する者あり)速記録。そうすると、この認識の根本が、前提が間違っているとまず指摘しておきたいと思います。 志位委員から、いろいろ評価を述べて、「この評価は閣僚になった今でも変わらないと思いますが、念のために確認しておきたいと思います。」という質問に対して、堺屋長官から、「私は、その考え方は変わっておりません。」と明確に答弁されています。また、その後で堺屋長官はこう答弁もされております。「私は、その書物を書きましたときは、何ら閣僚でも議員でもありませんでした。したがって、私個人の意見を自由に書いたわけであります。しかし、今
だから、あなたは昨日、今この地位についても、それを書いたときの意見は間違っていたとは思っておりませんと。今、経企庁長官として、ついたその地位できのう答弁されたそのときも、その意見は間違っていたとは思っていないというんですから、単純な、個人の、経企庁長官としてじゃない立場できのう答弁しているわけじゃないんですから、その認識は維持してきのう答弁した、そう聞いていいんでしょう。
それなら、きのうの答弁で、経企庁長官として、昨年の九兆円負担増は失政だったと考えるのか、失政でなかったと考えるのか、どっちなんですか。
それはおかしいと思うんですよ。単なる過去の問題じゃないんですよ。去年、九兆円負担増の政治をやった。特に、中心として消費税を五%に引き上げて、それだけで五兆円の国民負担増をかけた。それが今日の不況をつくった根本的な原因であるか原因でないか、それが最大の問題になっているわけなんです。そこをどう認識するかによってこの不況を打開する経済政策がいかにあるべきかが決まってくると言っても過言でないような、基本的な問題についての認識なんですよ。その認識がどうかによって今後の経済政策が決まるほど重大な根本問題。その根本問題についてあなたは、失政だったと個人として思うと。 だから、そういう立場の認識の人が内閣に入ってきたわけでしょう。それで経済企画
全然そんな話は通用するものじゃないですよ。 それじゃ、私、もっと聞きますよ。 去年の九兆円負担増の政治が……(発言する者あり)
過去のものかどうかなんという問題じゃない問題を、では質問しますよ。 私、これを全部読みました。志位委員は前書きのところを引用しましたが、私は全部読みました。そして最後の、「終章 日本の再生」というところも書かれているのですよ。こういうことを書いてあるのですよ。 このため、九八年七月に至って、 先月ですよ、 アメリカの督促もあってブリッジ・バンク構想 を打ち出した。破綻した金融機関を金融監督庁 の監視下につなぎ銀行(ブリッジ・バンク)と し、「善意の債務者」は二年以内に他の銀行に 斡旋し、不良債権は預金保険機構等に引き受け させるという構想だ。 北海道拓殖銀行の破綻で、北海道内では健全 な融資先も資金繰りに窮する
舌足らずなんというものじゃないですよ。はっきりと「九八年七月に至って、アメリカの督促もあってブリッジ・バンク構想を打ち出した。」そして、「これは銀行が本来やるべき仕事なのだが、それができなかったから今日まで金融整理がもたついているのだ。ブリッジ・バンク構想は問題を改めて期限付きで先送りしたに過ぎない。」と書いているじゃないですか。だから、もう否定的な評価ですね。 既に今、現に、小渕内閣から金融再生トータルプランの法案が出ています。ブリッジバンク構想と称されています。これはもう、ですから経済企画庁長官の認識は、問題を改めて期限つきで先送りしたにすぎない、そういう法案を小渕内閣が出しているんだ、自分はその内閣の経企庁長官なんだ、そう
そんな理屈は通用しないんですよ。 それは閣僚じゃない、政治家でないときにお書きになった、民間人としての認識を書くんでしょう。そういう方が閣僚に指名され、閣僚になる。そのときに、認識は持つわけでしょう、そういう認識で閣僚としての政治をやるのか、閣僚になったらその認識を一たん捨てて、白紙にして、内閣総理の基本方針に完全に従って政治をやるのか、それが問われていると思うんですよ。どうなんですか。
あなたは過去の認識と言ったけれども、過去の認識じゃないでしょう。 きのう志位委員から質問されて、九兆円負担増政策は失政だったということはきのうの認識だって、きのう答弁したばかりじゃないですか。個人であろうと何であろうと、過去の認識じゃない、きのうの認識だって言ったばかりじゃないですか。ブリッジバンクの方は過去の方だからきょうの認識じゃないなんて、そんなおかしい、通用しないじゃないですか、そんなこと。
ちょっと静粛にさせてください。
先ほど来も、中川農水大臣が、個人としては一定の認識を持っていると発言して問題になった。そしたらその認識は撤回して、閣僚としては内閣の方針に従うんだ、そう答弁しましたね。 そうすると、堺屋長官の問題に戻りますが、個人としては去年の九兆円は失政だったと思っている、しかし、内閣の一員としては小渕さんの意見に従って九兆円は正しかったという立場で閣議にも参加するし、経企庁長官として部下にもそういう立場で接するし、予算委員会や大蔵委員会等に呼ばれたときには、失政でなかったという立場で答弁するということになりますね。これは二重人格ということにならざるを得ないんですよね。 私は堺屋長官に、そんなことで本当に責任持って政治をやれますか、経企庁
そんな閣僚を経済閣僚の主要な地位につけて、本当に今貸し渋り等で苦しんでいる中小企業や勤労者の期待にこたえる経済再生はできないと圧倒的多数の国民は考えると思うのですよ。 私は、中身を言ったら堺屋長官の認識の方が正しいと思うのです。去年の九兆円負担増は失政ですよ。これは間違いですよ。これが今の不況をつくり出した根源だと日本共産党の認識と一致しています。だから、この立場に立てば、当然ですが消費税は三%に戻すという当然の帰結が出てくるのですよ。国民の認識もそうなんです。ですから、圧倒的多数の国民の皆さんは、堺屋長官は、去年の政治は間違っていた、そういう認識を捨てずに、そういう認識で閣内に入って、徹底してそれで頑張ってほしいと。共感は、堺
私は、この国会への答弁についての閣僚の責任という問題について聞きますが、堺屋長官は、ではどういう立場で答弁されるのですか。私人として答弁するのですか。きのうの問題もそうですよ。大臣として、九兆円負担増は正しくなかったという立場に立たないのですか。
そんな無責任な立場でやられたんじゃ、これは私、質問したって無意味になってしまうんじゃないですか。責任ある答弁が求められないということになりませんか。(発言する者あり)いや、きのうの答弁は決して、だから言うんですよ、個人的な答弁ではない、経企庁長官の地位についても認識は変えていないと言ったわけだから。 それで、私はそういう認識を変える、私は率直に言って、そんな自分の認識を変えてしまって、まともな政治はもうできるはずないと言わざるを得ない。こういう内閣には国民の期待するまともな政治ができないということがますます明らかになったと指摘をしておきたいと思います。 もう一つ、きょう予算委員会に示された内閣の考え方が内閣の見解でないという