もう押し問答を繰り返しませんが、天下晴れてそういう状態になっているということを認知してもらいたいということなんですよ。 もう時間も迫っておりますから急ぎますが、隣保館について厚生省に質問をいたします。 吉備町に隣保館が三つあるのです。端的に聞きますが、もう隣保館としてではなくて一般公民館としてこの施設を利用したいという要望が非常に強くなっています。それは可能でしょうか。端的に答えてください。
もう押し問答を繰り返しませんが、天下晴れてそういう状態になっているということを認知してもらいたいということなんですよ。 もう時間も迫っておりますから急ぎますが、隣保館について厚生省に質問をいたします。 吉備町に隣保館が三つあるのです。端的に聞きますが、もう隣保館としてではなくて一般公民館としてこの施設を利用したいという要望が非常に強くなっています。それは可能でしょうか。端的に答えてください。
もう一つ具体的に、学校の問題について文部省にお聞きをいたします。 和歌山市に芦原地区という同和地区があるわけであります。ここに芦原小学校という同和地区の単一校区の小学校があるわけであります。一九八五年、昭和六十年の三月八日に衆議院予算委員会の第一分科会で、我が党の野間友一議員からこの単一校区の弊害が指摘され、その解消を政府に求めました。当時の後藤田総務庁長官も答弁で、そんな学校がいまだにあることを大変驚かれて、何らかの打開策を講ずる方がいいと答えているわけであります。 私、行ってきました。十二年たった現在でも、同じく単一校区の小学校であります。具体的にどんな状況になっているか御披露する時間がありませんけれども、閉鎖性に起因す
十二年前も小学校六校、中学校一校で、それで後藤田長官から打開策を講ずる方がいいという答弁があったのです。やはり無策ですね。本気になってこういう状況を打開するという姿勢が求められているのじゃないかと思います。 時間が迫ってまいりましたので、次の総務庁設置法一部改正法案について一言だけお伺いいたします。 公務員の皆さんの労働基本権問題は、基本的に解決したわけではありません。意見が分かれているだけではなくて、具体的に答申があった事項についてもいまだに未解決であります。 先ほど来同僚委員からも質問がありましたが、一九七三年、昭和四十八年九月三日の答申で三項目が指摘されたのですね。給与以外の勤務条件について、交渉不調の場合に適当な
終わります。
日本共産党の木島日出夫でございます。 端的にお伺いしたいと思うのですが、選挙制度を考えるときに考慮すべき要素、メルクマールというのはいろいろあると思います。民意の正確な反映、民意の集中、集約、政権の創出、交代、政党本位、政策本位、金権選挙打破、その他いろいろあると思うのです。八次審答申の話も出されましたが、八次審答申もはっきりした価値基準というものを打ち出していると思います。 きょう長崎参考人がお見えなんですが、毎日新聞が九三年十一月十九日付で、ちょうど小選挙区比例代表並立制の関連法案が衆議院で採決された翌日の朝刊で長崎参考人が論評しております。持ってきておるのですが、「本当に「改革」なのか」「選ぶ側の論理無視」という見出し
日本共産党の木島日出夫でございます。 私は、国立療養所東長野病院心臓血管外科の廃止の問題に絞ってお尋ねしたいと思います。 昨年十二月二十五日、関東信越地方医務局長が長野県衛生部及び長野県医師会を訪れまして、本年六月三十日をもって国立療養所東長野病院の心臓血管外科を廃止する、そして、その業務は本年七月一日から長野県上田市に新設される国立新病院で行う方針である旨説明を行いました。続いて、ことしの一月八日、同局長は、長野市及び長野市医師会を訪れて同様の説明を行ったわけであります。私の調べによりますと、地方医務局長が当該東長野病院長を初め長野県下の国立病院長など管理者を集めて同様の方針を国の決定だといって伝えたのも、昨年十二月二十五
上田市に新国立病院が建設されるという話はだれでも知っていることであります。しかし、そのことと、長野市にある東長野病院とは関係ないはずであります。二次医療圏も別ですよ、三次医療圏も別ですよ。 東長野病院の心臓外科が廃止されるという厚生省の方針が患者を初め地域住民に初めて知らされたのはいつかといいますと、昨年十二月三十一日、大みそかの信濃毎日新聞の朝刊によってであります。私は、年が明けたことしの一月七日に、早速、国会の議員会館の私の部屋に厚生省の担当の方に来ていただいて、事実経過を聞いて大変びっくりしたわけであります。 関東信越地方医務局長の厚生省本省への報告によりますと、長野県衛生部長も長野県医師会も、前年の十二月二十五日、厚
異論がなかったなんというのは全くおかしな話です。初めて伝えられたことですよ。その場で意見を言えるはずがないでしょう。その後、今、県医師会も市医師会も長野県も長野市も、これは反対ですよ。明確にその態度を明らかにしています。私は、こういう重大な事柄について、真実と違う報告書を厚生省本省に上げて関係者の名誉を傷つける、厚生行政を曲げようとした関東信越地方医務局長の行為は許されるものじゃないと思うわけであります。 東長野病院の心臓血管外科というのは、昭和四十六年、一九七一年四月に、長野県北信地方の最初の循環器専門医療機関として開設されて、循環器科の併設と相まって、今日まで二十五年にわたって、長野市周辺はもとより、北信、北長野地方全体をい
私は、上田市また上小地域に心臓血管外科が必要だ、欲しいということは本当にわかります。それは必要だと思うのです。だからといって、県と長野市から、現に立派な基幹的役割を果たしている心臓血管外科をなくしていいという理屈は全く成り立たぬと思うわけであります。 おっしゃるように、心臓血管外科と循環器科というのは密接不可分だということだと思うのです。また、心臓血管外科の患者さんと医師との関係も、非常にきずなが強いということであります。私は、こういう話も聞きました。東京で心臓の手術を受けたある患者が、そのお医者さんが大阪へ転勤してしまったので大阪に引っ越してしまったという話もあるくらいに、きずなは強いものであります。手術は上田でやって、後のケ
この東長野病院の心臓血管外科は、非常な努力をして、地域の信望が物すごく高いわけであります。そしてまた、国立病院に経営のことを余り言うのはよくないのですが、非常に経営的にも努力してきておりまして、平成七年度の収支率、九五・六ですよ。退職手当金を除外すると九九・六です。それを入れれば九五・六なんですね。患者が重なり合わないということをさっき私がるる述べたとおりでございます。 そこで、今から十年前、一九八七年に、政府が国立病院・療養所の再編成を求めるために国立病院等の再編成に伴う特別措置に関する法律、これを出したときの国会審議において、時の斎藤十朗厚生大臣も、厚生省の川崎幸雄審議官も、再三再四、国立病院・療養所の再編、あのときは移譲、
そこで、もう時間も追ってきておりますから私から触れますが、長野県医師会は、一月二十一日までに、既に反対をはっきりさせて、関東信越地方医務局あてに反対の趣旨の意見書を送っています。市医師会も明確な反対の意思表明をしております。長野市も反対、そして、むしろ存続、充実の要望を提出をしております。長野県も同じでありまして、長野県議会は近々、何としてもこれを存続してほしいという決議が全会一致でなされるような状況になっているわけであります。こういう状況であり、今大臣から、地元の了解が基本だと御答弁もされました。 こういう状況をあわせ考えますと、七月一日から東長野病院の心臓血管外科を廃止するということはできるものではないと考えますが、厚生大臣
今述べた四団体も明確に反対です。もちろん患者団体、そして何よりも、職員の皆さんで構成している全医労長野支部の皆さん、もう絶対反対であります。このような状況が続いている限りは心臓血管外科を廃止しない、手術は続けていくというふうにお伺いしてよろしいですか、厚生大臣。
どだい、今回の計画は私は無理な計画だと思わざるを得ないのです、客観的に。しかも、半年でしょう。そんなこと不可能ですよ。これまで十年かかって、こんな大事な心臓血管外科手術じゃない、ほかが大事でないという意味ではさらさらありません。それぞれの療養所、病院、非常に大事です。その地域にとって決定的な大事な療養所ですが、こういう心臓血管外科手術をしている基幹病院じゃないところでも、それは廃止できないでいるというのが現状でしょう。 今、地元の患者さんたちの間に大変な不安が広がっているのです。このまま、反対しているにもかかわらず、手術がなくなってしまう、そしてお医者さんが上田へ行ってしまう、そうしたら自分の将来はどうなるのか。本当に、それ自体
話し合いをするのは結構です。しかし、理解が得られない、本件はその可能性が客観的に高い。それを踏まえて、廃止しない、そういう場合は廃止できないと一言答えていただきたいと思うのですが、なかなかその大事な部分については局長が遮って答えさせようとしないように見受けられて仕方ありません。 一つだけ、私、先ほどの北村まさ子さんが要請書で述べていたことを御披露いたしまして、時間ですから、ぜひ地元の切なる要望を受けていただきたい、終わりにしたいと思うのですが、こう言っています。 私も昭和五十五年と五十七年の二回の手術を東長野病院でしていただきました。 私たち患者にとって同病院は命を助けていただいた大切な、大切な病院です。 ご存
日本共産党の木島日出夫でございます。 私は総理の政治献金の問題についてお尋ねをしたいと思います。 総理の政治資金の受け皿である資金管理団体、新政治問題研究会が大阪の財団法人成研会から政治活動に関する寄附を受けた事実、既に本委員会において総理みずから認めているわけですが、この問題についてお聞きします。 今月十三、十四日のマスコミ各紙の報道によりますと、それは二回であり、最初が九五年十二月、そして二回目が九六年八月、金額はいずれも五十万円とのことですが、間違いないでしょうか。
財団法人成研会は、大阪府富田林にある公益法人で、精神科、神経科、内科を診療科目とする汐の宮病院を開設しておりまして、代表者は秦潤子という人物ですが、総理は面識があるのですか。
いつごろから面識が生まれているのでしょうか。
ぜひ調べておいていただきたい。 財団法人成研会は昭和四十四年十月一日に公益法人として設立され、当初の代表者は医師である秦忠世という人物ですが、総理はこちらの方の人物とは面識がございますでしょうか。
これも確認なんですが、九五年十二月と九六年八月、二回にわたる各五十万の政治献金は銀行振り込みによってなされたということですね。それで、百万返したというのは、この二度の五十万、この分について現金で返したということですね。
なぜ返したんでしょうか。