終わります。
終わります。
裁判官の育児休業に関する法律について、幾つかの点について質問したいと思います。 育児と仕事の両立を図るために今回育児休業制度を創設するということは、大賛成であります。むしろ遅きに失したのではないかとさえ思っております。本日は、この制度を実効あらしめる立場、絵にかいたもちにしないという立場から、幾つかの点について質問したいと思います。 最初に、育児休業の請求権の法的性格についてお尋ねしますが、法第二条は、承認の請求をする、そしてそれに対して最高裁判所の承認という法形式を踏んでおります。ただ、第三項に「著しく困難である場合を除き、」最高裁判所は承認しなければならないと書かれております。 この育児休業請求権は法的にはどういう権
先ほども質問されておりましたが、著しく困難な場合には認めないことができるという法構造になっているわけであります。どういう場合が著しく困難な場合かという質問に対して、一概にどういう場合か難しい、言いにくいとおっしゃられましたが、そこをはっきり言ってもらわないと非常にこの実効性についで問題が将来出てくるわけですね。特に裁判官の場合には、代替がきかない、臨時補充がきかないという性格のものでありますだけに、ちょっとそこを、どういう場合が想定されるのか答弁していただきたいと思うのです。
急に養子縁組をして育児が必要だという場合にはあしたからということもあり得るかと思うのですが、出産育児の場合は事前に産前産後の休暇というのが想定されるわけでありますから、きょうのあしたというのはほとんど考えられないわけですね。 先ほどの御答弁によりますと、育児休業を請求された裁判官がいて穴があいた場合には、同じ裁判所の中だけではなくてよその裁判所からのてん補も考える、あるいは全国的な人事配置も考えて穴を埋めていきたいというふうにおっしゃっておりましたが、これは最高裁判所にこの法律ができたときの運用についてお聞きしたいのですが、そういう態勢で育児休業権を保障するための万全の態勢をとるという構えかどうか、御答弁願いたいと思います。
そうすると、重ねてお聞きしますが、急に請求がなされた場合でなくてあらかじめ想定されていたような出産育児休業請求の場合などについて、裁判所としてはこの「著しく困難」で認められないというのはどんな場合を想定しているのか、あるいは考えられるでしょうか。
日本において裁判官はいずれも多数の事件を抱えて裁判業務に従事しているわけでありまして、休暇をとるということは必ず穴があくことは間違いないわけでありまして、その補てんということは必ず想定されるわけであります。 今御答弁にありましたように、めったに著しく困難ということが考えられないということであります。若干安心いたしましたが、ひとつ気楽に育児休業を請求できる雰囲気をつくっていただきたい。人事配転などを考えるあるいは全国的な人事の配転をしてその裁判官の穴を埋めるということをやっていただくのは大変大事なことでありますが、そうしますと逆に育児休業を請求する個々の裁判官から見ると、非常な精神的な負担になりかねないわけであります。自分が休むこ
時間がありませんからそのくらいにとどめておきますが、将来の問題をお聞きします。 別途論議されておる国家公務員の育児休業等に関する法律案の附則によりますと、女子教育職員それから看護婦、保母等の職員に対しては当分の間育児休業給を支給するという、これは既得権をこういう形で保障する仕組みになっているのですが、将来民間労働者あるいは官公労働者の中の要求が高まり、法制度としてもそちらの方の労働者が有給という制度がつくられた場合には、裁判官についても報酬を与えるという制度をつくるつもりがあるかどうか、一言お聞きしたい。
第六条の不利益取り扱いの禁止について簡単にお尋ねをいたします。 第七条によりますと、退職手当に関しては、育児休業の期間については二分の一カットするということになるようでありますが、在職期間が算定の根拠になるものでこの退職手当以外のものにどんなものがあるのか、まずお知らせください。
一点だけ質問をして終わります。 育児休業期間中に報酬の号が上がるということは考えられると思うのですね。特に若い判事補の場合には、一年間休んでいるとその間に同僚の判事が二階級ぐらい号が上がるということも理屈の上ではあると思うのですが、そういう場合は差別しない、育児休業期間中といえども身分はほかの同僚の判事と同じように号を上げるというふうにこの第六条の不利益取り扱いをしないという条文を解釈してよろしいですか。それだけお聞きして終わります。
終わります。
日本共産党の木島日出夫でございます。 きょうは、田原法務大臣が宮澤新内閣の法務大臣に就任して初めての法務委員会での質疑でありますから、まず最初に、法務大臣の基本姿勢について質問をいたしたいと思います。 十一月六日付の新聞報道等によりますと、法務大臣は就任後の記者会見におきましてこのように述べたと報じられております。検察の捜査が政界に及ぶときには正しく中立な立場で厳正に見守っていく必要がある云々であります。 どういう考えに立脚して、どういう言葉を法務大臣は述べたのか、まず明らかにしていただきたい。
検察の捜査が政界に及ぶときには中立な立場で厳正に見守っておくという言葉を使われたのでしょうか。中立とは一体何と何との間の中立という言葉でこの言葉を使われたのでしょうか。
どうもあいまいになってしまいましたが、かりそめにも法務大臣が、検察の捜査が政界に及ぶときに中立の立場で見守っていくという言葉を使われ、その中立という言葉が、検察と刑事被疑者、被告人との間の中立だという言葉でもし使われたのなら、大変な間違いだと私は思うわけであります。 それは、御存じのように、検察庁法第十四条によれば、「法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。」検察機構全体の指揮監督権者が法務大臣であります。「但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」いわゆる指揮権がただし書きにあるわけであります。検察の捜査が政界に及んだときに、法務大
それでは改めて、検察の捜査が政界に及んだときに、法務大臣としてはいかなる立場をとるべきだとお考えでありましょうか。
実は伏線がありまして、十月三十一日、実は自民党は佐藤孝行氏を総務会長に選出したわけであります。 新聞報道によりますと、本年十月三十一日、佐藤孝行氏は党本部で記者会見をし、「有罪判決が確定し執行猶予期間を終えたロッキード事件について、「疑惑をもたれたことを深く反省している」と述べながらも、「願わくば健全な司法、健全な検察を期待している」と、司法当局への批判をにじませた。」こう言ったとマスコミは報道されております。 事件が政界に及んだ事件、疑獄事件で、有罪判決を受けた者が自民党の最高幹部の一角に就任をして、そのときに「健全な司法、健全な検察を期待している」などという発言はもってのほかだと思うわけでありますが、こういう新聞報道を法
新聞報道が真実だとすれば、佐藤孝行氏は明らかに司法全体に対する大変な攻撃をかけてきていると見なければならないわけであります。 私は、今ここに佐藤孝行氏のロッキード事件での東京高等裁判所の第五刑事部の判決文を持ってきているわけであります。法務大臣が最高指揮権者であります。そのもとで法の正義のために、秩序のために頑張っている検察官の東京高裁での控訴趣意にどんなことを書かれているか。一審の量刑が不当に軽いということを検察官は述べているわけであります。 全文は読む時間がありませんが、ちょっと引用して読みますと、 運輸政務次官辞任後、衆議院議員の身分を保持する間にその謝礼等の趣旨で二〇〇万円という 多額の現金を収受したという事案で
この本は、日本の検察が今どういう現状にあるかを物語っている部分がありますので、厳正な検察、厳正な司法の最高責任者にある法務大臣として、ぜひとも読んでいただきたいと思うわけであります。 亡くなられた伊藤栄樹検事総長は、そこで、「検察の限界」ということで二項目にわたって文章を書いています。 一つは「国会議員と政党員」。要するに、国会議員に対して検察が出動しようとするときに二つの限界がある。一つは「法律による活動の限界」、もう一つは「検察には、力の限界がある。」検察庁の職員は全国で約一万二千人、仕事が忙しい。「見付けた悪いやつを大きい順にやっつけるという方針自体、検事などの数に限りがあることの結果といえる。」こういう言葉も書かれて
きょうは私は、入管行政、特に退去強制手続の問題、その中でも収容手続の問題について質問をいたします。 時間が大分なくなってしまいました。最近、二つの事件が発生しております。事実を摘示して、問題点を質問していきたい。 一つは、私の選挙区である長野県上伊那郡の箕輪町で起こった事件でありますが、一九八八年十二月に入国したパキスタン人男性にかかわる事件であります。パスポートの目的は観光、ブラジル日系二世の女性と結婚を約束して、ずっと在留した。これは入管法違反ではあるわけであります。一九九一年、本年四月に、この女性と結婚をしたいということで、長野県箕輪町で夫婦として同居し始めた。正式に夫婦としての届け出をしたいということで七月十七日に町
入管法三十九条によれば、「入国警備官は、容疑者が」云々「に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、収容令書により、その者を収容することができる。」という条文であります。収容しなければならないとは規定していないわけであります。 しかし、法務省は一貫して退去強制手続が発動されたときには全部被疑者を収容するのだ、それが法の原則なんだという立場に立たれておるようであります。出入国管理外国人登録実務六法、法務省入国管理局が監修した文書によりますと、こういう日本の入管法は収容前置主義、原則的収容主義、要するにみんな収容してしまうのだ、そして退去強制手続をするのだという立場で一貫しているようであります。きょうはもう時間が全然ありませんか
そのとおりだと思うのです。要するに、裁判所が保釈を認めたということは、逃亡のおそれがない、罪証隠滅のおそれがない、釈放して在宅でも刑事裁判を円滑に、スムーズに進めることができるという意思表示であるわけであります。当然弁護人も、保釈保証金を積んだりして被告人の身柄を確保しておく、必要な口頭弁論期日には法廷に出頭させる責任を弁護人だって負っているわけであります。それだけ、刑事裁判が行われ、裁判所、弁護人とも被告人の身柄については安全を、ある意味では俗な言葉では保障されている者に対して、何もそんなときにまで入管法を発動して行政手続としての収容手続に入る必要はさらさらないと思うのですが、法務省、どうですか。