たびたび繰返すようでありますが、自衛隊というのはわが国の平和と独立を守り国の安全を期することを任務としておる。ここで性格ははつきりしておるのであります。動かすべからざる点であります。これを私は重ねて申し上げておきます。そうしてこの自衛隊をいかに運営すべきかということが第二の考え方、その運営の面において、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊、この三つの自衛隊の運営の全きを期するために、統合幕僚会議というものを設けてその運用をやつて行こう、こういう趣旨であります。
たびたび繰返すようでありますが、自衛隊というのはわが国の平和と独立を守り国の安全を期することを任務としておる。ここで性格ははつきりしておるのであります。動かすべからざる点であります。これを私は重ねて申し上げておきます。そうしてこの自衛隊をいかに運営すべきかということが第二の考え方、その運営の面において、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊、この三つの自衛隊の運営の全きを期するために、統合幕僚会議というものを設けてその運用をやつて行こう、こういう趣旨であります。
御承知の通り、内部部局は保安庁長官のいわゆるブレーンであります。補助的機関であります。これは各分掌を規定しております。要するに各般の事情、特に経済事情その他一般的の情勢を判断して、そうして長官を補助するものであります。実施部隊とは全然別個の取扱いを受けております。いわゆる自衛隊は実施部隊に属するものであります。
これは憲法に文民という言葉を使つておるのであります。その文民の定義いかんによるのでありますが、これによりますると、大体学者の説は旧軍人はいわゆる文民に入らぬであろう、こういう説を唱えておる者が多数あるのであります。それによりますると、旧職業軍人はいわゆる文民のうちには入らぬのじやないか、こういう意味のことを申したのであります。
いわゆる憲法において文民たることを要する、その規定の解釈であります。その解釈について今申し上げるように、学者の説はおおむね旧職業軍人はこの文民のうちに入らぬのじやないか、こういうことを言つておるのです。
一応そのように解釈しております。
アメリカにおいてはどう解釈しておるか、私は存じません。
まさに憲法にははつきり書いてあります。私はそれを認めます。ただいわゆる文民の解釈について、どう解釈するか、こういう文民なんという問題は、私は実はわからぬ。憲法に特にこれを規定してある、これは御承知の通り。私もその当時閣僚におつたのでありますが、衆議院においてはさような文字は使わなかつたのであります。貴族院において文民という文字が使われた。そこで文民が出て来たのであります。われわれといたしましては日本においては、いわゆる文民に対する武民、軍民というものはないはずだ。しかし憲法において文民という文字を使つたのはどういう意味で使つたか、それで問題が起つて来たわけです。一応学者の説に従つて、旧職業軍人はこの文民のうちに入らぬのじやないか、こ
これは御承知の通り同じ憲法内においての規定であります。そこで特殊の扱いをしたものと解釈するよりほかに道がなかろう、私はこう解釈いたします。
文民であります。
いわゆる制服を着た者であつても、なろうと思えば長官になれないことはありません。
御承知の通り、一つの法案を作成するにつきましては、いろいろの角度から調査研究するのであります。しかして私を補佐する者において議論は自由であります。私は議論は自由にさせております。それで結論を得たのがこの法案であります。
要するに現在の保安庁法におきましては、制服を着た者は、課長以上の職につくことができないという規定があるのであります。その規定をはずしたのであります。従つて制服を着た者であつても、その人が人格識見申分のない人であれば、内部部局の局長あるいは課長にもなり得るということになつたわけであります。
いろいろな意見の出たことは事実であります。しかし私は、一たび制服を着たからといつて、永久に内部部局の課長以上を勤めることができぬというのはよろしくない。いわゆる内部部局に勤める者も制服も、渾然一体をなしてわが国の防衛の任に当らなければならぬ。この間にあつて相剋摩擦があつてはならぬのであります。そういう相剋摩擦から恐しい災いが出て来る。そこで私は一たび制服を着た者であつても、りつぱな人材であれば内部部局の課長以上にもつけるんだという道を開くことが、私は国家のためによろしかろう、これが保安庁として行くべき道であろうという考えを持つておるから、かような規定いわば制札をはずしたわけであります。
一たび制服を着た者は、いかに有能であつてもこういうポストにつけないということは、よろしくない。だからそういう禁札をはずした方がいい。禁札を掲げることが悪いのだ、こういうことであります。
さような結果にはなりません。文民は全然任務を異にしておるのであります。内部部局においては、あらゆる政策面からして長官を補佐し、片一方の実施部隊の方は、いわゆる実施訓練その他の点から長官を補佐するのであります。全然性格を異にしておるのであります。ただ実施部隊に勤めておつた者でも、有能な士であれば入り得るという道を開くことが、双方の融合のためにいいと私は考えておるのであります。
統合幕僚会議は、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊、各幕僚長が構成メンバーであります。そしていわゆる三部隊の統合的の実施訓練なんかの計画を立てて行くのであります。三部隊がばらばらであつてはいけない。三部隊がともに手を携えて日本の防衛の任に当つて行く。たとえて申しますると、対馬海峡を防衛する、それについては、海の方はどうだ、陸の方はどうする、空の方はどうする、こういうことについて、三幕僚長が互いに胸襟を開いて、そこで慎重審議する。こういうことは日本の防衛体制を整える上においてきわめて緊要であろう、こういう趣旨から統合幕僚会議というものを設けたのであります。
禁札をはずしたらただちに制服を着た者が内部部局に入る、そういうことはないのであります。あなたが仰せになつたように、内部部局と実施部隊はまるつきり性格を異にしております。ただ禁札を立てておくことはよろしくない。これは制服部隊であろうが、内部部局であろうが、ともどもに手を携えて、日本の防衛の全きを期する上においては、やはり禁札を掲げておくのはよくない。現に内部部局におる者でも、場合によつては制服を着て部隊に行かなければならぬことがあり、また実際において希望者があつて、りつぱな人であれば、内部部局に勤めておる者でも制服部隊にやることもあるのであります。有無相通ずる道を開くことがよろしい。こういう禁札をはずしたためにすべて内部部局の者は制服
取扱いは全然同じくするという意味ではございません。ただ場合によつては、そういう者を任用し得るという道を開いたわけであります。
国防会議の構成をどうするかというようなことは、相当国家将来にわたつての大きな重要事項とわれわれは考えております。そこでこの法案をつくるときから今日までいまだこの構想が十分にでき得ないのであります。早々の際にさように国家百年の計にわたるようなものをつくることはどうかと考えまして、十分慎重に考慮し、各方面から資料を得て、この構成をどうするかということは、むしろ法律できめて十分なる御審議を願うのがよかろうと考えて、これを法律の作成にゆだねたのであります。いずれその構想がなつて、原案ができましたならば、御審議を願いたいと思つております。
まだここで申し上げるまでの結論に達しておりません。改進党においていろいろ議論もあるでしようから、改進党においてきまつておれば、どうかその御意見を承りたいと考えております。