原子爆弾そのものがただちに近代戦遂行の実力組織ということは言い得ないのであります。この原子爆弾にも原子爆弾を積んで行くべき飛行機がいるでありましようし、それに付随したいろいろな部隊がいるでありましよう。つまりわれわれは総合したものを考慮に入れて、これを対象とすべきであろうと考えております。
原子爆弾そのものがただちに近代戦遂行の実力組織ということは言い得ないのであります。この原子爆弾にも原子爆弾を積んで行くべき飛行機がいるでありましようし、それに付随したいろいろな部隊がいるでありましよう。つまりわれわれは総合したものを考慮に入れて、これを対象とすべきであろうと考えております。
原子爆弾を持つておるような大きな総合部隊は、むろん近代戦を遂行し得る力でありますから、憲法第九条第二項の戦力に、われわれは該当するものと考えております。
お答えいたしまするが、かりに今保安隊の持つている装備、火力が、広島で投げられた原子爆弾に相当するような力を持つておつたとしても、必ずしもそれは近代戦遂行の総合実力ということは私は申すことはできぬと思います。先刻申し上げましたように、原子爆弾そのものが決して近代戦遂行の能力ということは言えない。これを持ち運ぶ飛行機があり、あるいは操縦する者がある、これによつて判断すべきものであります。われわれの考えるところによりますと、憲法第九条第二項の戦力の禁止規定は何を理由とするか、これは他国の侵略の具に供するようなことがあつてはならない、再び他国侵略の愚を繰返して日本を破滅に陥れるようなことがあつてはならぬということから禁止されておるのでありま
憲法第九条第二項の戦力ということを禁止したのは、まさに他国に対して侵略の具に供するような陸上部隊を持たせないということにあるのであります。また日本をただ防衛するだけであれば、そんな無謀なたくさんの兵力を持つことはないのであります。概念論として、日本において五十万も六十万も陸上部隊を持つ、そんなばかげたことは、日本を防衛するだけであればできないはずなんです。これを他国の侵略の具に供せんとするところにおいて、大きなものを持たんとするところにおいて初めて危惧の念が起るのであります。今申し上げました通り、われわれは、これから創設せんとする自衛隊におきましても、ただ外部からの武力侵略に対して対処し得るような実力を持たせたい。決して再びこれを他
意図の問題ではありません。実力の問題であります。それで、近代戦を有効的確に遂行し得る実力というのは、裏を返せば、他国に攻撃的脅威を与えるような実力だ、私はこう言うのです。帰するところは、憲法第九条第二項の戦力禁止の規定は何を理由とするかといえば、さような力を持たせないということにあるから、これは表裏一体をなすものとわれわれは考えております。
それはおのおのの実力の内容を十分検討しなければならぬと考えておりまするが、必ずしも米ソだけに限つたものじやないと私は考えております。
お答えいたします。戦力になるかならぬか、この戦力の問題は、日本の憲法第九条第二項において用いたことであります。外国でどういう解釈をしているか私は存知いたしません。日本は日本で独自の憲法を制定したのでありまして、われわれはそれに基いて解釈すべきであろうと考えております。いろいろ今取上げられておりまするが、外国において戦力になるかならぬかということは、それは外国においてやるのであります。スイスの戦力という問題についても、スイスの軍隊の内容がはたしてどれだけのものであるかわれわれは存知しませんが、少くともスイスは、自分の国を防衛するだけにとどめているとわれわれは考えておるのであります。従いまして、われわれが憲法を解釈する範疇においては、戦
不幸にして私今お示しになつたそういうものは読んでおりません。何と言われようと、われわれは日本の自衛隊は戦力に足りない、こう考えております。そういう確信を持つております。
私は日本の法律の建前からして、海外派兵はできぬもの、こう考えております。
この派兵という意味でありますが、岡崎君の申されたのは、おそらく派兵という概念のうちにまだ入らぬのじやないか、いわゆる向うから砲弾が飛んで来た、そこを押えなければ手がないのだというときにそこを押えるということを言うのであります。これは私は派兵のうちに入らぬのじやないかと思つております。いわゆるそこだけをとどめをさすのであります。軍隊を派遣してそこに駐屯させるとかなんとかいうわけではないのであります。
派兵というのは、結局その国の軍隊を他国に何かの意図をもつて出兵させるという意味に私は解しておるのであります。岡崎君の言うのは、私は聞いてみませんが、大砲のたまが飛んで来る、そのたまはよその陣地から飛んで来る、その陣地をこちらから爆撃するとか、何とか押えなければ日本の自衛は保てないというときにそれを押えるのであります。何か他に目的があつて軍隊を派兵、駐兵させる意図ではないということははつきりわかつておるのであります。少し派兵の概念が違うと思います。
それは概念として自衛権の範囲に入るでしよう。つまりそこを何しなければ日本の自衛は保てないということから言えば、概念としてはそれは自衛権の中に入ることであろうと考えております。しかしわれわれの解釈する派兵というのは他の意図をもつて他国に進駐することを言うのであつて、ただ一局部、そこから日本の自衛権が見出されるというその一つの箇所について岡崎君は言つたのであろう、私はこう解釈します。
私は派兵という言葉は使いたくないのであります。端的に言えば、これは日本海のある場所から軍艦でもつて日本を砲撃して来る、どうしても日本の土地を守らなければならぬ、そうすると日本でも相当の船を出してその船を沈めに行かなければならぬという場合が出て来るのであります。これは自衛権の範囲内の行動であります。日本の土地だけで守り得る場合と、日本の領域外に行つて守らなければならぬ場合が出て来ると私は思います。日本の国土だけに日本の武力をとどめておいて、日本へ上陸したときに初めてこれをやるということでは手遅れになる場合が往々にしてある、向うから船舶をもつて日本を領域外から攻撃した場合に日本もまた領域外に出て行つてこれを防ぐことは当然私はあり得ること
そういう言葉のあやは私はもう論争いたしたくないのであります。これは事実であるのであります。派兵であろうが、何であろうがわれわれといたしましては実際の事実に着眼してどう解釈すべきかということをいうわけであります。こう考えております。
どういう場合を想定されて御質問になつたのかよくわかりませんが、日本の軍隊がかりにありとして、アメリカの指揮下にそれが入つてアメリカの後方任務につく、そういうことはわれわれは考えておりません。日本は日本の指揮のもとに行動するのであつて、アメリカと日本の防衛をするために共同作戦をする場合においても、これは双方十分に協議をするわけであります。日本の部隊が全部アメリカの指揮下に入るというようなことは考えておりません。
私はアメリカの指揮下に入るというようなことはないと考えております。これはそういうときの情勢いかんによりまするが、アメリカと共同作戦をやる場合において、もちろんアメリカの軍隊があるいは日本の部隊に配属して後方任務につくこともありましよう、そういうことは予想されます。しかしわれわれといたしましては、それはそのときの情勢いかんによつてやるわけであります。日本の防衛のためにいかにアメリカと協力してその態勢を整えるか、それはそのときの情勢いかんによるものであろうとわれわれは考えております。
その点は緒方副総理の言つた通りであります。われわれは今実際の問題として答弁をしておるのであります。あなたが、日本の自衛隊が全部アメリカの部隊の指揮下に入ると言うから、そんなことはあり得ない、万一事が起つて来たときには共同してよく合議する、私はこう申したのであります。その場合においては、あるいはアメリカの部隊が日本の部隊に配属して後方勤務につくこともあるだろうし、また日本の部隊がアメリカの部隊の一部に入つて後方勤務に従事することもあり得るかもわからぬ、こう申したのであります。日本の部隊が全部アメリカの指揮下に入るなどというようなことは全然あり得ないと私は考えております。
アメリカが現在極東に持つておる、すなわち日本防衛のために駐屯しておりまする陸上部隊、海上部隊あるいは航空部隊、全部これらのものを総合すれば、私は日本の憲法第九条第二項の戦力になるものと、こう考えております。
これはよほど飛鳥田君は誤解されておるのだろうと思います。戦力かどうかということは、日本の部隊それ自体を目的、対象にして判断すべきであります。アメリカの部隊と総合してこれは判断すべきものじやありません。アメリカの部隊がいかに戦力になつておろうとも、日本がそれの後方勤務をしたからといつて、日本がそれに総合して、合せて戦力になるかならぬかということを判断すべきものではない。日本の憲法、日本が持つ自衛部隊の装備内容を対象にして判断すべきものである、こうわれわれは考えております。
私は全然見解を異にしております。日本の憲法第九条第二項を解釈するにあたつては、日本が持つところの部隊の装備能力、これによつて判断すべきもので、ほかの国の部隊とあわせて判断すべきではない、こう考えます。