一国の防衛方式でありますると、三軍均衡のとれた防衛方式をとるのが当然であろうと考えております。我々はその方向に漸次向わなくちやならんと考えておりまするが、今日本のおかれた地位、財政能力その他から考えまして、これは私は容易にとり得るものではなかろうとこう考えております。
一国の防衛方式でありますると、三軍均衡のとれた防衛方式をとるのが当然であろうと考えております。我々はその方向に漸次向わなくちやならんと考えておりまするが、今日本のおかれた地位、財政能力その他から考えまして、これは私は容易にとり得るものではなかろうとこう考えております。
お答えいたします。保安庁長官としての関係におきまして、アメリカからさようなことは私は言われておりません。ただ陸上において三十二万五千云々と言われまするが、現在の日本におきまするあらゆる角度からして、さような数字は答易には出て来ないのであります。いわゆる現在は志願制度であります。志願制度の下において三十二万五千という数字は出て来ません、従いまして我我といたしししては、この方式の下に日本は財政力その他をいろいろ勘案して、どれだけのものまで増加し得べきやということについて検討中であるのであります。
私は建前といたしましては、どこまでも政治が軍事に優先するものでなくちやならんと考えております。文民優位ということはしばしば口にされまするが、原則としてはどこまでも政治が軍事に優先するのである。この建前であります。そこで保安庁法改正によりましても、どこまでも内閣の首班たる総理大臣が絶対の最高指揮監督権を持ち、その下に長官があつて、その指揮監督の下に各部隊を監督して行くという建前を外していないのであります。要は内閣の首班たる総理大臣が指揮監督して、総理大臣はつまり国会においてやはり責任を持つのであります。この建前は堅持しております。そこで長官以下、これは今申されましたように、曾つての制服を着た者からでもこれになれるということに今度考えら
私は曾つての制服を着ていない者がなるべきだと考えております。これはいわゆる国務大臣は憲法において文民でなくちやならんという、あの文民ということは私はよくわかりません、わかりませんが、(笑声)恐らくはつまりそういう経験のない者、こういう建前をとつているんじやなかろうかと考えております。それから見ても長官は曾つての制服を着た経験のない者がなるのが至当であろうと、こう考えております。
この憲法のいわゆる文民でなくちやならん、その文民ということは、一応いわゆる旧軍人はいわゆる文民のうちに入らないのじやないかということは誰か言われておるようです。私は言つたわけじやない。これは併し確定的の解釈は私は何もないように記憶しておる。この文民ということはどういうことをいうのか。曾つてのいわゆる軍服を着た者はこのうちに取外すんだ、その意味でできておるんだと解する人もあることは事実であります。そこで私の申上げたいのは、いわゆる曾つての旧軍人じやない、この規定はいわゆる制服と言えば現在保安隊に勤めておる者で制服を着ておる者は幾らもある。これはいわゆる昔の文官から、内務省系統から来ておる或いはほかの系統から来ておる人でいわゆる軍人の経
私の申上げたのは、長官はいわゆる憲法で文民でなくちやならんという規定があるから、文民の解釈如何によつては長官は絶対にいわゆる昔の旧軍人或いは一度制服を着た者もこれはなれないだろう、こういうことであります。併しその以外の者は旧軍人であろうと、或いは現在のいわゆる部隊に勤続しておる制服を着ておる者であろうと、これは立派な人物であればいいじやないか。(「長官を外しておけばいいじやないか」と呼ぶ者あり)長官だけはこの建前として文民の何はある、ほかの者はそこまでも私は禁札を立てる必要はないのじやないか、有為な人材であればこれは内局へ持つて行つてもいいのじやないか、こういうことです。(「制度の問題です」と呼ぶ者あり)
これは当時いろいろ議論があつたのであります。これは私ははつきり申上げます。(「はつきりしないじやないか」と呼ぶ者あり)そこで将来日本で再び軍隊を持つというような場合、そういう場合において、いわゆる軍隊に帰属した者はそのいわゆる文民から外すのではないかという一つの議論、併し日本の憲法の建前上そういうことはあり得ないであろうから、一つの議論として、旧軍人がこれから外されておるのではないかと、その二つの議論があつたのであります。併しそのいずれの議論が正しいかということは私はここで申上げることができんという趣旨であります。
お答えいたします。私は絶対に憲法の規定に牴触するものではないということを申上げたい。申すまでもなく、現在の保安隊、警備隊、又今後創設されんとする自衛隊にいたしましても皆志願制度であります。そして予備自衛官を作るにいたしましても、予備自衛官に誰がなるか……、強制は少しもいたしません。全部志願によつてその人を求めるのであります。それで志願するときにこういう条件があるということをはつきりさせて、そうして本人の同意の下にさような建前をとるのであります。断じて憲法に牴触する虞れはないと私は考えております。
お答えいたします。武力攻撃の虞れある場合、これは現在では武力攻撃が発生しなくても、もうすでに不当に外国部隊が動いておる、その場合に予想されることは、何どき日本の土地に対して不当に侵略をして来るかわからん、これに対してあらかじめこれに対処するだけの態勢をとる必要があるのであります。態勢を取らずに一拳にやられて来たときには、これは御承知の通り防衛態勢は全部崩れてしまう。そういう危険が間近に迫つておつたときに、それに対処するだけの待機命令はこれはしておかなければならん。待機命令をしておいて、現実に武力攻撃があつた場合に初めて発動するのであります。これは二つに区別しなければならんのでありまするが、待機せずにそれを発動することはできませんから
お答えいたします、敵が武力攻撃を加えて来ないにもかかわらず、こちらから武力攻撃を加えるということは、これはあり得ないことであります。現実に迫つて来ないものに対して、こちらからそれに対して対抗できないのです。武力攻撃が来るまでに待機命令をさせておいて、そうしていよいよ武力を向うが行使したときに、こちらがこれに対して対抗の武力を行使する、こういうことであります、そういう懸念は毛頭もないと思います。
所管大臣として只今の御質問にお答えいたしたいと思います。 誠に只今の御質問の要旨は御尤もと私は考えております。そこで申上げたいのは、一国が独立国家たる以上、外部からの不当な侵略に対しては、これに対処し得る手段を一日も早くとるべきことが至当であろうと考えます。これは国家独自の私は基本的要請であると思うのであります。いずれの国家といたしましても、独立国家たる以上はみずからの力によつてみずからの国を守るという体制をとるべきが、これが本来の任務である。そこで日本といたしましても、一日も早く独力で以て自衛を整えるべきであると考えるのでありまするが、御承知の通り、我が国の財政上その他諸般の情勢から考えまして、到底さような独自の自衛体制を整え
これも所管大臣から申上げたいと、こう考えております。 この御疑問も、私は御尤もであろうと考えております。そこで、外部からの侵略がどの程度に来るかということが、これは先ず具体的に考えなくちやならんのでございますが、無論大きな外部の圧力なり侵略に対しては、御承知の通り行政協定第六十六条に、日米の間に共同措置をとるという規定が設けられておるのであります。勿論、日本の自衛隊独力でやれる場合には、何もアメリカの駐留車の援助を借りる必要はなかろうかと考えております。併し、アメリカ駐留軍の援助を求めなくちやならんような醜態に万一遭遇いたしました場合においては、日米間において共同措置をとつてこれを協議するという規定が設けられております。この規定
お答えいたします。そこで不幸にして外部からの不当侵略に対して、日米両軍の共同防衛をやる場合において、どちらが、端的に言うと、森委員から言うと、どちらが司令官になるかという御疑問だろうと考えております。これは私はなかなか大きな問題であります。十分に我々も肚をしつかりきめて行かなければならんと思います。そこで具体的に只今からさような場合にどうするかということについて、まだはつきり結論は出ておりません。申すまでもなく、一国がさような不当な侵略に単独に処置をして行く場合は問題はないのですが、二国若しくは三国の間、その場合に、どうするか、イマージエンシーの場合に司令官をどこに持つて行くか。これは大きな問題だろうと思います。これは西欧諸国におい
これも関連いたしておりますので私からお答えをいたしたいと思います。憲法に規定しておるのは、我が国の保持すべき実力を言つておるのでありまして、他国との総合したものを決して指しておるわけではありません。極端に申しますると、さような議論になつて、双方合体したものについて判断いたしますると、日本の只今の保安隊を抜きにいたしまして、極く少数な、いわゆる警察部隊のごときものも、これはアメリカの部隊と合体いたしますれば、これは戦力になるというような不自然な見解も生じて来る、そうすると、日本では何も持てないというような結論が、そこに生じて来やせんかと思います。どこまでも我々といたしましては、これは日本が独自に持ち得るこの実力部隊についての規定であり
重ねてお答え申上げます。まさにその通りでありまして、憲法第九条に規定してあるのは、日本が持ち得るものについて規定されておるもので、外国との関係において規定したものではないと、こう解すべきが至当であろうと考えております。
訂正いたしたいと思います。先に行政協定六十六条と申上げたのは、二十四条の間違いでありまするから訂正いたしたいと思います。
便宜私からお答えいたします。今度自衛隊法においていわゆる予備自衛隊制度を取入れたのは、これは昔のいわゆる予備役とは全然その構想を異にいたしておるのであります。予備自衛隊員になる人は志願によるのでありまして、特に強制をいたしません。まつたく本人の意思決定によつて、予備自衛隊員になるかならぬかということをきめて、自衛隊員になろうという希望者のみを選考して、これを防衛の必要があつた場合に招集し、あるいは一年二回以内、二週間以上にわたらざる程度において、訓練招集をやろうとするのであります。旧軍隊のいわゆる予備役制度とは根本観念において差異があるわけであります。
これは名称の問題でありまして、われわれは今度保安庁法改正によつて自衛艦ということにしたいと考えております。これは一面においていわゆる乗組員の士気に関する問題でありまして、これをもつてわれわれは決して外国と戦いを交えるというような構想を持つておりません。ただただ期するところは、外国よりの不当な侵入に対して防衛体制を整えて行く、その一環として自衛艦というものの組織をつくりたい、こう考えておる次第であります。
お答えいたします。そのうちにはアメリカで駆逐艦として使用しておつたものも入るわけであります。
お答えいたします。われわれの理想といたしましては、三軍の統一した力を持ちたいと考えておりますが、日本の財政力ではそこまでは今の段階においては許すことができません。ただわれわれの考えるところに方向づけて、徐々にこれを持つて行きたいとは今のところ考えておるのであります。しかし急速にバランスのとれたものを三軍方式として持つということは、なかなか実行はむずかしかろうと考えております。