お答えいたします。少くとも私の手許にはさようなことは言つて来ておりません。
お答えいたします。少くとも私の手許にはさようなことは言つて来ておりません。
はつきり申上げます。私の手許にダレス氏からさような要請はありません。
総理大臣から私の手許にもそういうようなことを知らせず、又さような話があつたということを私に伝えておりません。これもはつきり申上げます。
お答えいたします。集団安全保障の下にどういうことをやるかということはまだわかつておりませんが、少くともそれによつて日本が戦力を持とうということになりまするとお説の通り憲法改正の問題が起つて来るであろうと思います。
私はあり得るだろうと思いますが、集団安全保障条約の内容如何によりますれば、日本の憲法を改正してまでそれに参加するかしないかこれは問題であります。参加するにいたしましても、日本の憲法下においてできるだけの協力をするという意味合の下においてできることは私は可能であろうと、こう考えております。
その通りであります。
そういう見解がありましようとも、今申上げました通り日本の保安隊は外国に出動すべきものじやないと考えております。
四条であります。
「わが国の平和と秩序を維持し、人命及び財産をの保護するめ、」特別に必要なる場合にこれを運営、管理することをきめておるのであります。
私はさように解しております。国内の平和と秩序を維持するために…。
これは私も常に言つておることであります。独立国家となつた以上は自分の国の手によつて自分の国を守るという態勢は一日も早くとつて行くことになると、私はこう考えております。そこで今は日本の財政状況その他の各面からいろいろ制約がありまして、止むを得ず直侵略に対してはアメリカの駐留軍の手による、国内の平和と秩序を維持するために保安隊がある。両々相待つて日本の秩序を維持しておるわけであります。併しこの態勢をいつまで続けるかということに問題があろうと思います。 そこで一番問題はアメリカの駐留軍が引揚げた場合にどうするかということです。これは大問題だろうと思う、率直に申しますと。そのときに日本がどうしていいのか、今から考えておく必要があるのじや
尤もでありますが、それでありますから今度のMSAの交渉の内容につきましては初めからアメリカでもどういう考えを持つているか、又アメリカの駐留軍の引揚問題もこれにからまつて来るのであります。それらの点については十分将来検討した上で何分の対策を講じたい、これが我々の心境であります。
至極御尤もであります。それでありまするから我々も十分これは研究中なんであります。併しこれは直ちにどの案がいい、この案がいいという成案というものは持つていないということは事実であります。これは各方面に亘つて研究を要するんであります。例えば装備の点についても日本の生産力の問題、技術の点も考えなくちやならんわけで、全部装備をもらつていいとは我々考えていない。それから人員にいたしましてもすぐそごから狩り集めるというわけにはいかない。船に乗り込ませる者に対しても私は少くとも五年かかると思う。これらの教育の点はどうするのですか。又国民所得の点、これは将来の見通しはどうであるが、そういうことからいろいろ研究してみまするとなかなか容易じやないのであ
いや、持つておりますれば、私は率直に……
……お話しいたします。それはそういうものじやないのです。なかなかこれは各方面から検討を要するものであります。恐らくこれは第一案も第二案も第三案も出て来るでありましよう。それですから我々はあらゆる資料を集めて只今検討中であります。成案を得ておりません。これは私、率直に申し上げます。
御承知の通り憲法でどういうことを規定しておるか。憲法第九条第一項には御承知の通り、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」この規定を設けられた趣旨というものは、結局は、日本はああいう軍事力を持つて侵略戦争をやつた、従つて将来かような愚を再び繰返すようなことがあつてはいけない、そこでこれを禁止した規定でありまして、この規定の裏側はいわゆる自衛力というものを否定したわけではありません。要するに自衛権というものは一独立国家たる以上ば如何なる国でも持つておる、この規定によつて自衛力を否定されたわけではないのです。併し自衛力の名のもとにこの厖大なる軍事力を持つてそれを逆用
それが具体的に申しかねることはしばしば述べた通りであります。要するに、それはその国の置かれた環境及びその時代によります。昔戦力であつた時代が今では、そのものが戦力でないということにもなりましようし、それを具体的にどこまで行けば戦力になる、どこまで行けば戦力に至らん、一線を画することはできないのでありまして、そのときの保安隊なら保安隊の現状を見てそうして戦力に至るか至らないかということは客観的に判断すべきものであろうと考えております。
それは今からはつきり基準を設けて、どこまでなら戦力、どこまでになれば戦力に至らんものだということは申しかねるのでありまして、保安隊が、これは仮定論でありまするが、増強するといたします。その増強する範囲は、ここまでであれば先ず戦力に至らんだろうということは、そのときの政府がこれを客観的に判断して、そうして国会の承認を求めることになるだろうと、我々はこう考えます。
それは我我は、これははつきりした計画を立てる場合に申すべきことでありまして、我々は計画を立てるときに戦力に至らない程度までのものを、我々の考えですよ、考えて計画を立ててそうしてそれを御判断を願うということになると思います。直ちに今幾万までが戦力になるかどうかということは、これは申上げることはできない。
私は存じません。