お答えいたします。財閥は、私の考えではもうずたずたにされたものと考えております。往年のああいうような大きな財閥というものは、現在は残つていないと考えております。また金融資本の独占という御意見もありましたが、御承知の通り金融はどこも独占しておりません。これも見解の相違でありまするが、私はそうは考えていないのであります。
お答えいたします。財閥は、私の考えではもうずたずたにされたものと考えております。往年のああいうような大きな財閥というものは、現在は残つていないと考えております。また金融資本の独占という御意見もありましたが、御承知の通り金融はどこも独占しておりません。これも見解の相違でありまするが、私はそうは考えていないのであります。
これらの法令によつて処罰された者でありますが、元来これらの法令も必ずしも占領軍の利益のためばかりでなしに、日本の国家利益のために定められた法令が幾多あるのであります。それについての処罰でありますから、これはよほど選択して考えなくちやならぬと私は考えております。そこでかりにこの法律が出ることを予想いたしまして、まだ刑罰が残つておればいいのでありますが、残らぬものといたしますると、その間に処していろいろな犯罪行為が行われるおそれがあるのであります。それで一応これでそういうことを阻止する必要があると私は考えております。また今田中君の仰せになりました占領目的違反の行為のうちで、非常に気の毒なものもあれば、——御承知の通り今度は前の恩赦法と違
猪俣委員の五百四十二号は違憲ではないかという御意見は承つておきましよう。議論もあることであろうと思いますが、すでにこの点につきましては最高裁判所において違憲にあらずという判決が下されてあることを御承知願いたいのであります。そしてこの勅令から発した各政令でありますが、これは賢明なる猪俣委員も御承知のように、ここに存続すべきものと廃止すべきものとあるのであります。いずれも内容はもうすでによく知れ渡つているのであります。法律家の猪俣委員もこの法令の内容については御承知のことであろうと存じます。そこでこの法令を生かすか死なすかというだけのことでありますが、あらためてこれを條文をもつて法案として提出、する必要はなかろうかと存じます。 そこ
お答えいたします。この新聞に記載された記事は相当間違いがあるということを御了承願いたい。原子爆彈、ジエツト機、ジエツト爆撃機を持たなければ九條第二項の戰力ではないと私は申したわけではないのであります。その意味は、現に外国において原子兵器若しくはジエツト爆撃機等を持つている国が相当あるのであります。それらの兵備に比べて現在の予備隊の装備はどうであるか、こんなものは問題にならない、鎧袖一触であります。これで以てこの第九條の戰力を云々するというのは、むしろ我々は意味はない、こう申上げたのであります。そこで問題は御承知の通り憲法第九條第一項には「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放する。」と言われて
お答えいたします。私の考えといたしましては、いわゆる近代戰における戦争遂行に適切可能な能力を持つのには相当な費用がかかるだろう、これは五千億や六千億の金では私は到底そういうものはでき得ないと考えております。今の国力ではできない。この点からも総理が再軍備はしないのだと言つたのも私は理由があろうと考えております。併しながら今仰せのようにだんだん装備は完備し兵員が増して行つて、おのずから幾年か先になつて近代戰に有効適切なる、いわゆる兵力となるという場合においては、これは憲法改正の問題も起きるだろうと思います。そこで今憲法改正をしておけばいいじやないかという御議論も、それは私も一つの御議論として承わつておきますが、これは非常に考えなければな
お答えいたします。先ず誤解をされておるので解きたいと思います。私は先ほども申上げたように、原子兵器やジェット機を持たなければ戰力とは言えないと言つたのではないのであります。これははつきり言つたのであります。そういう国さえあるんだ、そういう装備を持つた兵力に対しては、日本の予備隊の装備では、これは鎧袖一触で役に立たぬ。これを比べて見れば、九條第二項の戰力に該当するようなわけではない、こう申上げたのであります。誤解を解くために私は申上げます。 そこでこの憲法改正の問題でありまするが、少くとも私はいずれにもせよ、どこの国と仮想するわけではありませんが、万一外国から侵入されたような場合に、これに対抗して行く兵備を持つというには、これは相
その点に対して私から御答弁いたします。憲法第九条に国際紛争を解決する手段として武力は永久に持たない、こう書いてある。しこうして第二項において、その目的のために陸海空軍その他の戦力を保有しないということであります。そこで問題は国際紛争を解決するために武力を持たないのである、行使をしないのであるから、その目的のために戦力を持たないということになると、この目的というのは国際紛争解決のための目的だけであるか、あるいは自衛のためにはそれは除外しておるのかどうか、こういう議論があるのであります。しかしその議論のよしあしは別として、総理がしばしば申されたように日本の現段階においては軍力を持たない。いわゆる再軍備をしない。これははつきり言つておりま
問題は要するに国際紛争解決の手段としての武力の関係であります。現在の予備隊においてはさような編制、装備は持つてない。かるがゆえに憲法第九条二項の戦力に相当していない、いわゆる再軍備に当らない、こう申し上げておるのであります。
お答えいたします。ただいまの御質問は国際紛争解決の手段でない武力であれば、いわゆる自衛力を持つていいかどうか、その場合に憲法に違反しないかどうかということでありますが、この憲法の問題については有力な説が二説あります。あなたの仰せのように自衛のためにも軍備は持つていけないのだという説もあります。また自衛のためならば、国際紛争解決の目的としなければ、軍備を持つてもいいのだという議論もあります。しかしその両説いずれを可とし否とする問題は別といたしまして、現政府においては再軍備はしない、こうはつきり申し上げます。 〔「それは説明にならぬ」と呼ぶ者あり〕
お答えいたします。確信の問題じやなくして事実問題として、警察予備隊はさような兵力編成の力を持つていないと、こう申し上げるのであります。
稻村君のお説を承つておりますと、軍隊という言葉の魔術にかかつておるのだろうと思います。私はそう考える。そこで一体警察予備隊は、この憲法第九条第二項の戦力に相当するかどうか。これが問題であろうと思う。警察予備隊はあなたの仰せになりましたように、そういう軍事力遂行の目的にも使われない。また使える能力のないきわめて軽微な装備しかないということを申し上げておるのです。
それは改正であると思います。
警察予備隊は決して軍隊ではありません。これは戦争目的に使用するものでは断じてないということをここに申し上げます。しかして日本の治安確保のために、その目的のためにつくつておる。もし日本の治安が乱れたらどうなりますか。戦争よりもつと悲惨な状態になる。それが現在です。それで治安を確保するために、この予備隊をつくろうというのであります。はつきり私は申し上げます。
今の鍛冶君の御説一応ごもつともと思います。これについては二つの議論があります。いわゆるポツダム政令は終戰と同時に効力を失うものである、これが一つの有力な議論であります。それと同時に、これはすでに国内法として成立したものであるから、終戰とともに効力を失墜するものではない、やはり効力を持続するものである、この二つの議論があります。鍛冶君の御議論も相当有力なものと私は信ずるのであります。そこで政府といたしましては、その御議論のよしあしを解決することをせずに、まずその疑問を解いて、そしてこれを処置するのが至当だと考えまして、新しく法律案を提出する、こういういきさつになつておるのであります。さよう御承知願います。
もちろんその通りであります。国会を十分尊重して、国会の慎重な審議を仰ぎたいと思います。
占領治下にありましても、この御審議を十分おやり願つてさしつかえないものと考えております。ポ政令廃止後のこの手当をしておかなければならないのであります。
このポツダム政令廃止に関する問題とは全然関係はありませんが、私は行政協定は條約とは見ておりません。これは保障條約の一條項に関する問題でありまして、單独の條約とは考えておりません。
それじやお答えいたしましよう。私はジエット戰闘機やジエット爆撃機を持つものが現在のいわゆる有効なる軍事力、こういう解釈をしておるのであります。一体憲法第九條の「陸海空軍その他の戰力」というのは、いわゆる有効なる戰闘遂行の能力を有する兵器力とこう考えておるのであります。もつともこの憲法第九條の規定の趣旨と申しますのは、従来のような侵略戰争を再び繰返すようなことがあつてはならぬというごの根本精神から出ておるのであります。そこで現在の予備隊の武装がどうかということが、この間の外務委員会で問題になつた。それに対する私の答えといたしまして、警察予備隊の能力が一体戰争遂行の能力があるのかどうか、こういう軽微な装備をしたものは近代戰に間に合うので
私は加藤君のような議論をするのじやないのであります。戰力の標準がどこにあるかということであります。ジエット戰闘機、ジエット爆撃機を持たなければ戰力ではないとは申しません。近代戰争においてはかように発達しておるというのです。そこで日本の現在の警察予備隊はどうだ、近代戰に間に合うかどうか、そんな間に合わぬものを持つて戰力ということはいえないんだ。あなたはいかなる標準において戰力といわれるか、そこなんです。戰力という標準をどこに置くか、その標準を置くのは近代戰に間に合うような兵力をいうのだ、私はこう言うのです。
さようなことは申し上げません。はつきり申し上げます。 私が外務委員会においての質疑応答において申し上げた趣旨は、憲法第九條の戰力とは何であるか、その戰力の標準は何をいうかということを申し上げたのであります。近代戰争においては、もうすでに原子爆弾を持ち、ジエット戰闘機、ジェット爆撃機を持つておるのである。この軍力を有する国がたくさんあるのである。それでジエット戰闘機やジエット爆撃機を持つていなくても戰力を持つている国はありましよう。いわゆる軍の編成を持つたものであります。一体問題となつたのは予備隊の問題であります。予備隊は軍の編成を持つていないのです。軍隊というものはあるいは砲兵があり、あるいは工兵があり、あるいは輜重隊があり、み