条約といいますか、この協定の内容改定につきましては、ただいまの点はもちろんでございますけれども、両国政府それぞれの立場から必要な場合にあらかじめ申し出て改定を行なうということは、ぜひとも可能にいたしておかねばならぬと思っております。
条約といいますか、この協定の内容改定につきましては、ただいまの点はもちろんでございますけれども、両国政府それぞれの立場から必要な場合にあらかじめ申し出て改定を行なうということは、ぜひとも可能にいたしておかねばならぬと思っております。
折衝上の事務的な問題の一つには、ただいま御指摘の点が確かにあるわけであります。つまり現在の原子力協定によりますと、たてまえ上、まずアメリカから入れましたものはアメリカの再処理工場で再処理するということが原則であって、その他の場合には、アメリカ側が了解した再処理工場で行なうことができる、こういうたてまえであります。この点は、私どもとしては、いま原子燃料公社におきまして再処理工場の計画を進めておりますので、当然これからつくられる原子力発電所の使用済み燃料は、この再処理工場で再処理する、これによって国内における核燃料サイクルの確立をはかるという趣旨でありますから、まず国内の再処理工場で再処理することをたてまえとするようにいたしたい、こうい
海外におけるウラン資源の確保につきましては、昨年度調査費予算をいただきまして、原子燃料公社のほうからカナダ及びオーストラリアに担当の理事者を派遣しまして実情をつぶさに調査し、その結果、カナダについては、ただいま中曽根先生のお話しのように、協力して探鉱活動を進める、将来うまくいけば採鉱をするという計画が生まれつつあるわけであります。さらに今年度は、引き続いて原子燃料公社、事業団ができました場合には事業団につきまして、海外のウラン鉱の調査費というものをつけまして、現在燃料公社に約四百二十万円ばかりの予算をつけてございますが、これによりまして、カナダ、オーストラリア以外の国、たとえば米国それから中南米、アフリカのほうはまだ具体的な日程にの
前回も御答弁申し上げましたように、臨調の答申で、原子燃料公社が指摘されましたところは、本来核燃料というものが当時の状況で、国家管理的色彩の強いものであろうということと、もう一つはそのようなものを開発していく事業ということに焦点を置きまして、事業体としての性格を強く打ち出し、そういう趣旨から事業団とか公団とかという形でなく、公社というものにしたわけですが、しかるに、その後の情勢が変わって核燃料につきましては、近く日米原子力協定更改が行なわれますと、輸入化ということがすべての核燃料について確立することになりますし、また、従来は事業をやるべき公社において事業化のために必要な研究開発を行なっておる、こういうことでやってまいったのでありますが
原子力研究所が基礎的な研究並びに応用的な研究をやっておりますが、このような研究を国立機関にしてはどうかというのは、たしか臨調の御答申の中にあるわけであります。しかし、他方におきましては、原子力研究所をつくりましたときの趣旨からも明らかなように、この日本原子力研究所はわが国における原子力の基礎的、応用的研究のセンターでありまして、そうして単に大学の研究だけでなく、他の国立試験研究機関さらに民間産業の将来の発展のために必要な原子力関係の基礎的な研究ということも含めてとの研究所において総合的に行なわれることが期待されておるわけでありまして、そういうことで特殊法人の形をとりまして、かつまた、何といいましても非常に新しい分野でありますから、い
原子力研究所につきましては、設立は昭和三十一年でございますが、昭和四十一年度末までの政府出資金合計は五百二十三億八千万円でございます。そのほかに政府の現物出資といたしまして国有施設を使っておりますが、その現物出資が二億六千万円ございます。それからこの約十年間における民間出資の合計は十七億五千五百万円となっております。したがいまして、これらを総計いたしますと、五百四十三億九千八百万円余りというのが今日までの出資状況であります。それから原子力燃料公社につきましては、公社でございますので全額政府出資によっておりまして、同じく三十一年に設立以来四十一年度末までの政府出資金合計は百三十九億八千三百万円となっております。それから原子力船事業団に
御指摘のとおり、論理的に申しますと、国立では絶対できない、あるいは特殊法人でないと絶対この種の研究はできないということは必ずしもないかと思います。そこで問題は、実体上のお話でございましたが、運営面を含めての実体上の問題として、原子力研究所の課せられた使命をどういう形でやるのが最も能率的であり効果的であるかということからの判断であろうかと思います。この点につきまして、予算の運用上の弾力性ということも一つございますが、人事面におきましても、たとえば現在原研には二千名をこえる職員がおりますけれども、従来、そういうことはできないというわけではございませんけれども、国立の試験研究機関では千名をこえることもないわけです。やはりなかなか人を採ると
現在の原子燃料公社の職員は、燃料公社が解散されまして、事業団に承継されます際に自動的に全員承継されるということは法律案で明記されているとおりでありますが、その際の退職金の問題につきましては、全員そのまま承継いたすわけでございますので、希望退職等がございましたらこれはまた別問題でございますけれども、その他はそのまま引き継がれて事業団設立の後、事業団職員となる者につきましては、いわゆる燃料公社における勤務がそのまま続く形で承継することを考えております。したがって、退職金は支給いたしませんで、退職年限に漸次加算してまいるという形を考えております。 それから役員はもちろん職員でございませんので、そのまま承継するということではございません
ただいま動力炉開発についてのわが国のマンパワーについてのお尋ねでございますが、先ごろ、長期計画を原子力委員会が策定されますときにも、最も重要な動力炉開発を含め、わが国の原子力関係の開発利用を円滑に進めるために必要な人材がどの程度養成されなければならないかということは当然検討していただいたわけでございます。それによりますと、現在わが国におります原子力関係、これは広い範囲に関しまして、放射線の利用まで含めてでありますが、科学技術者は約一万名でございます。これに対しまして、約十年後における需要数、これを各方面の発展を見通しまして計算したわけでございますが、二万七千ないし二万九千名が十年後には必要である、すなわち、その差として一万七千ないし
事業団に現実にどのくらいの科学技術者が必要になってくるかということは、ただいま原子力委員会で御検討いただいております基本方針の案あるいは基本計画の案ができまして、それに即応した人員計画というものをつくらなければならないわけでございますけれども、これまで丹羽理事長が議長をやっております動力炉開発臨時推進本部のほうで、約十年間にわたる高速増殖炉並びに新型転換炉の開発計画に必要な、つまりそのこと自身に実際にタッチするそういう人の数は年次計画として出してございますが、それは約十年間で延べにして八千六百名である。延べで八千六百名でございますが、ピーク時における一番多い人数は千二百数十名になっております。昭和四十八、九年ごろの予定でございます。
先ほど申し上げましたように、動力関係に必要な科学技術者というものが十年後に約一万七千ないし一万九千と申しましたが、かりにこれを一万五千と踏みましても、ここで立てております動力炉開発計画自体に必要と考えられております科学技術者は、ピーク時において千二百数十名ということでございます。かりにこれを千五百名としますと、全体の中の約一割をこの動力炉開発計画に充てるということでありまして、その他の九割というものは、石野先生おっしゃいますように、原子力発電所の建設その他を含めまして行なわれる開発あるいは建設等に従事される、こういうことになるわけであります。したがいまして、この程度の、一割程度というものがはたして新型転換炉と高速増殖炉の開発プロジェ
昨年の十月にお話しのとおりエンリコ・フェルミ発電所、これを運営しているAPDA、アプダというところでございますが、ここからの報告によりますと、原子炉室にいわゆるフィッションプロダクトが出てまいりましたので、それで内部に何らかの故障があるということで炉をとめて調査いたしましたところ、燃料の一部が溶けたらしい。そういうことで燃料を取り出して調べる必要がある。その後燃料を順次取り出しました結果、最終的に数本の燃料がなかなか取り出せない。取り出せないといいますのは、炉の構造もありまして、非常に大きな力をかけられないといいますか何といいますか、機械も十分使えないということもありますけれども、やはり内部で燃料の棒が曲がっておるとか、あるいは溶け
ただいま現在までまだ運転しておりません。
このエンリコ・フェルミ計画は、アプダの長をやっておりますシスラーさんからの話で協力関係ができたわけですが、その際に、国内の各方面から人を送りまして勉強してもらうということになりましたのは、やはりそこで国内では現在得がたい種々の技術的経験を得まして、数年の後に帰ってきました際には、日本の高速増殖炉の原型炉の計画が、先ほどお示ししましたようなプログラムでちょうど入っているわけでございます。その計画に直接ひとつ中枢の人になって働いていただきたい、こういう趣旨があるわけでございます。
個人個人のいろいろな事情はまた別といたしまして、一般論としてはそのとおりでございます。
わが国の原子力第一船につきましては、これをどういう船種船型にするかということにつきまして、昭和三十二、三年ごろから原子力委員会でいろいろ検討されたわけでございますが、昭和三十七年に至りまして、専門家の方々で構成する専門部会で検討した結果、第一船は比較的小型の非商業船、つまり商業活動を行なわない船がよかろう、こういう御結論でございましたので、この線から、国の観測業務に従事します海洋観測船がよかろうということで、日本原子力船開発事業団を設立しました昭和三十八年におきましては、第一船は総トン数約六千トン級の海洋観測船にする、こういうことでまいったわけでございます。しかるところ、その後御案内のとおり、原子力船の船価の問題等でいろいろ検討を要
ただいま申し上げましたように、搭載いたします原子炉につきましては、かねがね第一船のために計画してまいりました熱出力三万六千キロワット、加圧水型の原子炉を使う、こういうことでございますから、その出力の範囲での性能しか考えられないわけでありますが、ただいま計画を変更しまして、特殊貨物運搬の目的に供し得るものといたしましたおもな点を申し上げてみますと、従来の海洋観測船に比べまして、長さにおいて約四メートル長くいたしました。この長さの大きさはあまり大きくないわけでありますけれども、従来の海洋観測船は、搭載貨物量にしますと、大体三百トン程度しか積めない、これは海洋観測が目的でございますから、荷物はあまり積むようになっていないのでございますが、
ただいまの計画では、四十二年度中に建設に着手いたしまして、そうして船体につきましては四十三年度の半ばに起工、四十四年度初めに進水、それから原子炉のほうが時間がかかりますので、原子炉のほうは四十五年度『二心つくりまして、四十五甲斐むこ船体とそれから原子炉の引き渡しを受けましてこれを中に積み込んで艤装するというコースを行ないまして、四十六年度中に完成して海上試運転に持っていく、大体こういう予定でございます。
最初に申し上げておきますが、科学技術庁がこの原子力船の母港といいますか、サービス・サイトと呼んでおりますが、これをまだ決定する段階に至っておりませんが、原子力船事業団のほうで全国約二十カ所ばかりいろいろと候補地をさがされまして、それらについて母港としての適切性等について検討しました結果、最近に至りましてこのサービス・サイトとしては横浜地区の新たに埋め立てされる場所、これがその諸種の観点から適切であろう、こういう御判断を持たれまして、現在地元である横浜市と折衝しておられる、こういう段階でございます。もちろん監督官庁といたしまして、その間の経緯につきましては、事業団から逐一報告を受けておりますが、まだ科学技術庁としてこれを決定するという
ただいま申し上げましたように、予定しておりますところは横浜港の富岡地区と申しまして、現在横浜市において埋め立てを予定しておる場所でございまして、その埋め立て地の一番とっさきのところ約一万坪をサービス・サイトとしてもらいたい、こういう事業団の希望でございます。しかるところ、この富岡地区の埋め立てにつきましては、実はまだ運輸省のほうから公式の埋め立て許可が出ておりません。その事情は、計画はすでに早くからあるわけでございますが、この埋め立ていたしますのは、ちょうど米軍、米駐留軍のほうに貸与している土地がございまして、そこから海岸に至ります道路をどうするかというような問題が間にはさまれましたために、この点の米側の了解を日米合同会議の場を通じ