非常にあわただしく行かれたように聞いておるのですが、御一緒された方はどなたでございますか。
非常にあわただしく行かれたように聞いておるのですが、御一緒された方はどなたでございますか。
昭和四十七年八月二十九日のJAL〇七二便、これであなたが行かれたわけですが、あなたの国際興業の広瀬さんと、そして浜田幸一さん、児玉さんともあなたとも非常にごじっこんの浜田幸一さんが一緒に行かれた。こういうことでありますが、そのほかに丸紅の社員が二人、一緒であったではございませんか。
この丸紅の社員、私たちの調べでは機械課の関係の人と総務課の人でありますが、お二人と同じJAL〇七二便でホノルルへ向かって出国をされております。メンバーがそろうわけであります。 そういう点で、そして先ほどの御証言でございましたように、ハワイでは、あなたの経営されておるサーフライダーホテルに総理がお泊まりになった。そのとき田中・ニクソン会談で、鶴見・インガソル会談というのがあって、そこで取り決めが合意がされたのであります。日本政府は、L一 〇一一トライスターなど、いわゆるエアバスの購入問題について、この契約が「締結され次第、これら航空機の購入を容易ならしめる意向である。」ということがこの文書に出ておるわけでありますが、あなたも航空
時間でございますので。
最初に一言申し上げますが、小佐野氏に対する私の質問の一部について、塩谷委員から委員長に対し取り消しの要求がありましたので、この際、私の質問の趣旨を明らかにしておきたいと思います。 政治団体である岳陽会が日本電建から三千万円の政治献金を受けていることは自治省への届け出で明らかであります。岳陽会の代表者は、増原恵吉氏の政治団体、内外政治経済研究会の会計責任者でもあります。また、ここに持ってまいりましたが、この「政治資金全書」というのがあるわけですが、これによりますと、この政治団体岳陽会は増原恵吉議員一人を挙げていることであります。そういうことを根拠にして質問したものでありますので、この点を申し上げておきたいと思います。
それで本来の質問に入りますが、御承知のように、アメリカの上院外交委員会の多国籍企業小委員会で、フィンドレー氏は、あのピーナツ百個一億円問題に関連をして、政府当局者と得意先の航空会社の双方に支払いが行われていると聞いていると、こういう証言をし、チャーチ委員長が、日本政府当局者と、ロッキードから買い入れるかあるいは買い入れる予定の日本の航空会社の代表の双方に支払いが行われたのだねと聞いたのに対して、イエス・サーというふうに答えております。これは、この証言は、明白に全日空に対しても支払ったんだという趣旨であることは明瞭でありますが、そういう点について、全日空の副社長としてその事実についてお聞きしたい。
会社にと言っているわけですが、あなたじゃなくて、会社にという表現でありますが、その点はいかがですか。
思っていないとおっしゃったのですが、受け取っていないと断定はされないわけですね。
事は、国会における宣誓証言であります。一方はアメリカの国会におけるアメリカ国民、世界が注目しているような証言でありますし、ここでもまた、いま日本国民がその点について非常な関心を持って注目している中での宣誓証言であります。だから、真実を述べることを強制されるこの宣誓証言で両方が完全に食い違っているというのでは、これは疑惑は依然として消えないということになります。この点についてあなた方はどういうふうにされますか。特別にロッキードの関係者から全日空がそういう不当な攻撃を受けるような、そういう条件というようなものでもあるのですか。その点いかがでしょう。
それならロッキードが不当に偽証までしてあなた方を攻撃するような証言をする理由はないということになるわけです。理由なしにそのロッキードが自分の会社の存亡にもかかわるような、あるいは社長、会長が辞任するというようなことにもなりかねないような、そういう不利な証言をわざわざなぜやったのか。そういうことは考えられないわけであります。ですから、どちらも同じことについて何ぼ声を大にして言っても、その点は疑惑はどうしても残るということを申し上げておきたいわけです。その点についての事実をはっきりとされるべきじゃないかというふうに思います。
機種選定の経過についてお伺いしますが、昭和四十五年の初め、一月ごろに大庭社長がオプションをダグラスの来日代表に出した。そして大庭社長自身がサインをしたという事実を私たちはつかんでおるわけでありますが、三井物産ではなくて、大庭社長が直接やったんだということでありますが、そしてそのことは、当時の若狭副社長も関係の人たちも知っておるはずだというふうに聞いておるのですが、あなたはそれを御承知ですか。
それは別の方法でまた明らかにしたいと思うのでありますが、次いでお伺いします。 昭和四十四年の十月七日、当時の手塚良成航空局長が記者会見をやって、日航、全日空が検討を行っている次期大型旅客機の導入問題について、両社が次期導入機について機種統一を行うよう強力に行政指導を行う方針だということを記者会見で言っていることが報道されております。そういう記者会見があったこと、あなたの会社に直接関係することですから御承知だと思いますが、いかがですか。
あなたは御存じなくてもこういう記者会見があったことは事実ですが、この立場でいきますと、強力に行政指導を行う方針だということを政府は、運輸省は発表しているわけですから、その後、当然強力に機種統一を図るための行政指導があったはずなんですけれども、ございましたか。
そういう行政指導は、いつまであったのですか。
四十七年といえば、その間にいろいろなことがあるわけですが、まさか四十七年の暮れにあったわけじゃないと思うのですが、いつまであったのですか。
あなたの証言はいま食い違っています。現在、いま言われたのは最初のころと言われた。その前の証言のときは四十七年まで、こう言われた。四十四年から四十七年までと言ったら、四十七年はもう最初のころじゃなくて終わりのころでしょう。証言が食い違っています。だから、四十七年のいつごろまでそういう指導があったのか、こう聞いているわけであります。
四十七年の三月二十四日の予算委員会現在では、当時の内村航空局長はやはり機種統一の方向でいきたいということを答弁していることは御承知のとおりだと思うのです。だから、その段階ではそこまでいっているということだと思うのでありますが、いずれにしましても、あなたは行政指導があったと言われた。だれからあったのでございますか。
国会で答弁をしていること、そういうことについて実際にやられておる内容が、だれかわからぬ人が何かちょっと言うたんだというふうな形で、あなたは、政府はそういう姿勢でおったということをいま証言されていることになるのですが、そんなものですか。
きわめて無責任な証言で、はなはだ遺憾であります。一方でそういう行政指導があって、そして四十七年の七月三十一日、全日空の機種選定委員会では結論は出なかったわけですね。その点はいかがですか。
八月三十一日は結局社長一任ということになったと思うのですが、昭和四十七年の七月二十五日から開かれました日米通商協議では、エアバスの買い付けについては、日本側は日航などのエアバス投入計画は未確定要因を含んでいることなどから困難であるということになりました。未確定要因を含んでいる。ところが、九月一日のハワイにおける田中・ニクソン会談——インガソル・鶴見会談ですか、ここでは航空機の購入を計画中であるというふうにもうなっているわけですね。そしてこれが締結された際は、これら航空機の購入を容易ならしめる意向であると日本政府の態度を示した。また三十一日、一日前にそういう不確定要素はあったのが、この田中・ニクソン会談ではもう計画されて確定したものと