私が心配をしますのは、将来、国債を発行しなきゃならぬ、しかし、金融は逼迫をしている、そういうときに、前にも一度議論が出たように、資金運用部でひとつ全部引き受けてくれ、日銀引き受けじゃなくて資金運用部で引き受けてくれという、そういう橋頭堡にこれがならないということです。
私が心配をしますのは、将来、国債を発行しなきゃならぬ、しかし、金融は逼迫をしている、そういうときに、前にも一度議論が出たように、資金運用部でひとつ全部引き受けてくれ、日銀引き受けじゃなくて資金運用部で引き受けてくれという、そういう橋頭堡にこれがならないということです。
もう一つ、これを財投に——資金運用部での国債引き受け、直接の引き受けが、財投の計画に載ってないというのは、どういうことなんですか。
沿革的には、あるいはそうかもしれません。しかし、国民としては、資金運用部のこの金が全体としてどういう運用をされているのか、その全貌を知る権利があると思うのですね。地方債の購入の場合にはちゃんと財投計画に載っておる。であるのに、国債の場合には、一体、載せないという合理的な理由は何もないじゃないですか。
確かに、あなたの言われておるとおり、あそこのところに、ほんの一、二行、ちょっぴり書いてあるだけですよ。あそこのところを見落とせば、二千五百億を引き受けたというようなことは新聞で見る以外にはないわけですよ。そういうことで一体いいのかどうかということ。二千五百億というのは大金ですから。 そこで、その問題に関連をするのですが、この財投というものを国会の議決にかかわらしめたらどうかというのは、特に去年の予算委員会以来議題になっている。それに対して、財政審議会で一応の中間報告をしておりますね。これに対して、大臣、この議決が必要だというわれわれの主張に対して、どのようにお考えですか。
いま大臣が、何か、一番の理由であるかのようにあげられた二重議決、これは具体的にはどういうことなんですか。法制局から伺いたい。
一事不再議というのは、旧憲法と違って、いまの憲法には別に明文がないんでありますから、なぜそれがいけないかという理由は、私は必ずしもわからない。しかし、その問題は別として、いまの問題は、一体、そういう意味での、一事不再議に抵触をするという意味での二重議決になるのかならないのか。なりますか。それ、同じ議決ですか、内容が。
そういうのを二重議決と言うとすれば、たとえば予算で、国鉄の運賃値上げというものを目標にした予算、これも広い意味では法律の一種だといわれますね。つまり、予算を議決をする、それからその値上げのための法律案を議決をする、予算は通っても法律案はつぶれるという場合もあり得るわけです。したがって、同じ問題が、一方では可決をされ、一方では流されるということもあり得るわけです。二重議決がなぜいかぬかという理由は、議決そのものの間に矛盾が生じちゃいかぬということでしょうけれども、現実に矛盾の生ずるようなことが現実にあるわけでしょう。もしこれが一事不再議だとすれば、たとえば国鉄の運賃というものの値上げを前提にした歳入歳出予算、それからそれに基づく、それ
この二重議決という議論にしろ、それから財政審議会が書いているいろいろな、現実にもう審議の対象になっておるではないかという議論にしろ、非常に形式的で、この財投というものの持っておる本質的な重みというものを全然理解をしていないと私は言ってもいいと思うんです。先ほど私が冒頭に申し上げましたように、補正予算がなかなか組みにくくなれば、しわ寄せは財投に来るというように、財投はまさに一般会計予算の半分の規模を持つ、そうして、合わせて一体として考えなきゃならない、まさに第二の予算です。この第二の予算というものを、こういう形式的な理由で議決から、はずすなんということは、私はナンセンスだと思うのですね。たとえば、道路行政一つをとってみても、住宅行政一
私は、大臣がいま言われたような理由なら、実質的な理由として、いわば討議に値すると思うんですね。特にこの財投の追加の場合に、補正予算を組むのと違って機動的にできる、そういう意味で、国会のコントロールをはずしたほうが行政が効率化をするんだという理屈がある、それはそれで——私は反対ですけれども、一つの議論になり得ると思う。しかし、逆に言えば、民主主義というのは元来ひまのかかるものなんで、そういう議会のコントロールをおそれて、効率化、能率化ということを基準にして財投というものを考えると、私はやはり危険だと思うんですね。現に、これは一つの例ですけれども、北海道東北開発公庫というんですか、これは何か十九社はかり——これは、私が調べた資料というの
その比率を私は何も否定はしません。しかし、あげ足をとるわけではありませんけれども、生活関連の関係に財投が重点を移してきたというのも、考えてみれば、元来生活関連の社会資本などというものは、こういう財投でやるべきものではなしに、ほんとうは一般会計で、コストのかからない税金でやるべきものなんですね。それを、そういうことをしないで財投に回すこと自体が問題なんで、そういう、本来一般会計でやるべきものを財投に回す。したがって、財投における生活関連の社会資本の充実という形がふえるという形になって、そこだけ切り離してみれば、何か福祉優先のことのようですけれども、しかし、逆に言えば、一般会計の肝心のところがお留守になっておるその結果だという——全部が
ただ、国債発行になってからの財投の原資のあり方というものは、相当やっぱり変わってきますね。つまり、国債を発行されたあとの公共事業というのは、これはやはり、利子のつく、そういう金でまかなう公共事業ということになりますと、財投の原資と同じようなものになってくる、ただの租税というわけにはいきませんよね。そうなりますと、これは、財投のあり方そのものにもいろいろな問題が出てくる。そのことを含めて、そのことを、前提というか、承知の上で私はあえて言いたいんですけれども、この間の総括のときに、私はナショナル・ミニマムというものを提唱しました。この財投の金を使うというのは、こういう資金コストのかかる金を使うというのは私は賛成じゃありませんけれども、次
私の聞いたのは、財投のあり方についての御意見でしたけれども……。まあいいです。 それでは、次に、国際収支の問題についてお伺いをしたいのです。貿易収支のことはあとでまた触れますけれども、一番投機的な短期資本の収支、特にこれは十二月の通貨調整後の一、二、三月の短期資本の動き、これを、まず報告してください。
一月、二月、為替管理の前に輸出前受け金が相当激増したという事情はどういうことなんですか。
逆に言えば、日本でも為替管理をゆるめても、一月、二月のような状態にはならないということですか。
アメリカの金利は上がりつつありますから、金利差で入ってきたというものならばそこでとまる。しかし、おそらく私はそうじゃなしに、あなたが説明しにくいかもしれませんけれども、やはり国際的な通貨不安、再切り上げに対する不安、そういうものに対しての投機的な動き、そういうものがやはり輸出前受け金の激増という裏にあるんじゃないかと思うんですよ。 もう一つお伺いをしますけれども、オランダとかベルギーの為替平価の動きなどがしょっちゅう注目をされる、これはどういう理由ですか。
オランダ、ベルギーというのはいまもちょっとお話がありましたけれども、国内法の関係で準備資産の中で金の一定割合を持っていなきゃならぬ、そういう意味でドルの無制限な買いささえはできない、ですが、やがて天井がくる、そのときにはフロートするんじゃないかということ、そこでもし一角がくずれればまた世界に波及するんじゃないかというのが注目をされておった原因ですね。ですからいまこそ小康を保っておりますけれども、私は何かの形で、何かの拍子で投機的な大きな短資の動きが起きないという保証はないと思うんですよ。そこにはやはり国際通貨不安というものは依然としてやっぱり率直にある。大蔵省のあなたからオランダ、ベルギーのいまの状況はあぶないですよというような説明
そんなことじゃ困ると思うんですね。通産省はよく業界代表だと言われる。特に大企業代表だと非難をされるわけです。しかし、大臣までがそういうレベルでものを言われたんじゃ困るわけで、もうあれじゃないですか、通産省レベルじゃなしに、日本の政治全体のレベルでものを考えなければならぬ時期じゃないですか。つまり、そういう意味でいえば、私は財界の考え方はおかしいと思うんですよ。外貨減らし外貨減らしといったって、いまある外貨をどうして減らすかということだけに重点がある。いままで輸出してもうけておいて、もうけてたまった外貨でまた一もうけしようという、そういういわば発想でしょう。そうじゃなしに、ほんとうに秩序ある輸出なり、あるいはほんとうに公正な競争力のも
まあ、新聞にはずいぶんでっかく出ましたけれども、その輸出税というのは私たちも別に最善とは思いません。しかし、ほんとうに、オーダリーマーケティングというようなことを財界が自主的にやろうとしなければ、次善、三善の策として、私はしかたがないと思う。しかし、問題は、もう少し恒久的に考えれば、私は、やはり競争力というものを公正にするということをまずやらなければならぬ。田中通産大臣は、輸出は悪だという考え方は悪いと言いますけれども——輸出は悪だという考え方は間違いだと言われましたね。よくそういうことを言われますけれども、私は、そこのところ、不正な輸出、それから不公正な輸出は悪だという、そのことにはやっぱり徹しなければならぬと思う。日本の輸出は不
われわれも、率直に言って再切り上げというものには反対です。それは、今度もし切り上げになれば、年末のあれとは違って、もっと非常にドラスティックなものになるでしょうし、そうでなければ、またやる意味もないわけですし、そういう、非常に大きなデフレ効果というのは、どっちみち勤労者のところへやってくる。特に、輸出関連の中小企業というのは、もうみんな整理をされて、日本経済全体の合理化に資するというようなことにもなりかねない。ですから、再切り上げというものにいかないように、われわれとしてはどうしたらいいかということを考える、その一つが賃金ベースアップです。それからもう一つは、この間もちょっと言いましたけれども、やはり資本が当然負担をすべき社会的な費
その辺の事情を説明してください。