前に言ったものを後からちょっと言葉を変えたりなんかしないように。評議員会については、これはさっきお話しのように、御答弁があったように、いわゆるあれを——さっき答弁されたとおりで私たちはいいと思うのですけれども、運営委員会については評議員会の議を経て国立大学協会から選出される。事実上はそうなるんだが、形の上でその評議員会が推薦をしてきたものについて、いわゆる入試センターの長が推薦をするという形をとると、内容的には同じことだということですか。
前に言ったものを後からちょっと言葉を変えたりなんかしないように。評議員会については、これはさっきお話しのように、御答弁があったように、いわゆるあれを——さっき答弁されたとおりで私たちはいいと思うのですけれども、運営委員会については評議員会の議を経て国立大学協会から選出される。事実上はそうなるんだが、形の上でその評議員会が推薦をしてきたものについて、いわゆる入試センターの長が推薦をするという形をとると、内容的には同じことだということですか。
そうすると国立大学側の意見も評議員会の意見も、運営委員の選出に当たっては十分反映をされるということですね。
じゃ、そこで少し質問進めて……。国立大学の大学入試改善の必要性についてということについて報告書は、最近の受験のための競争が激化して高校が次第に受験予備校化し、したがって高等学校の教育が強いひずみを受けるのじゃないかという憂慮がある。従来の大学入試についてもいろんな批判があり、受験地獄を激化させている。まあ、第三には、高校でカリキュラムの改変とか、生徒の多様性に臨む選択制の取り入れがあるから、これに呼応していわゆるこの新しい機運に対応する改善の必要がある。こういうことで全く、私たちも同じような意見なんです。それじゃ、どうして改善をするかという具体的なことについては、選抜試験を行うことは避けられないという現状判断を前提として、全国共通の
お話の中に、いわゆる学校間の格差というものをやはり是正しなければできない。これについては別にまた検討をしているというお話。学校間の格差には質的な学校間の格差もあれば、あるいは経済的な負担についての格差もそこにある。そのほかに学歴偏重というような社会的風潮というものもある。こういうことから有名校に生徒が集中してくるという、この点が一つあるわけです。この報告書の中には、本質的には教育制度そのものの改革と相まって考慮さるべきものということがありますが、これは具体的に内容はどういうことでありますか。
そこで、もう少し質問進めますが、今度のやり方で、受験生に対して二重の負担がかかってきて受験地獄の解消に資するところがないではないかというような批判が一部にはあるわけです。事実、報告書の中の専門委員の中にはこういうことを言っている、書いている者があります。一発勝負を防ぐという「いくつかの利点をもってはいるが、果してこれが入試制度の改善にどれほどの積極的意義をもち得るか疑問をさしはさまざるを得ないし、受験生にとって二重の負担になるのではないかという危惧も残る。」「高校側の意見を広く聴取して慎重な検討を望みたい。」ということが報告書にも出ているわけでありますが、これについて国大協側は一発勝負を避けるために、また正常な高校教育という基礎に立
一通りのことは私も読んで存じておりますので、主として私はあと二次試験の問題も後からお聞きをいたしますので、できるだけ質問の点に重点を置いて御理解をひとつ、お考えをいただきたいと思います。 七科目になるというのは、高校の到達度を調べるんだからだと、あるいは慎重な資料を用意するからだと、こういうことでありますね。問題は、その慎重な資料を用意すること結構、到達度を調べることも結構だけれども、過重な負担になれば、過重な準備をしなければできない。そうなることが結果的には受験地獄の解消にはならぬのではないかという観点を持っている人もあるわけです。その点は後ほどまた第一次試験、この問題は触れたいと思うのであります。そうすると、まあ、高等学校の
むしろ相関があるということは相当結局いわゆる選抜に使えるということですからね、いまの第一回だけので。問題は、私が言っているのは、第一次の試験が過重にならないのかということについて、まず五教科・五科目が五教科・七科目になるのじゃないか。それからまた、その試験の内容自身も相当程度の高いものにしなけりゃ、だれもができるということでは選抜に役立たないというような気持ちがあるし、それを大学が利用するというところに相当ウエートが置かれなくなってしまう。いわゆる点数的にも相当重んずるということになれば、内容的に相当重要視されるような内容になってくるのじゃないか。ただ普通、高等学校で勉強していればそれでいいという問題、到達度だと言いながら、事実上は
大体、第一次試験についてはいま言ったような、そういうことのないような問題を、できるだけ全体の到達度がねらえるような、非常な努力をしようとしたようなものにしていく内容によってこういうものを解決したい、というのが大体の御答弁の趣旨であると思うが、しかし同時に、それでは第一次試験の意義が非常に、期待から違うという面が出てくる、一つの問題点が出てくると思うんです。 その次に、同じような問題で第二次試験が過重にならないか、適正に行われる見通しがあるのか。これについてはあなたの方の報告書には二次試験について統一的に規定することはできないが、できるだけ科目を少なくして記述的なものを主として志望学部や学科との資質、適性を見ることが妥当だと、ある
その資料の集まった検討の結果によっては、国大協はもう少しいわゆる積極的な発言なりあるいはそういうアドバイスをまとめて出す意思はあるのでしょうか。どこまでもそれは各大学の方なんだからということなのか。もう少しやはり結果を見て非常に、その趣旨と反するようなことが多いというような場合においては、こういう趣旨でやってもらわなければ再検討してやらなきゃいかぬ、という強い意思が国大協で示されるのでありましょうか。その点はどうですか。
そこで、こういう議論は国大協にはなかったんですか、お聞きをしたい。全然逆になってしまうというそういう議論、つまり、第一次の五教科・五科目が五教科・七科目になってしまった。二次の一、二教科という希望は三教科・三科目以上、しかも私立の名門校の入学試験というのは三教科または二教科だから、それを相当強く勉強しなければいけないという、そういうこと。教科の面にある一つのいわゆる重さ、負担、それから論文とか記述方式の訓練とか勉強がなされてくるのではないか。あるいはまた、共通第一次に向けての技術訓練というものが相当取り上げられてくる、これもまた勉強する。それから学校にランクづけができるだろう。つまり各大学から第一次入試の大体ランクはできてきて、それ
それから、日本では総合選抜制度というものが定着しないという経験があるわけですね。たとえば、明治三十五年から六年間この総合選抜試験というものをやってみた。大正六年から二年間そういうことをやった。それから二十二年から二十九年に進学適性検査というものをやった。これについては、学力検査の準備に加えて進学適性検査の準備もしなくてはいけない、あるいは進適の結果で学力検査を受けられないという生徒の親たちから非常な非難が出て、結果を必ずしも大学が尊重しなかったとか、いろいろな進学適性検査の問題があった。昭和三十八年から四年間能検テストというものをやってみた。そういう意味で、日本では総合選抜制度というものは非常にいいことだしということで努力はしてみる
そこで、もう少し一体別の方法というのは議論はならなかったんだろうかということであります。これも報告書の中に記載されているのに、「基本的に競争選抜試験という事実がある以上、試験地獄は必ず存在する。試験の抜術的、形式的改善を試みても、結局枝葉末節のわずかな利益が予想をされるのみで、大勢に影響するほどの効果があろうとは思われない。そのために共通第一次試験のような大規模な計画を行うのは労多くして功伴わないのではないか。参加者三十万、テスト規模の大きいこと、共通作業によって利益が得られる適正な規模を超えている。電算機の制約、事故処理の困難、すべてこれから生ずる。」こういうことは報告書の中にも書いて、「どちらも根本的な問題で明快な結論を出すこと
もう少し、その他の問題ですが、これは一発勝負を避けようという結果だが、結果的に一発勝負になるじゃないか。これはもう国立大学の一期と二期が、二回できるチャンスがなくなる。それだけで、じゃ、足切りに使われるということになれば、結果的に学力のある者がほかのところで足切りされて、学力のない者がほかの学校へ入っていくという、そういう矛盾もそれは出てくる。だから、文部省の改善会議でも、志願者の国立大学受験の機会を一回に限定しないという趣旨を十分に尊重しつつ、今後なお慎重に検討する必要があるということを言っているわけです。ところが、これについては国大協の方はこの救済構想は現時点では無理だと、こういうふうに言っていたわけですね。ところが、衆議院の方
これは検討しているというお話です。これはまた逆に、またほかの意味で、要するに私立名門校というか、私立の学校が二教科ないし三教科を非常に程度の高いものが出てくるということになれば、一期校を受けて、それを受けるというよりは、もう共通第一次試験もあれもあるので、結果的には私大一本にいくということになって、今度はそういう人に対しても一発勝負的なものを性格づけをしてしまうということにもなる。で、この点については検討するというお話でありますが、相当まあ、具体的なことを言われているんですので、これはこの法案が通るまでにきちっとその考え方をまとめて発表できるということなんですか。 それから、もう一つ大臣にお聞きしますけれども、これはもう文部省の
ちょっと待ってください。それは大臣から……。そんなことを局長に……
それじゃ局長答えて。
法案の通るまでにそのことについては考えはまとまるのですか。
この法案はまあ、入試センターの法案ですけれども、それがやる試験については国大協の関係の内容を持つものですから、やはりこの法案のめどがつく段階で、こうした問題もひとつ結末をつけていただきたいということをお願いしておきます。 それからまたその次の問題でありますが、五教科・七科目、必須科目という話ですが、職業高校については、もともとこの試験のやり方は普通高校中心じゃないかということも言っているくらいに事実、農学校では、普通科が五十単位で農業科目が四十単位、その他十単位ですから、これは非常に単位の上においても普通科のウエートが普通高校と違うわけです。したがって、工業、商業、農業、家庭、水産、看護の高校の校長からの要望というのは、いろいろ
これは一つの大きな欠陥ではあると思うんですね。全く履修の単位の違っているものを同じような評価をしている。その学校にとって見れば、非常に大きな生徒たちのギャップがある。いまはそういうものを前提にやっているわけであります。この点はいま英語Bの問題が出ていますが、それと数学、理科。しかし向こうの言っているのは、数学のかわりに、たとえば商業簿記だとか、そういうものは入れられないのかどうかと言っております。これはやっぱり具体的にも相当考えていかなければならない問題だと思います。 もうちょっとお伺いしますが、私立大学にもこれを参加を求めるというようなことについては、国大協の方は、意見として興味あるものだと、現在の状況では実行不可能であるとい
国公私立を含めて大学入試の改善について積極的な推進をするというなら私は全く賛成であります。それどころか私は、この際、私立大学の入試改革のための必要な措置を私立大学側に求めるということは必要だと思う。研究してもらいたい。これは私立大学の入学試験がこれでいいという状況ではない。だから私はむしろ、さっき話をした一回のいわゆる私立大学の試験が果たしてどういうもので行われたら最も妥当なものかということについて、もっと私立大学側も積極的な態度を示すべきだと思う。また、文部省側でもやはりそれについてひとつ十分考えてもらいたいという、積極的な努力をするということはあたりまえだと思う。また、今度出てくる大学の入試センターが、これに対する協力を掲げてい