準備の結了したという報告を受けましたから、そこで、皆さん関係の閣僚の方々が、それじゃ、あしたやろうというようなことは、それは、きまったケースにおいて、各結了した内容において、そういうふうな話し合いはあったのであります。
準備の結了したという報告を受けましたから、そこで、皆さん関係の閣僚の方々が、それじゃ、あしたやろうというようなことは、それは、きまったケースにおいて、各結了した内容において、そういうふうな話し合いはあったのであります。
数のことについては、宮澤運輸大臣からも平井郵政大臣からも、絶対に聞いておりません。そこで、準備が結了したという報告を受けただけであって、この数のことについては絶対に聞いておりません。お話はなかったのであります。
いろいろお話がありますけれども、事実その日には、数を、つまり、解雇を何人にするとか、あるいは行政処分を何人にするとかいう数の話はなかったのであります。それぞれ公共企業体と相談されて、公共企業体におまかせになっておるから、大臣といえども、それは、そのときに責任を持って言われなかったのだろうと思います。でありますから、その日の実際の姿を言っておるのでありますから、他の大臣のいらっしゃいますから、一つお聞き願いたいと思います。
政府は、そういうますます事態を混乱させるようなことは絶対に考えておりません。よくしようと考えておるのであります。同時に、岡田さんも御存じのように、公共企業体の関係においては、それぞれの関係企業体が具体的な事象を把握し、その法に照らして処罰されるものであって、労働大臣は、そこの具体的なことをわかるはずがない。でありますから、この間の準備の結了したという報告を受けると同時に、それぞれの事象によって公共企業体においては実際の数字を把握しておられたでありましょうけれども、運輸大臣は、それを申されなかったのであります。私どもは、それを努めて聞こうとはしなかったけれども、準備が結了したから、適当な時期だと思ってこれを決行することになったのであり
やはり法律に基いて、法を誤まったものはやっぱり責任を持ってもらうということは反面に行うと同時に、一面においては、これはやはり友愛の精神でよき労働慣行を作るようにお互いに協力し合って行くということがほんとうであると思う。それは、たとえば、今度総評の方で言っておられるように、処分しないうちから、処分したならば反対ストライキをやるというようなことを発表されることも、よき労働慣行を作るゆえんではないと思うのです。お互いによき労働慣行を作るように両方から協力し合わなければならないと思うのです。それが私どもの考えであります。
ただいまのお問いでありますが、この間の八日の日にお答えしましたのと同じことを言っておるつもりであります。八日の日にもやっぱり報告を受けたといっております。それで、やはりこの報告を受けている。そこで報告をし合った後に、それじゃやろうということがきまったので、それは自発的にきめたので、こちらから無理に押したのではありません。それから、池田君云々ということは、私はそんなこと関与しません。
総評が発表いたしましたことは、これは事実新聞に出ておりますから、私は総評の問題についてのことは……(「出ているじゃないか」「発表しないのになぜ出したのだ」と呼ぶ者あり)私はここでもこの間申し上げましたように、あのことは非常に遺憾と思っております。
反対闘争が十一日、十二日に行われるということを聞きまして、私は非常に憂慮いたしております。できるだけそういうことが行われないように一つお願いしたいと思います。(「撤回すれば起らないのだ」と呼ぶ者あり)同時に、このことについては、総評当局とも話し合ってみたいと思っておるわけであります。また、今度、法を犯してはぜひ一つやってもらいたくない。法の許せる範囲内においてのことならばいいと思いますが、法を犯して国民に迷惑をかけて、あのダイヤを大混乱させるというようなことは、ぜひ避けてもらいたいと思っております。
各企業体の経営者におきましては、それぞれ法律に従って、具体的問題でかように御決定になったものだと思いますから、私は現在の発表せられた処分は、これは緩和することは困難であろうと思います。しかし、再びこういうことの起らないように、また、この次にこういう問題が起きまして、行政処分や公労法の処分をしなければならぬということは、お互いにどうもいいことではございませんから、こういうことの起らないようにやってもらいたい、かように思います。現在決定して発表したものは、これはそれぞれ具体的におやりになったものでございますから、これは私の力ではどうすることもできないと思います。
吉田さんのお問いでありますが、これは衆議院の社会労働委員会において、たしか福岡県出身の滝井さんの御質問の場合と思いますが、それは格差問題を議論しているときにそのことになったのです。俗にいうやみ問題である。やみ問題について、この格差問題のときです。格差問題のときに、だれに責任があるかということになったから、私はこう申し上げました。きょうの参議院の本会議でも言おうとしたのですけれども、皆さんがいろいろ言われたので、全部言わなかったのですが、格差問題について、このもらった勤労者には責任はないと、私はそう言ったのです。それは話し合いでもらっているのですから、払った方に責任がある。払った方に責任があるというのは、だれに責任があるのだと言うから
先ほど総理大臣並びに大蔵大臣のお答えになりました通りに、公共性を多分に持ち、かつ国民の代表である国会に特別予算を承認を得ることになっておりますから、国会議員といたしましても、この国民に利害休戚の非常に大きなものの特別会計の権限を、国会の方の権限を縮小するということは、私は労使の関係だけでなくて、国民全体の利害から考えて、これはやはり相当国会議員の発言権を保持していくという方向にいくことがほんとうであると思います。その中に労働者の代表もあれば、使用者の代表もあるという意味において、やはり特別会計の権限をそう大きく、大幅に移譲するということは、労使の関係だけを考えれば別でありますが、国会議員としての立場からは、現在以上にやはり保持してい
最初のお問いは、調停のうちに解決をつける方が最もいいと、こうなればますます仲裁裁定にのみ解決を依存するようになるんじゃないかということでありますが、それは現在の状況においてはだんだんそうなる傾向は強いと思います。 もう一点は、大蔵大臣でなくて、主計局当局に権限をゆだねるのではなくて、主計局が作った予算はわれわれが審議するのですから、最終的には国会議員の権利だと思っております。
かようになりましたことは、五百二十円というものが自然の間にできまして、仲裁裁定におきましても、これはだんだんとその順を追って正常な給与、つまり予算単価に近づくべきであるというようなことが仲裁裁定において決定されたものでございますから、自然かようにならざるを得なかったと思います。
それば言葉が少し足りなかったのでありますが、先ほどのお問いに対する問題は、自然、仲裁裁定の裁定を尊重するようになると思います。
できれば話し合いでいくことが一番いいと思います。また、その次にはこの調停を中心にして労使が話し合いをすることがいいと思います。それができなければ、三段目の仲裁裁定に依存するより道はないと思っております。
それは当事者間の考え方によると思いますが、紛争によってやろうとするようにいけば紛争せざるを得ないし、話し合いで、ほんとうに虚心たんかいの話し合いでやろうとすれば、話し合いでできないはずはないと思いますが、その方法をとられない情勢はまことに遺憾に思っております。
私は、話し合いをするということの意思があればできる、と申し上げますことは、やはり順法的にやってもらわなければならないと思います。全然争議を起してはならないという規定の上に立っておりながら、争議という名前は使っておらないが、職場大会というようなことでいろいろおやりになる。しかも、当りまえに考えれば、仲裁、いわゆる調停に頼んでおきながら、その調停の、裁定の下る前からいろいろ紛争の指導をし、紛争が行われておる。今度の場合におきましても、十二月中に調停を勤労者の方から要請されておる。それをいろいろ審議しておる最中にこういうことが起ったということは、私はよい労働慣行を作るためには、やはり今規定してある法律をよくお互いに守り合っていくところによ
予算総則の上に、今度の基準外と基準内の問題が現われたからそのようにおっしゃることと思いますが、あの問題は、五百二十円のようなことがあって、これは将来なくするようにしなければならぬということになっておりますから、予算面におきましてもそういうような方法を講じましたし、また、そういうことがないようにするためには、やはり財務当局の話を一応聞いてからやるということがほんとうであるという建前から、政府といたしましてはかように決定いたしたのであります。また、今のような状況になって参りますと、自然、仲裁裁定の最後の裁定によって政府はこれを尊重し実行する以外に道はだんだんなくなるだろうということは、同感でございます。
できる限り仲裁までいかないうち、話し合いでできるようにすることがよい労働慣行だと思います。ただいま御指摘になりましたようなことが将来障害になるならば、労働慣行を正常に復するとともに、法律的な制限も解いていった方がいいと思いますが、現段階におきましては、中労委の仲裁裁定の指示によってかようにせざるを得なかったと思うのであります。
仲裁裁定が最後的の決定の方式だと思います。