もし、これは国会審議にゆだねて、これとこれとはお願いするという選択的なリストをお出しにならなければ、われわれとしましては、五月十八日まで会期はあるものとして審議するということになる。ここはやはり話し合いでありまして、総理がもう解散の決意をしておられるということであれば、大がい見当をつけて、いつごろまでに重要法案は上げてもらいたいということをおっしゃった方が、決意を早める方からいっても適当じゃないかと思うのですが、そういうことは全然考えられませんか。
もし、これは国会審議にゆだねて、これとこれとはお願いするという選択的なリストをお出しにならなければ、われわれとしましては、五月十八日まで会期はあるものとして審議するということになる。ここはやはり話し合いでありまして、総理がもう解散の決意をしておられるということであれば、大がい見当をつけて、いつごろまでに重要法案は上げてもらいたいということをおっしゃった方が、決意を早める方からいっても適当じゃないかと思うのですが、そういうことは全然考えられませんか。
大体、新聞で拝見するのでありますけれども、農繁期に入らないうちだ、それからメーデーは避けたい、日曜であってもなくてもいい、重要法案が成立した後、これだけのワクがはめられているのですから、それ以外に考えられますか、解散の時期というものは、あるいは選挙の時期というものは。おそらく、これだけのワクをはめられて、これ以外の解散の時期とかあるいは選挙の時期というものは考えられない。何か奇想天外な着想でもあれば別ですけれども、おのずから総理の決意というものはこういうワクの中で決断を迫られてくるんじゃないかと、こう思うのです。そこで、岸総理がもう一つ踏み切りにくい条件というものは、社会党にイニシアを取られちゃ困る、自民党のイニシアにおいて解散した
一部には社会党が不信任案を出す、まあ数の関係で衆議院では否決になる。しかし否決に持っていかない前に、両党が十分に政策の異なるところを論議して、そこで解散ということが一番適当なきっかけではないかという話もあるのです。これにつきましては、どういうお考えでございますか。そういうことに全くこだわらない、全く総理の決意で、適当な時期を選んで解散ということに持っていくお考えでありますか。
それでは解散の時期につきましては、何度総理にお尋ねいたしましても明確になりません。しかし世論が、この時期に解散すべきであるというその世論には十分に聞いていくつもりであるということだけはわかったわけであります。先ほど大沢委員の方から、小選挙区及び参議院の全国区の問題についてお話がありました。これは一つの見解だと思うのであります。私は、岸総理が小選挙区論者であるということをよく承知しております。しかし、あなたがもし内閣総理大臣であるといたしますならば、かりに以前幹事長の時代において、小選挙区法案を強行突破しようとされました。そういうことがありましても、ただいまのたとえば大沢委員の御発言に対しましては、これは衆議院の小選挙区及び参議院の全
期間の短縮の問題につきましては、これは総理は、衆議院におきましても、ただいま大沢君の質問に対しましても、これが決して新人の進出を阻止するものでもなければ、あるいはまた、言論を制限するものでもないというようなことを言われたのでありますが、しかし、肝心の選挙期間が短縮されれば、それに比例してというのはおかしいですが、それに比例して事前運動が活発になるし、また長くなるということも考えられるのでありまして、もちろん、われわれは二十五日を三十日にしろということを言っておるわけではありません。しかし、現行で非常に弊害の起らない期間であるならば、これをしいて短かくするということは納得がいかないのでありまして、その短かくなった分だけ事前運動が長くな
岸総理の汚職の徹底的な追放ということは、いろいろ私どもも承わっております。私は、現在衆議院で問題となっておりますことにつきましては、ここでお伺いいたしませんけれども、もし公明選挙であるとか、あるいは汚職の徹底的な糾弾であるとかいうことを実現されるならば、この選挙を通じてなさるのが一番適当だと思うのでありまして、そこで、とかくのうわさのある人々を公認しないとか、あるいは選挙に金がかからないようにするとか、こういうようなとは当然なさるべきだと思うのであります。しかし、中には閣僚の一人が某省に回りまして、それで、二百二十一億の経済基盤強化の基金がある、この一部分は港湾施設の改良のために使い得るのであるから、われわれの推薦する者を十分に援助
最後に申し上げますが、名前を言った方が御都合がいいと思います。河野企画庁長官でございますが、経済基盤強化基金というものは、河野長官の手元にあると思うのであります。それが、港湾のあるところに行きまして、そうしてわれわれを支持してくれたら、またその二百二十一、億をくずして一つ援助を与えてやるなどというようなことは、全くこれは利権によって投票をつるということじゃないかと思うのです。まことにけしからぬことだと思うのです。こういうことがもし現在の内閣で行われているとするならば、これは公明選挙も何もあったものじゃない。それは力と金を持っている者が勝つにきまっています。正しい主張なんというものは決して勝てない。ですから、私さっき申しましたように、
いろいろ聞きたいことがあるわけですが、国の方にも資金のたな上げということがあったようで、それと関連して、地方でも積立金制度というようなものを作るという、何かそういう大蔵省の方から話しがあって、こういうふうな積立金制度というようなものをこしらえたんですか。
直接関係がないかもしれないですけれども、しかし、やはり大蔵省というか、あるいは政府の一部に、この積立金制度を確立していくという、そういう気持があったんじゃないかと、こう思うんですが……。金をやるから、やはり何か縛らなけりゃならないと、こういったような、やっぱり中央の支配というものを地方に押しつけていくという、そういう傾向が非常に強く出てきたように思うんです。どこまでもそういう意味じゃないんですか。
まあある程度地方財政が安定してきているという、この事実は認めなければなりませんけれども、しかし、将来こういう状態が、今後もやはり続いていくであろうかどうかという、将来の地方財政の見通しというものは、どういうものですか。
将来山か、現在山であって、将来谷になるかもしれないが、しかし、一方考えなければならないことは、行政水準というものが現在のままでいいのかどうか、こういう問題があると思うんですね。やっぱり、それぞれ公共団体の長という立場からいえば、あまりこれまで十分に府県なりあるいは市町村のために仕事をやっていないんだと、こういうときこそやって上げなければならないと、こういう気持も一方では持つと思うんです。ただ、しかし、この地方財政法の改正で、まあ俗に言えば、去年よりもたくさんの財源が生じた場合には、これは積み立てしなければならないということであれば、地方自治のうまみというものは全然なくなってしまうんじゃないか、こう思うんですが、どうですか。
堤防が切れたのをほったらかしにしておく、それを直すというようなことは、これは別に行政水準の問題にはなりゃしません。行政水準を高めるということは、やはり最小限度、堤防が切れてないものと、こう考えて、木の橋は永久橋にするとか、いうようなことは、水準を高めていくことであって、それをしも緊急性のある仕事と判断ができるかどうか、こういうような問題になってくると思うんです。水準を高めるということは、そういう意味で考えて、そういうことのために金を使うということが抑えられるという格好になると、さっき言ったように、地方自治のうまみというものは一つもない、そういうわけなんですがね。
ごそっと伸びるといいますが、著しく余った、著しく多くなったというようなことは、それはあなたが考えれば「著しく」ということは判断できるかもしれない。しかし地方自治をやっていく責任者としましては、そうこれが著しくというような判定が下せないということがあるのじゃないですか、そういう判定はどうするのですか。
知事にしても市町村長にしましても、たくさんの金が入ったからといって、まるまる使ってしまうということもおそらくないと思うのですけれども、局長は僕の反対のことばかり言って、極端なことばかり言って、入った金はみんな使ってしまうのだ、そういうことをさせないようにするのだと言うけれども、それも私は極端な例証だと思うのです。まあ話は中正なところでもってやっていかないと。そうむちゃくちゃに使うということはないけれども、とにかく長年の地方財政の窮乏で、行政水準というものが確かに落ちていくということは考えられると思うのです。だからこれで景気のいいときに、今までやらなかったのだから、少しは何かして上げなければならぬという、そういう親心的な地方団体の主張
先ほど森委員からお話がありました。前年度に直接比較して、それで著しく多いとか少いとか……少いということはないが、著しく多いという、こういう条件を設定するということは、これはずいぶん危険なことではないかと思うのですが、危険というか、無謀なやり方ではないかと思うのですけれども、もう少しやはり平均的な傾向というものを見て、そうして三年なら三年続いて著しく多いというような結果が出てきたときに、初めてそれはほんとうの意味における財源が多くなったのだ、こういうようなふうに見られるのじゃないかと、こう思うのですけれども、どうしても前年という、すぐ前の年ですか、一年で比較しなければいけないのですか。
「前年度」と書いて過去五年間の一般的な傾向を見るということに読めますか。あなたはずいぶん一般の法律を作っておるのだが、そんなむちゃを言うものじゃありませんよ。
それならやはり森委員か言うように、この字句を修正して、過去何年間に比較して著しくこえるというようなことにしなければ、これは「前年度」と書いて、あとに「著しく」と書いて、「著しく」の判断の基準というのは、過去五年間の一般的な傾向を見るのだというふうには読めないと思う。まさか修正してもいいという考えはないでしょう。
それだからいつも言うのですけれども、財政局長あたりは、話をすればよくわかるのだけれども、これが地方へでも行ってしまって、地方のわからぬ人たちがやるときに、町村長なんかをつかまえて、去年は幾らだったから積み立てろ、こう言ったらおしまいじゃないか。そんなことはありませんか。
これは行政水準が全体として伸びているということは、われわれとしても認められると思うのですけれども、しかし個々の公共団体にとって考えてみまするというと、まだまだやりたいということは幾らでも持っています。そういう人たちは、何とかして行政水準を伸ばしたい、こういう希望を非常に強く持っておるわけなんです。それですから、余分に入った金があれば、ある程度行政水準を高めるということは、どうしてもこれは認めてやらなければならないと思うのです。それが緊急性のあるとか、非常に大きな災害を受けたとかいったようなこと以外には使えないで、義務的経費というところがありますから、ある程度までそういうところに行政水準の向上というようなことは含められれるかもしれませ
恒常的な仕事は恒常的な経費から支弁したらいいじゃないか、こういうお話です。行政水準が高まっていないとか、あるいは十分向上しないということは、経営的な歳入というものが十分でない。少し金が入ったときに、そういうものをやりたいとして、あと回しあと回しというようになってきたために、道路もいたむし、学校の校舎も危険な状態になるし、あるいは診療所などでもボロボロになってくる。少し余裕が出たときにそういうものを直したいという気持は、これは当りまえじゃないかと思います。普通の財政収入の中からは支弁できない。少し余裕ができて楽になったときにそういうものを修繕しようということになると思うのです。そういうことまでも恒常的なもので見ていけということは、これ