私はその人に呼ばれていろいろ状況の説明をいたしました。
私はその人に呼ばれていろいろ状況の説明をいたしました。
十二日の晩です。
その間に一時間半か二時間くらいだつたと思いますが、二階でどういうことかということをお話いたしました。
アメリカ人が來て、來いと言つてつれて行かれました。そのときには、私が行くと同時に組合長もついて行きました。
何時ころでしたか、三時くらいじやないかと思います。はつきりしたことを覚えておりません。
そうです。
帰られたのか、あるいは二人か三人か來られたので、そのうち一人の方は朝まで残つておられたようです。
秘書の部屋にいろいろ状況を説明させられる間だけおりました。所長室には組合員と部課長が入つておりました。
三時ころまでは私は秘書の部屋におりました。
そうです。
帰つてから続きをやりまして……。
下です。
帰れと言われて帰つたのです。
はあ。
今まで名前がなかつたのです。
これは十四日でしよう。
十四日にはちようどこういうことがありました。これに抱き止められているのは私です。
池の島の方にいるのが長門君です。これも私です。
十三日には六時に一應われわれ二階へ上りまして終つたのです。その後すぐまた追いかけて來まして、今から三十分ぐらい後に團体交渉を開いてくれということを言われました。それに対して私は、もう頭が空つぽになつている。それで、こういう状態で團体交渉は三十分では開けない。そのときは非常に気が弱くなつていた関係と思いますが、それでは今から二時間後に所長を連れて来て團体交渉を開けということを言つて参りました。二時間で所長を連れて来ることもできない。それではということでごたごたいたしまして、八時四十五分ぐらいから再度團体交渉を開かざるを得ないようなはめになつて参りました。それで今度はちやんと團体交渉をする場所でやつたのですが、組合員はやはり前日のままの
解散させいということは言われないと思います。