ということは、おれらは金を集めるのだ、貸し出しは大蔵省だ、しかもその全体の担保は国で行っているのだ、郵政大臣、これは逃げておられるのじゃないですか、甚だ失礼な質問ですが。
ということは、おれらは金を集めるのだ、貸し出しは大蔵省だ、しかもその全体の担保は国で行っているのだ、郵政大臣、これは逃げておられるのじゃないですか、甚だ失礼な質問ですが。
これ以上申し上げませんけれども、預金者に対して直接の責任を持っておられるのはやはり郵政大臣です。したがって、国鉄の再建、林野の再建、この問題についても、おれは郵政大臣だからという立場を越えて、何も私はそういうところへ貸し出してはいかぬと言っているのじゃないですよ。これらの投資先そのものの体質が改善されてこれが永遠に焦げつきにならないというためにも、もっと建設的かつ積極的な意見の反映というものが郵政大臣としてなされるべきであり、またそういう姿勢で閣内で御努力されるべきではなかろうか、こう思っておるわけでございます。この点は、ひとつ私の意見として申し上げておきたいと存じます。 次に、簡易生命保険事業についてお伺いいたしますが、この制
端的に伺いますが、公的年金の不足分を自助努力で補うという視点に立って、郵便年金商品についてさらに、バリエーションを加えるお考えは現在お持ちでございましょうか。
簡易生命保険事業に関しましても、臨調は経営合理化と加入者福祉施設の見直しを具体的に提言いたしております。これに対して、どのように対処されますか。
私は、今まで郵政三事業について御質問をしてまいりましたけれども、大臣を初めとする当局の努力というものは評価したいと思います。 ただ、三事業を取り巻く環境が従来になく厳しいし、また今後その厳しさは一層増していくであろうということだけは否定できない。しかも、臨調は官業としての郵便、貯金、簡易保険がいかにあるべきかということの見直しを求めておりまして、ただ競争だけで民間に打ちかっていこうということにもまた臨調の基本理念からすれば問題が出てくる。非常に今難しい曲がり角に郵政三事業は直面していると言わざるを得ない、こう思うわけでございます。 そこで、今後郵政省が本腰を入れて経営、監査、診断という三つの充実と成果の公表、事業の弾力的運営
次に、電電公社民営化に関連して若干の御質問をいたしたいと思います。 この二法案は、別途法律案として提出されておりますから、深い議論はその際に行うことといたしたいと存じますが、私は、去る五月十七日、行管庁長官に対しましても質問したところでございますが、臨調の理念は、従来、公社に対する監督、規制が強過ぎて企業性を損ないがちであったことを鋭く指摘いたしました。政府の関与は必要最小限にとどめて、特殊会社が責任を持って事業の遂行に当たるということを基本といたしまして、当事者能力を高め、経営を効率化するというところに目標が置かれた、こう理解するわけでございます。 ところが、政府の原案を見ますと、役員人事に対する政府の関与は従来正副総裁で
資金運用、事業計画について。
この内容につきましては、大臣はそのように御理解になっていると思うんですが、我々の読み方からすればまだまだ多くの問題点がございますけれども、これはむしろ法案審査を通じまして議論すべき問題だと思いますから、きょうはこれ以上触れません。ただ、臨調のこの問題を直接扱われました第四部会長は、端的に言って、評していわく、採点六十点、臨調の理念からすれば六十点の点数しか上げられない、こう言っているわけです。 そこで、大臣は、当然法案を出されているわけですから、本国会の成立を期して全力を挙げたいし、また立法府の対応も期待しておられる、こう思うんですが、やはり六十点より七十点の方がいいわけであり、七十点より八十点がいいわけです。これは今後の審議を
今の段階で大臣にこれ以上の答弁を求めることは無理だと思いますけれども、しかしやはり野党の問題提起にも、それが建設的なものであり、より臨調の理念に沿うというものであれば謙虚にこれを受け入れていくという、そういう基本姿勢だけは必要であるし、その場面に直面しましたときにまた大臣もそういう姿勢で対応願いたい、これは強く希望いたしておきます。 そこで、この電気通信事業法をめぐりまして郵政、通産両省の間にいささか争いがございましたが、これは明らかに権限争いではなかったか、私はこう思うわけでございます。そういう批判は別として、通産省は情報処理業を所管するということでございますけれども、私は、通信事業者ではないにしても、通信回線を利用するという
電気通信事業にこれから民間の参入がある。例えば民間通信衛星事業が今後開始されるということになりますと、通信政策と電波政策を一元的に推進する必要が生まれてくると思うわけです。私は、これはそう遠いことではないわけですから、こういう事態に備えて体制づくりを行っていくということは極めて必要ではないか、またこのための総合的なビジョンというものを明らかにする必要があるのではないか、こう思いますが、いかがでございましょうか。
時間が参りましたので、最後の質問にいたしたいと思うんですが、今、大臣申されましたように、従来有線、無線に分けまして、それぞれ電政局及び電監局が通信政策等の行政と許認可をあわせ取り扱っていたという体制を、七月一日から通信政策局が有線、無線一体の政策活動を担当して、電気通信局と放送行政局が許認可等のいわゆる行政を預かる、そのように内局を再編成するわけでございますが、そのメリットについて再度お伺いいたしたいと同時に、今度は人事局を廃止して官房のもとに置かれるわけです。このことによって、人事管理、労使関係の改善等の面で後退するおそれがないのか、あわせてお伺いいたしまして、質問を終わります。
去る五月十一日の日米防衛首脳会談でワインバーガー米国防長官が、ソ連の脅威は急速かつ劇的に増大しておる、こういう基本認識を示しまして、西側諸国の結束を強調すると同時に、日本政府が自衛力を強化している努力を評価すると述べた後、栗原長官が、さきの質問にも出ましたけれども、自衛力の整備推進にとってソ連の脅威の問題は大きい、日本国民にソ連の脅威を正しく認識させていくことが大事で、私の任務だと思う、こう述べられた、これは報道でございます。 さきの委員の質問に対して、この発言は政治家栗原祐幸としての認識を述べたものである、こうお答えになったんです。しかし、両国の防衛に関する長官同士の会談で、私人と公人の使い分けが果たしてできるかどうかという点
潜在的か、顕在的かという議論はきょうは横に置きまして、長官のお心の中には体制の違う東側、いわゆる共産諸国のソ連という実態を踏まえながら、やはりそれを念頭に置かねばならぬというお気持ちがあると思うんです。そうしますと、仮に国民にソ連の脅威というものを認識させていく、認識してもらうということによって防衛力を整備する支えにするというもしお考えがあり、それが言葉に出たというのであれば、防衛大綱に特定の脅威に対抗するものではない、こううたった趣旨とそぐわなくなるんです。この点に対して、より明確にお答えをいただきたい。
そこらが国民には非常にわかりにくいんです。およそ防衛、安全保障という問題は、あらゆる局面を想定して防衛力を整備することによってその抑止力としなければならぬというところに基本があるんです。ということになれば、特に顕在化しつつある、いわゆる増大しつつある脅威というものを念頭に置いて我々も防衛力を整備することがより強い抑止力になるのだということでないと、国民はそれじゃ何のために防衛力を整備するのかということが、非常に今の政治の論理は回りくどくて国民には理解できない。そういうことに対して説明する必要があるという長官は御認識だから、こういうことを言われたのじゃないですか。
この問題ばかりでやり合っておりましても、従来の歴代防衛庁長官の長官答弁というものが念頭にあるためになかなか本音を引き出しがたい、こう思いますけれども、これは一応置いておきます。 そこで、ワインバーガー長官は、栗原長官が行われました五九中業の策定の指示に対して何らかの評価をされましたでしょうか。
そうでございますかという答えにとどまったというんですが、これはワインバーガー長官と中曽根総理との会談で、これも報道でございますけれども、抑止力という概念は静的なものではない、相手方の軍事力の伸びに対応して考慮すべきものである、こう中曽根総理に述べた、こう言われておるわけです。これは、両国の確かに認識は違います。しかし、この発言からしますと、五十一年の十月に定めた防衛大綱の達成を依然として指示されておるということは静的な概念ではないかという、これは非常に間接的ではございますけれども、ワインバーガー米長官は栗原長官指示に対して間接的な批判の意見を述べた、こうしか受けとめられないのですが、いかがですか。
それでは、五九中業に対する長官指示でございますが、その第二項には、「「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準の達成を期するものとする。」、そしてさきの答弁では、これは長官としての強い決意の表明である、こう述べられたんです。しかし、現在の五六中業も大綱の水準達成を基本とする、こうされているわけです。私、論理的に伺いますけれども、基本とする、「期するものとする。」、強さは違います、しかし五六中業で水準の達成ができるということであれば、五九中業で「期する」という必要はないわけです。そういうことですね。したがって、この長官指示の第二項は、努力は努力として、五六中業では大綱水準の達成ができない、したがって引き続き五九中業でその水準の達成を期す、
それは非論理的でして、達成を期するということは、変えないけれども、期せなかったので引き続き五九中業で達成する、こう言わないと、達成できたものをなぜ引き続いて水準達成を期すると言うのか、ここは理屈が合わないのじゃないですか。
まだ、どうもわからぬですが、問題を先へ進めましょう。 それじゃ、五九中業で大綱の水準達成を期す、こういうことですから、その最終年度である昭和六十五年、もっと短く考えた場合で少なくとも六二中業を策定する昭和六十二年までは防衛大綱の見直しを行うことはないというふうに受けとめていいんですか。そうでないと、水準達成というのは、大綱水準が変われば——その達成というのは一体何なんですか。これは現在の防衛大綱の付表を指しているわけですか。
いや、五九中業は、現在の防衛大綱水準、すなわち、もっと端的に言えば付表、これを達成しましょうということですね。したがって、大綱は見直す必要がその間はないわけですね。次の計画は昭和六十二年に策定の準備が始まるわけですね。だから、六二中業で大綱を変えるか変えないかはわからぬ、これはわかります。しかし、それまでは大綱を見直さなくても中期の目標は立て得るということじゃないですか。