今日までのこういった公共企業体の病院の開放の状況は、郵政逓信病院が名古屋、大阪などですでに十六の病院が開放されておる。それから電電の病院が長崎、東海などの十七病院、林野病院が秋田の一病院、それから印刷病院が小田原等の二病院、国鉄も広島、大阪等の二十の病院がすでに開放されているわけです。 それで、ほかのところが開放されて、なぜ東京の専売病院だけが開放されないか、これは一つの大きな問題でもありますし、もうすでに、この病院開放については地域住民から昭和四十七年七月の病院の改築の折に要請があって、公社も約束をしておられるわけであります。そして五十四年の十一月には、三田ですとか麻布の関係自治町内会長がこの開放についての利用促進協議会を結成
