どうも非常に哲学的な問題になりまして、それはそういうふうに論理的に分析していくと、世の中のものというのはだんだんわからなくなってくる。人間の抽象能力が発展すれば、論理としては非常に鋭くなるけれども、結局、実態がわからなくなってくる。形而上学の非常な……。わからなくなって、結局ドグマになってしまう傾向も、どうもそこから出てくるような気がするんですけども、しかしとにかく、そういうふうに分析をすればほかのものになってきますけれども、現実のわれわれが、とにかく政治行政をする場合における建設業というものは、究極において、いわゆる営造物を、その営造物はたとえ個人的であろうとも、公共のためであろうとも、人間生活、公共の生活に必要なる営造物をつくる
