いまお示しのように、慣行水利権というのは地方によって非常に違うのです。いまの徳川時代にそうした権力支配の体系としてできたものもありますし、それから純粋にその地区地区の農業の態様によっても違うようです。したがいまして、これが明治政府になっていろいろの権利設定するにあたっても、これはあまりにも多種多様であるから、これはいわゆる河川法上いわゆる慣行水利権という非常に不明確な形で従来の慣行はそのまま許可水利権と同じように認めるというような措置をとったものと思われます。それが今日まで及んでおるところに、いろいろ矛盾があるということはそのとおりだと思います。そこで、二、三年前、私が日本の産業構造の変化、社会情勢の変化に応じて、この慣行水利権を洗
