条約局長でない、政務次官から……。
条約局長でない、政務次官から……。
政務次官、御答弁願います。
そういたしますれば私から重ねてお尋ねしたいのですが、何ゆえにクーリールならクーリールとはっきり日本文にお書きになって、今お話しになったような誤解を避ける措置をとらなかったか。事務当局としても大臣としても、その政治的責任はきわめて大きいものだ、私はただでは済ませぬ問題であると思っておる。その点についてはいかがでありますか。
この問題は日本の領土を決する上において、最も重大なる関係を持っておるものであります。その重大なる問題を決定する条約を翻訳する上において慣習的にやったということでは、私は外務省の事務当局の責任は果せないと思う。現に私が指摘いたしました千島・樺太の交換条約には、クーリールという字を使った先例があるではございませんか。あなたは慣習的にやった、そういうことで事務当局の責任がのがれますか、この点に対する明確なる御答弁を願いたい。
今のような詭弁を繰り返されるなら、私はこの平和条約が日本の国会において審議されたときの議事録を引用します。これは北澤君もこれを承認せざるを得ない生きた証人です。西村元の条約局長――あなたの前任と思いますが、西村熊雄君は「条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えております。」こうはつきり申されております。それから「なお歯舞と色丹島が千島に含まれないことは、アメリカ外務当局も明言されました。」、逆に申しますれば、南千島は千島に入っておるのだという日本政府の見解をそのままアメリカ政府が是認し、これに同意しておった、こう申し上げて差しつかえないのだろうと私は思うのであります。次に、これは草葉政府委員が十月二十日の
それならあなたの真意はわかりました。しかしわれわれといたしましては、最も重大な7問題をこの委員会において審議しておる。資料は一日も、一刻も早くお出しを願った方がいいので、今お話しの通り御準備がで)、ておるといたしましたら、今日お出しを願います。なおこの点は前回の委員会会において下田局長にも特にお願いをしておいたのであります。 次に私は……。 〔「さっきの答弁」と呼ぶ者あり〕
それは驚き入った詭弁です。それで条約局長の職務が、果してまじめに真剣に履行できるかということを私は伺いたい。まことに不誠意きわまる答弁です。しかし私は一歩譲りましてこれが慣習的に認められておったということを西村局長が言っておるのですから、これも議事録をすっかり読んで、大臣にも十分な準備をして一つこの席へ出ていただきたいということをお伝え願いたい。西村君はロシヤにやったとは言いません。しかし日本が放棄したとはっきり言っておる。それと連合国側できめる、きめぬというのは別個の問題だ。日本が放棄したか放棄しないかということを、あなたははっきり答えていただきたい。
私は放棄したかせぬかをはっきりするために資料の提出を要求しておる。アメリカとしては、一応日本が放棄したという見解をとっているにきまっている。これは北澤君のを引いてもいいんですよ。北澤君は、「ダレス代表は講和会議におきまして、歯舞諸島は千島列島には包含せられないとするのが米国の意見である、」と言っておられる。これは南千島には言及がないけれども、反対から言えば、歯舞だけが入っておるので、あとは入らぬと解釈するということは、賢明なる北澤君はお認めになると思う。 私は政務次官にお聞きしたいのですが、こうなりますと、下田君のおっしゃった千島とクーリールとが別個のものであるという見解が正しいのか、また同様なものであるという前提のもとに、南千
私は非常に食い違っておると思う。これはいう詭弁です。議会を愚弄するもはなはだしい。私は入っておるか、入っておらないか、歴史的な沿革的な点は、これを承認するにやぶさかでありません。しかしその歴史的な事実を承知しておって、放棄したから、吉田さんは、もとはこういうふうになっておりましたということを演説が一方的に言っておる。しかももし入っていないということで、日本の主張がそこにあったといたしましたならば、講和会議の当時において吉田さんはただ演説で言いっぱなしをするということをしないで、責任ある全権なんですから、留保の正式な手続をとるべきだと思う。実は翻訳にいたしましても、私は下田君と意見を異にしておる。習慣的にあったからやった、澎湖島はどう
私は条約論からいたしまして、今条約局長の述べたような見解には絶対に賛成ができません。今北澤君が申しましたが、日本に有利にする、南樺太や千島についてはこれを終局的に日本にお返し願いたいということは、わが党も主張しております。ただし私は南千島につきましては、政府当局並びに自民党の諸君と見解を異にしておる。その条件、時期等につきましては検討すべきものだ。政府ではやたらに沿革上、歴史上の事実のみをあげて、南千島は入っていないのだ、こういうふうな見解をとっておる。しかしわれわれといたしましては、あらゆる角度から見て、国際信用の上から、国際的な大局の上から、最も公平なる取扱いをすべきが日本の立場である。日本人として火事場どろぼうをやるような考え
非常に言いのがれをして不親切な御答弁があった。これが違っていないということは絶対にあり得ない。違っている。違っているということを下田局長は言っておる。それから西村君が言ったのは、南樺太と千島に包含されておるそれを日本が放棄したのだ、こうはっきり明言しておる。議事録を見てお答えを願いたい。重光さんは外交の統一性とか継続性とかいうことを言っておる。外交の統一性、継続性は非常にけっこうであります。そのためには一つの前提条件がある。前提条件というのは、日本の外交が公正なものであるということであります。たとえば例を引きますが、東条さんの戦時外交には国会の人はみんな賛成したらしい。今にしてみれば、私は東条外交のこときは国会としては支持し得ない。
これは非常に驚き入ったことです。いつでも用意しておりますからお出しいたしますが、重光さんに要求されたから、重光さんが出席した折まで延ばしてくれぬかというあなたのさきの回答であった。しかるに今は印刷に誤まりがあった。そうなると、政府の立場を有利にするために何らかの訂正をしたり、ごまかしたりしているのではないかとさえ疑わざるを得ない。誤まりがあるのなら、それの訂正のために何日かかりますか、どういう長い往復文書ですか、それを一つお聞きしたい。
私は議会は二度目か、三度目でしろうとです。手続を十分知らぬところもございましたので、みなに御迷惑かけましたことをおわびいたします。私はここに正式に委員長を通じて、資料御提出を要求いたします。今法眼君が言われたように、来週のきょうというと一週間ですが、クレリカル・ミステークを直すのに、そんなに時間がかかりましょうか。私は大臣の出席を待たずに、重要な問題ですから、予備的な審議を行うのも、この委員会の任務と思いますので、一日も早くお出し願いたい。
もう一つ、イギリスに御交渉なさったことは……。
私は、日時は忘れましたが、日ソ交渉が始まってから、今回初めてアメリカの見解と申しますか、アメリカに問い合せを出されたということを承知しております。またこれに対して返事が来ておるということも承知しております。従来しばしば関係国に対して問い合せしたと、今御答弁されたように承わりましたが、そういたしますと、これは事態をはっきりさせる上になおさらけっこうですから、委員長を通じまして、関係国全部の往復文書を御提出願いたいと思います。
時間はいいのですか。
では最後に一つお伺いしたいのですが、下田条約局長は、この間国際司法裁判所に対する提訴の問題について、ソ連側は、国際会議の開催すら同意しなかった、国際司法裁判所に提訴しても、同意を求めることは困難だろうとの御見解を私の質問に対してお述べになったが、ソ連側から、国際会議開催説に対する何らかのお答えがありましたかどうか。私はあなたの答弁からすれば、南樺太と千島の問題について、国際会議を開くということを松本君が申し入れたろうと思います。それに対する回答が外務省に到達していると思いますので、この点を明らかにしていただきたい。
私は、これは提訴いたしましても、ソ連側が応諾しないことは推察するに困難ではございません。しかし提訴の道は、ただにソ連を相手に開かれておるというにはとどまらぬ。これは関係列国、連合国全部に開かれている。アメリカを相手にしても、イギリスを相手にしても……。また今北澤君が指摘したように、条約の内容に疑問があるのだということだが、それを今日まで一回もやったことがない。今になって領土の帰属の点が明確でないということで、日本がソ連に対して申し入れをしているが、私は今日までに至る期間において、国際司法裁判所に提訴する道が開かれておったと思うが、なぜこの点をないがしろにしてきたかという点を、一つ明らかにしていただきたいと思います。
最後に、アメリカとの間に紛争がないとおっしゃいますが、それはないのが当りまえです。アメリカは、南千島を放棄したという解釈をとっているから、紛争が起きる余地はない。むしろダレスさんは、歯舞だけは北海道の一部だ、日本の領土だということを言っているので、色丹から北は全部ソ連の領土だというふうにも解釈できる。これは、あなたの示されたパンフレットの中にも明らかに出ている。そういたしますれば、アメリカの間には紛争はあり得ないと私は思う。しかしあなたの方では、アメリカは何ら私らの見解に疑点は持っていないと言われるが、日本の外務省としてはそれに異説をとっている。紛争というものは、別に竹島を中心にしてばちばちやったとかいうことじゃない。法律上の見解に
今高岡委員から、範囲を、広げたらというお話がありましたが、私非常に同感なのです。質問するつもりではなかったのですが、その点に関連しまして……。大正六年に、特派大使という字を使ってあったかどうかは忘れましたが、大使や公使を臨時に重要な国務を処理させるために任命できるという、勅令でございましたか、あったと思います。これに基いて当時の石井菊次郎さんが貴族院議員だったけれども、アメリカへ行かれて、石井・ランシング協定の締結に当られたわけです。またシベリアには加藤恒忠という方が特命全権大使として臨時に派遣せられた。この勅令はすでに効力を失っていますが、そういうふうな前例もありますので、私は何とかして範囲を広くするようにお考えになっていただきた